第33話 躊躇い
「・・・決まったんですか?」
柚野が、呟いた。
「・・・だな」
佐藤が答える。
「私の勝ちですね」
今までとは違う、トーンの低い、吉岡の声が聞こえた。
「あの・・・吉岡さん?」
花輪は、加奈を覗き込みながら言った。
「勝ったのよ!私は勝ったの!!」
加奈は、狂ったように不気味に笑い出した。
《それでは吉岡さん。これからは貴方が王様です。この中のメニューから、柚野、野々神、佐藤への罰を選んでください》
その言葉で、画面にメニューが映し出された。
――メニュー――
1、死ぬ。
2、電気ショック。
3、身近な人を失う。
《さあ、吉岡さん、この中で、1人1つずつ罰を与えてください》
「ちょっ、ちょっと待てよ。これって、吉岡は助かるのか?」
結衣がアナウンスの女性に問うた。
《その通りです》
女性は、あっさりと答えた。
「そんな・・・」
飛香は、今にも倒れそうだ。
《では、吉岡さんの縄を外します》
また、黒スーツの男が出てきて、加奈の手首を縛っている縄を解いた。
「じゃあ、罰を振り分けましょうかね」
加奈は立ち上がり、画面に目を向けた。
「お願いです!1番だけは止めてください!!」
飛香が、これまでに聞いたことのない甲高い声を上げた。
「なあ、あたしも死ぬのだけは嫌だ。だから、あたしを助けてよ。良いでしょ?」
結衣も懸命に説得する。
だか、花輪は何も言葉を発しなかった。強がっているのではない。怖いのだ。例え、自分が助かったとしても、目の前で人が殺されるのは耐えられない。
その時、花輪のお腹の中の赤ちゃんが動いた。
――そうだ、私はこの子の母親になるんだ――
こんな所で死んではいられない。この子には元気に生きてもらわなければ。
花輪は加奈に声をかけようとしたが、止めた。ここであれこれ言ったら、それこそ鬱陶しく思われて地獄行きになるかもしれない。花輪はそっと目を閉じ、深呼吸した。
「お願いです!私、此処で死にたくないんです!!」
「助けてくれよ。こんな2人なんか放っておいて――」
「黙れ!!」
加奈が大声を上げた。
「私が決める事。他は黙っててよ」
ここで花輪は、ゲームが始まる前に高峰が言っていた言葉を思い出した。
『人は優位に立った時、人格が変わり、簡単に人を裏切るようになる』と。
今、まさに加奈はこの状態に陥っている。
人間というものは分からない。時には優しい姿を見せ、時には悪魔のような姿を現す。人間は大きく分けて、この2つの姿を上手く利用している。いわば、仮面を被っているのだ。人は誰でも、この仮面を被っているのだろうか・・・
「決まりました」
加奈の声で、花輪の思考が停止した。
《それでは、発表してください》
数秒間の沈黙の後、生死の分かれ道が発表された。
「まず、2番の電気ショックは、柚野飛香にします」
飛香は、嬉しいのか、悲しいのか、どちらか分からない複雑な顔をしている。
「で、1番が――」
お願い!1番だけはやめて。
花輪は心で強く願った。
「佐藤結衣です」
「おい!!!どういう事だよ!!くそ!!裏切りやがった・・・」
結衣は、涙声で怒声を放っているが、加奈は、結衣を見向きもしなかった。
花輪は、安心感に包まれ、溜まっていた息をどっと吐いた。
だが、次の言葉で、花輪はまた恐怖感に襲われる。
「それから、野々神花輪が3番の身近な人を失う」
そうだ、これで終わりではなかったのだ。身近な人とは誰だろう。友達?まさか、お兄と疾兄では?いや、恐らくそれはないだろう・・・
「野々神さん。貴方がお腹の中に赤ちゃんがいるって聞いたから、仕方なく3番にしたんですよ。黙ってないで、少しは感謝しなさいよ」
花輪は少しムッとしたが、命を救ってくれたことに変わりはないので、一応、礼を言っておいた。
「なあ、なんであたしが死なきゃなんねーんだよ・・・理由教えろよ、理由!」
結衣は、涙で顔がびしょびしょだ。
「理由なんかないですよ。まあ、あえて言うならば、消去法ですかね。貴方は、私が1番嫌いなタイプだから。私、じゃんけんが決まる前から罰の振り分け考えてましたからね」
だからか。10回目のじゃんけんの前、加奈が1言も言葉を発しなかった理由は・・・
《それでは、電気ショックの柚野は別の部屋に移動していただきます》
アナウンスで、飛香の縄は解かれた。
飛香は、黒スーツの男に強引に腕を掴まれ、隣の部屋に連れて行かれた。
「何でよ!!もう、嫌・・・・」
飛香は、静かに涙を零しながら隣の部屋に行ってしまった。
数分ほど経って、隣から叫び声が聞こえた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「まあ、しょうがないわよ。これでも、運がいいと思いなさい」
加奈は冷たく言った。
《では、吉岡さん。1番を佐藤と選択しましたね》
加奈は頷く。
《これより、吉岡さん自らの手で佐藤を殺してもらいます》
「え・・・」
《今から吉岡さんに銃を渡します》
黒スーツが、加奈に銃を差し出した。
「ちょ、ちょっと待ってください。そっちで処理してくれるんじゃなかったの?」
《そんなこと、1言も言ってませんよ》
恐らく、加奈は自分で殺るとは思っていなかったのだろう。自らの手でとなったら、躊躇うのも無理ない。
「私、そんなこと出来ません」
加奈は俯いたまま言った。
《それは困りますね。貴方が殺らないと終わらないのですが・・・》
「無理です!!」
加奈はしゃがみ込んだ。
《仕方ないですね。では、こちらが手助けします。貴方は銃の引き金を引くだけです》
「どういう事?」
すると、黒スーツの男が強引に加奈に銃を持たせ、加奈の人差し指を引き金に乗せた。そして、その銃を結衣に向けた。
《さあ、引き金を引いてください》
「む、無理です!!こんなのしたって、殺すことには変わりないじゃないですか!!」
加奈は首を横に振る。
《殺さないと、貴方が殺されることになりますよ》
アナウンスに女性は鋭く言い放った。
「い、嫌よ!そんなの嫌!!」
バンッッ!!
その瞬間、結衣の腹から血が吹き出た。花輪は、思わず顔を伏せた。
《ありがとうございます。吉岡さん。ようやく終わりましたね》
「ち、違うの・・・今のは違う・・・」
加奈は、銃から手を放した。
「さい、てい・・・」
結衣が、力を振り絞ったような声を出した。
「だから、違うの。許して・・・」
加奈はパニック状態だ。
「だれ、が・・・許す、か・・・」
だが、その力も儚く、結衣は最後に加奈を鋭く睨んで、力が抜けていった。そして、ビクリとも動かなくなった。
「ど、どうしよう・・・私・・・」
加奈は、その場に崩れ落ちた。
《では、皆さんを解放します。あと、野々神さん。貴方には、まだ罰が残っていることを忘れないでくださいね》
その言葉で、花輪は顔を上げた。
「なあ、兄貴」
疾登が仰向けになったまま呟いた。
「ん?」
「花輪、大丈夫かな」
智も疾登の隣に仰向けになった。
「大丈夫だろう。きっと」
「そうだよな」
疾登は大きく息を吐いた。
「ところでさ、疾登に1つ聞きたいことがあるんだけど・・・」
疾登は智の方を向いた。
「何?」
「他に、忘れていることないか?何か気になることとか」
智は、この間、ざっくりと今まであった事を話したが、詳しい事は話していない。
「あ、そういえば、俺たちをずっと世話してくれた刑事さんとか居た?」
――そうだ。話していなかったな。
「ああ。居たよ。佐名木浩輔さん。今も俺たちと連絡を取り合ってる」
「佐名木さんか。覚えておく」
「他にはないのか?」
疾登はしばらく考えた後、こう言った。
「俺たちの父ちゃんと母ちゃん、何処で、どうやって殺されたんだ?」
「ああ、それは・・・家で刃物のような物――」
――待て、刃物?俺がさっき残像で見たのは血の付いた包丁・・・俺は何かを忘れている?いや、忘れている事なんて1つも無いはず・・・
「兄貴、どうした?」
「あ、いや何でもない。それで、父さん母さんどっちも刃物で刺されてたんだ」
「そうだったのか。犯人誰なんだろう・・・」
「まだ、全然情報掴めてないしな」
それから、しばらくの沈黙があった。
「なあ、俺から質問していい?」
最初に口を開いたのは疾登だった。
「いいよ。どうした?」
「あのさ、さっき兄貴が急に頭痛そうにしてたじゃん?あれ、たまたま頭痛がしただけ?」
智は少し動揺した。今、話していいのだろうか。いや、もう少し時間を取った方がいいだろう。
「ああ。急に頭痛がね。大丈夫さ。気にすることない」
「そっか。疲れからかな。兄貴、少し休んだ方がいいよ」
「そうだな」
智は、しばらくの間、眠ることにした。
この時、花輪が危険な状態という事を知る由も無かっただろう。
もうそろそろ、ツアーも終盤に入ります!