第28話 過去
「兄貴!何であんな嘘吐くんだよ。しかも、アホって・・・」
想像以上に「アホ」と言う言葉に、疾登はショックを受けていた。
「ごめん。そんなに落ち込むとは思わなかった。それと、足踏んでごめんな。もう、大丈夫か?」
「まあ、知らない人だったし、いいよ。足はもう大丈夫」
疾登は笑って見せた。
「お兄、疾兄。高峰に1言いっておかないと」
花輪が不安の混じった声で言った。
「そうだな。行こう」
智は頷いた。
3人は急いで旅館に入った。
旅館に入ると、夕食の準備で忙しいのか、白いエプロンを着た50代は過ぎているであろうおばちゃんがテキパキと働いていた。
智は辺りを見渡したが、何処にもいない。
「何処だよ・・・」
智がそう呟いたとき、突然背後から声がした。
「私を探してるのですか?」
肩がビクっと反応した。智はゆっくり背後を確認した。
「どうも野々神さん。足の調子はどうです?」
一応聞いておいてやる、という口調だった。
「だ、大丈夫です。それより、他の皆さんは?」
高峰は前髪をかき上げて、面倒くさそうに言った。
「他は、各部屋で夕食まで休憩を取っていますよ」
「そうですか」
「あなたたちも休憩したらどうです?夕食は6時からです。まだ30分以上ありますよ」
高峰は優しい口調で話しかけてくる。口元は歪んでいるが・・・
「分かりました」
「夕食の時間になったら、食堂に来てくださいね。食べ終わってから話がありますので」
智は高峰に小さく頭を下げ、逃げるようにして疾登と花輪を連れて自分の部屋に向かった。
その時、高峰が不気味な笑みをしているのを、見た者はいなかっただろう・・・
「あ~やっとゆっくりできるね」
花輪が畳に寝転がりながら言った。
「夕食の後に、また何かするのかな・・・」
疾登も寝転がって、天井を見つめながら呟いた。
「ああ。このまま終わることはないと思う」
智も2人と同じく、寝転がって言った。
そういえば、他の旅行客は大丈夫だったのだろうか・・・あの後、すぐに病院に行ったので、あのゲームの後の事は知らない。もし、僕らのように爆発などの被害を受けていた人だっていないとは限らない。下手すれば、命に係わることだって・・・
「兄貴、考え事?」
疾登が、智の顔を覗きこんで言った。
「まあな」
「兄貴、今は考え事なんかしないで、ゆっくり休んでおこう。ほら、考えてたら余計に不安が高まると思うし」
疾登の言う通りだった。今はゆっくり休んで、次に備えておいた方が身の為だ。
「ところでさ、この時間何する?」
花輪が話題を変えた。
「あ~そうだなぁ・・・マリオカートでもする?」
「いやっ、それはさっ」
「いいじゃん!やろう!」
智は否定しようとしたが、花輪に遮られてしまった。疾登はDSの準備始めてるし・・・
「はい。花輪、兄貴」
智はため息を吐きながら、仕方なくDSを受け取った。
「俺、さっきカセット入れてキャラクター選んだから、今度は花輪がキャラクター選びな」
花輪は智に確認した。
「お兄、いいの?」
智は片手を振って、言った。
「いいよ、いいよ。キャラクターとか分からないし」
「本当?ありがとう」
花輪は嬉しそうな顔をして疾登からカセットを受け取った。
「もう、1回だけだぞ。ゲームって目が疲れるな」
智は2人に言っておいた。
「分かった。じゃあ、やろっか」
疾登は返事をして、DSの電源を入れた。智と花輪も、同じように電源を入れた。
「じゃあ私、ルイージにするね」
「ほーい」
疾登は緩く返事をした。智は頷くだけにした。
ゲームスタート。智はボタンを押すのを忘れていて、スタートに遅れてしまった。そのままトラップにはまり、全てのラウンドがビリとなった。
疾登と花輪が盛り上がっている隣で、智はため息を吐いた。
「いや~楽しかったな」
「うん。私と疾兄、接戦だったね」
疾登と花輪は智を無視して、勝手に次ゲームに進もうとしている。
「ちょ、ちょっと待て。俺抜けるから」
智は2人の間に割って入った。
「あ、そっか。ごめん。すっかり忘れてた」
「お兄、暇になるけどいいの?」
花輪が智のDSを回収しながら言った。
「いいよ。俺はボーっとしとくから」
そう言って、智は寝転がった。丁度、寝転がる際に、時計が見えた。5時50分。あと10分で夕食の時間だ。
「疾登、花輪。あと10分だから時間考えてやれよ」
智は一応2人に報告しておいた。
「オッケー」
「分かったよぉ~」
2人はもうすでに、画面に夢中になっていた。
智は瞼を閉じた。
思い返せば、父さんと母さんがいた頃は、とっても楽しかった。
父さんは、ヤクザっぽい性格だったが、本当は家族の事を考えていて、優しかった。休日は家族皆で公園に行って、智と疾登が父さんと一緒にキャッチボールをしたのを、今でも鮮明に憶えている。智は、そんな父の事を尊敬していた。
母さんも優しかった。少し頑張りすぎる所もあったが、父さんと同じで、家族の事を第一に考えてくれていた。そんな母は智の自慢の母親だった。
――まさか、あの事件で、幸せだった日々が一気に崩れ落ちるとは・・・あの頃は、考えもしなかったろう。
あの事件がなければ、今頃何をしていただろうか。
俺と疾登は、父さんと楽しく世間話したり、一緒に酒を飲んだりしていただろうか。そういえば、父さん言ってたな。「智と疾登が大人になったら、一緒に酒を飲みたい」って。
花輪は母さんと、明るい会話をしながら料理なんかをしていたのだろうか。
なんて、こんな事しか思い浮かばない自分に虚しさを感じた。こんな事考えたって。父さんと母さんがかえってくるはずないのに・・・
その時、突然智の後頭部に激痛が走った。呻くほどに痛さではないが、目を瞑り、呼吸を整えた。しばらくすると、痛みは治まった。
――何だったのだろう・・・
智の頭に疑問が浮かんだ。
ふと、時計を見ると、あと5分で6時だった。
智は勢いよく起き上がり、画面に集中している2人に声をかけた。
「ほら。もう5分しかないから片付けて、食堂に行こう。遅れたら、また何か言われそうだから」
2人は返事をして、ゲームを中断して、画面を閉じた。
「お兄、食堂がある場所知ってるの?」
花輪がスリッパを履きながら、智に問うた。
「知らないから急いでるんだよ」
「うそぉ!」
「マジかよ・・・」
疾登と花輪は驚いた顔をしている。そんな2人に智は微笑んで部屋のドアを開けた。
もうそろそろグロ度がアップしてくるかも(笑)