第15話 ツアー開始
これからツアーの話が長くなります(汗)
旅行当日、花輪と疾登は、玄関の前であたふたしていた。
「疾登、花輪、準備は出来たか?」
「あ!携帯入れ忘れた!2人とも、ちょっと待ってて」
「あ!私も化粧道具、洗面台に置きっぱなしだった」
2人ともかれこれ、玄関を5往復はしているだろう。智は呆れるばかりだった。疾登は男のくせにバックは大きいリュックなのにパンパンで少しゲーム機がはみ出ている。
花輪は、手提げの横が40センチ、縦が30センチくらいの大きさのバックに疾登よりはマシだが、いっぱいで、もう少しで中身が見えそうな入れ方である。
そんな2人とは正反対に、智は、コッペパンくらいの大きさのバックを肩にかけているだけ。中はパンツだけだ。携帯や財布などの必需品はすべてポケットに入れている。そのため、智には持っていく物が多い2人が不思議でたまらなかった。
まあ、花輪については、少しは理解できる。女性だし、持っていく物はけっこうあるだろう。しかし、疾登がそんなに物を持っていく意味がまったく理解できない。男のくせに何をそんなにバックに詰め込んでいるんだ?
ふと、腕時計を見ると針は7時をまわっていた。目標の7時は過ぎている。こんな状態で旅行に行って大丈夫なのか?智はあの2人に少し不安を感じた。
バスの出発時刻は7時10分だ。間に合うのだろうか・・・そんな事を考えていると、2人が戻ってきた。
「ごめん、ごめん。化粧道具、洗面台に置いたはずなのに、なかったから疾兄と一緒に探してたの」
「そうそう、何処にあるかと思ったら部屋のソファーに置いてあったんだよ。なあ、花輪」
「うん、もう、普通に置いてあったから呆れるより笑いが出てきたよ」
そう言って、2人は大笑いした。智はそんな2人を見て、また呆れた。
智はバスに早く乗らないと遅れると2人に告げた。
「あ!やべ!すっかり忘れてた」
「早くバックに入れないと」
花輪は無理やり化粧道具をバックに詰め込んだ。
智は、家にちゃんと鍵をかけたのかを確認して、3人は走ってバス停まで行ったのだった。
途中で花輪の体の事を考え、疾登が花輪の荷物を持ち、智が花輪をおんぶして、できるだけ花輪を楽にさせながらも、何とかバスに間に合った。3人は、バスの1番後ろの4人掛けの場所に座った。
「お兄、大丈夫?」
本当は体のいろんな所が悲鳴を上げているが、花輪に心配をかけないように笑顔で答えた。
「俺は大丈夫だよ。花輪は?」
「私は全然大丈夫」
突然、疾登が聞いてきた。
「なんか、お腹すいたな。なあ、智兄、何か食い物ない?」
「お前、花輪の荷物持っただけだろ?」
「そうだけど・・・ほら、急いでて朝ご飯食べれなかったし」
すると、花輪がバックの中身をごそごそし出した。何事かと思うと、中からはラップに包んだ5つのおにぎりが出てきた。
「バックの中に入れてたからちょっと潰れちゃったけど、おにぎりどうぞ。ほら、まだ温かいからおいしいよ」
花輪はおにぎりを、智と疾登に2つずつ渡した。
「お!ナイスだな花輪。花輪は1個で足りるのか?俺のと半分するか?」
智も、それは疑問に思っていた。
「いいの、いいの。女の子は1個で十分なの」
「でも、妊婦さんは栄養取らないといけないんじゃないのか?」
「朝は食欲が湧かないの」
「そっか」
疾登は早速、ラップを退けておにぎりにかぶりついた。美味しかったのか、それから疾登は何も言わずに黙々と食べ続けた。智も、花輪の作ったおにぎりは「美味しいな」と思った。
あっという間に、おにぎりを平らげた3人は会話を始めた。
「そういえば、昨日花輪につままれた所、大丈夫か?」
疾登はつままれた所をさすりながら言った。
「うん、ちょっとジンジンするけど、昨日よりはマシだよ」
花輪は、さすがに悪いと思ったのか疾登に謝った。
「ごめん、ちょっとやりすぎた」
疾登は「俺も言い過ぎた」と謝った。
「よし、これで仲直りだな。2人は小さい頃よく喧嘩したけど、俺が知らないうちに仲直りしてるよな」
まだ、両親がいた頃、疾登と花輪はよく喧嘩をしていた。内容はいつもくだらない事だった。花輪が楽しみにしていたケーキを疾登が食べて喧嘩になったり、疾登が大事にしていたプラモデルの玩具を花輪に踏まれて喧嘩になったりもしていた。
しかし、両親がいなくなってから、兄弟の絆が深くなったのか、喧嘩がなくなった。それは、いい事なのだが、2人だけの会話の数が少なくなってしまった。それに、2人の性格も変わってしまった。疾登は活発で、傍にいる人がいたら、声をかけて誰とでも遊んでいたのに、一定の人としか遊ばなくなってしまった。
花輪も、友達とあまり遊ばなくなってしまい、あまり感情を表に出さなくなったのだ。智は、ずっとこの事に悩まされていた。だが、時が経つにつれ、現実を受け入れる事が出来るようになったのか、2人の間での会話が増え、少しずつではあるが、性格も元に戻っていった。それにはよっぽどの勇気があったのだろう。友達や、周りの人に助けられてここまで頑張ってこられたと、智は思い返していた。 突然、花輪の携帯が鳴った。その音で、智は現実に引き戻された。花輪は画面を確認して切った。
「また、来たのか?」
疾登は花輪の顔を覗きながら言った。
「うん。もう、うんざりだよ」
「ちょっと、内容見せてもらっていい?」
智は、花輪に聞いた。
「あ、ごめん。消しちゃった」
花輪は申し訳なさそうに言った。
「あ、いいよ、いいよ。俺が消せって言ったんだから。気にするな」
それから、しばらくの時間が経った。そこで、たまたま、智の視界に60代前半くらいのおじさんが携帯を片手に文字を打っているのが目に映った。その男が携帯をポケットにしまったと同時に花輪の携帯電話が鳴った。
「メールか?」
「うん」
智は、花輪の耳元で、囁いた。
「なあ、前にいる60代前半くらいのおじさんいるだろ?」
花輪は前方を見て、智に合わせて小声で、「それがどうしたの」と聞いてきた。
「実はな、さっきあのおじさんがメールを打ち終わって、携帯をしまった途端に花輪の携帯が鳴ったんだ。俺が思うには、あの人がメールの犯人だと思うんだけど。まあ、ただの偶然かもしれないけど・・・」
花輪は、もう1度おじさんを見て言った。
「違うと思うよ。優しそうな顔をしてるし。でも、どこかで見たような顔・・・とにかく、偶然だって。お兄、考えすぎだよ」
花輪の言った言葉『どこかで見たような顔・・・』智もそう思った。帽子を深くかぶっているので、はっきりとは確認できないが、1度会ったことがある感じがするのだ。いや、1度だけではない。何回も会っているような気がしてならないのだ。
それから、さっきの疑問を抱きながらも、3人は少し仮眠を取り、2時間程経って目が覚めた。花輪はもう、起きていた。ふと、外の車窓からの景色に目をやると、もう、高速を降りて、山道に入っていた。
すると、突然アナウンスが鳴った。
「今村旅館、今村旅館。お降りの際はお忘れ物のないようにご注意ください・・・」
このバスは、ツアー用のバスなので、直接、現地まで連れて行ってくれた。
今村旅館は、さほど新しくない。外見から見て、50年以上は経っているだろう。3階建てで、茶色と懐かしい空気を漂わせている。周りは木で囲まれていて、心が落ち着く。
智はまだ、気持ちよさそうに寝息を立てて寝ている疾登を起こした。
「おい、疾登。着いたぞ」
しかし、よっぽど深い眠りについているのか、全然起きる気配がない。ここは花輪にやってもらおうと思い、花輪に疾登を起こしてもらうように頼んだ。
「分かった。どうしようかな・・・」
花輪がうっすら笑みを浮かべた。ちょっと不気味に感じた。次の瞬間、疾登のおでこに花輪のでこピンが打たれた。よっぽど痛かったのか、疾登は飛び上がって痛がっている。
「いってー!花輪、それはないだろぉ」
疾登は半泣きになっていた。花輪はそんな疾登を無視して荷物の整理をしていた。気付くと、バスに残っているのは3人だけだった。智は2人に荷物を肩に下げながら言った。
「おい、2人とも。早くバスから降りるぞ。皆を待たせてる」
3人は急いでバスから降りた。疾登は独り言を呟きながらバスを降り、花輪は重そうに荷物を持って周りの人にお辞儀をしながら降りた。智は、待たせている旅行客に謝った。智は、声掛けを終え、2人がいる旅館の入り口に向かおうとした時、智の横をさっきの怪しいおじさんが通って行った。その際、智は、妙な違和感を覚えた。それは、おじさんがふっと薄ら笑いを浮かべたような気がしたからだ。
ぼーっと突っ立っていると、花輪が旅館の入り口から智に声をかけた。
「お兄!何してるの!」
智は片手を上げて言った。
「ごめん、ごめん。ちょっと考え事してたんだ」
そう言って、急いで2人の元へ向かった。
旅館に入ると、案内人らしき人が旅行客に指示を出していた。
「それでは、皆さん。これから回るコースを選んでもらいます。今から、コースの事について書かれて
ある用紙を回しますので、そこから1つ選んでください」
しばらくすると、前にいるおばさんから用紙が回ってきた。智は用紙を1枚とって、近くにいた若いカップルに用紙を回した。カップルを見ると、ふと、花輪の結婚話が脳裏を過った。智は、「今は、考えるな」と自分に言い聞かせ、悲しみを堪えて、用紙を見た。
コースは、Aコースと、Bコースの2つだった。Aコースは、年配向けの「ゆったりお散歩コース」、Bコースは、若者向けの「お化け屋敷などのワクワクコース」だった。このネーミングはどうなのかと智は可笑しくなった。
智は疾登と、花輪にどちらがいいか聞いた。
「私は、Bコースがいいな」
「えー俺、そうゆう幽霊とか無理なんだけど・・・」
「疾兄、情けない」
花輪に言われてショックだったのか、疾登は落ち込んでしまった。智は、そんな疾登はお構いなしに花輪にもう1度聞いた。
「花輪、Bコースでいいんだな?」
「うん!いいよね、疾兄」
「もう、いいよ!」
疾登は「意地でやってやる」という口調で返事をした。
「じゃあ、受付してくる」
智は、受付に行って、「Bコースでお願いします」と告げた。すると、受付をしているおじさんに手のひらより少し小さいカードを渡された。
「これは、Bコースの人だと証明するカードです。まあ、身分証明書みたいなものです。もし、万が一、カードを失くしてしまった場合は、このツアーから外れてもらうようになるので気を付けてください」
「分かりました」
智は、カードを3枚もらって2人がいる場所に戻った。
「はい、カード。コースの証明書みたいなもんだって受付の人言ってた」
智は、2人にカードを渡しながら言った。
「へー。なんか面倒くせーな」
智は、肝心なことを言い忘れていることに気が付いた。
「あ!それと、このカード、絶対なくすなよ。なくしたらこのツアーから抜けてもらうって」
「分かった」
「オッケー」
智は、偶然さっきのおじさんが視界に入った。すると、その瞬間、智は驚いて眉間にしわを寄せた。なんと、おじさんがBコースに入っていくのだ。もう、年は結構いっているはずなのに・・・やっぱり、花輪目当てなのか。
「お兄。ほら、並ぶよ」
「え?」
智は、花輪に腕を掴まれ、Bコースの列に連れて行かれた。やはり、Bコースには、若い人が多かった。お年寄りはあの、おじさんしかいなかった。
突然、1番前でマイクを持った着物の女性が現れた。おそらく、この旅館の女将さんだろう。外観では50歳くらいだろうか。その女将さんが声をあげた。
「では、皆様!今から大切な話がございますのでよく聞いておいてください」
女将さんだからだろうか、口調がすごく丁寧だ。
「今回、ツアーでの宿泊する旅館はこの、今村旅館でございます。ただ今から、皆様それぞれの宿泊する部屋番号が載っている用紙を回していきますので、グループで1枚お取りください」
しばらくすると、先ほどと同じおばさんから用紙が回ってきた。智は、用紙を1枚取って、さっきのカップルは、もう用紙をもらっていたので、若いお兄さんに渡した。
用紙を見ると、3人は、303号室だった。
段々と辺りがざわつき始めた。智は、耳を澄まして、その声を聞いてみた。
「303号室じゃなくて安心したよ」
「303号室になった人、可愛そうよね」
「本当よね」
303号室とは、僕たちの部屋だ。この部屋がどうしたというのだろうか。気になって、隣にいる70代くらいのおじいさんに303号室に何があったのか聞いてみた。
「303号室は夜になると幽霊が出てくるらしいんだ。小さい男の子がね」
智は、背筋に寒気が走った。ふと、2人を見ると、花輪は口を開けたままで、疾登はすでに放心状態になっていた。
花輪が急にはっとなって智に話しかけて来た。
「ねえ、お兄、部屋変えてもらおうよ」
疾登も我に返ったのか、智にしがみつきながら言った。
「そうだよ、兄貴。変えてもらおう。そうしないと俺、眠れないよ。もーコースも幽霊系だろ?もう、勘弁してくれよ」
「分かった。ちょっと相談してくる」
「それは出来ませんね」
受付嬢はパソコンから目を放さず言った。
「お願いします。弟が幽霊とか駄目なんですよ」
すると、受付嬢がパソコンから目を放した。了解してもらえるのか、と少々期待していたが、
「しつこいですね。もう、決まった事なので、変更は出来ません」
そう吐き捨てて、受付嬢は何処かへ行ってしまった。
智は深いため息をついて、2人の元に戻った。
今回は少し長くなりました。
皆さん、目は疲れていないですか?
目が疲れた方は、マッサージしてた方がいいですよ。