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過去の英雄  作者: 由城 要
One hero's story
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第2章 1


 帝国の歴史は約500年続いた。カタリナによれば、王族の間に半不老不死の力が浸透したのは長い歴史から言うと、帝国消滅直前だったという。なぜ全ての知を掌握した彼らがそんな力に傾倒したのか。死を恐れる人間の性以外にも、理由があったのかもしれない。





  - アルジェンナ領アタランテ -






「道を開けろ!この通りは一時通行止めだ!」


 通りの壁際に背を預けていた私は、そんな声に顔をあげた。ぞろぞろと歩いていた人々が顔を見合わせ、何かに納得したように道の左右に分かれていく。兵士らしい制服を着た人間達が一般人をおしのけ、道の中央が開けた。

 私は通りの店で購入した携帯食料を口にしながらそれを見つめる。同時に、持っている通貨が難なく利用出来たことに安堵していた。

 帝国時代から貨幣をつくる力は失われている。それは逆に言えば、当時から通貨が変わっていないことを意味していた。ならば、発行年数さえ気をつけていれば、この時代でも同じ金を使うことが出来る。


(……とはいえ、ここがトゥアスの時代というのも奇妙な話ですね)


 街の人間に聞いて回ったところ、様々なことが分かった。ここはアルジェンナ領のアタランテであり、ここからすぐ先の砂漠の向こうに、かのトゥアス帝国が存在すること。そしてここのアタランテは機械関係のギルドが仕切っており、今日はトゥアスのお偉方が視察に来る日だということも。


「おい、聞いたか?……様がいらっしゃるらしいぞ?」

「いやいや、そんな堅物より……様を見ることが出来るほうが光栄だ」


 街の人間達は通りの両端に集まり、人垣になっていた。そうとう有名な人間が視察に来るらしい。それぞれが贔屓の役人らしき名前を口にしていた。


「……フッ」


 私は奥で携帯食料を齧りながら苦笑を漏らした。私は時代を超えてしまったとでもいうのだろうか。もちろん一も二もなく信じられる話ではないが、信じる信じないの問答をしたところで何も変わらない。動かなければ、見える風景は何も変わらないのだから。

 ふと視線を道の先に向けると、仰々しい隊列を組んだ一団が近づいてきた。あれがトゥアスのお偉い様だろうか。一団も道路の整備を行う者達とは違う、黒光りするチェインメイルを着込んでいる。

 間近で見ようとする人々に巻き込まれ、私も集団の中に入っていった。一団が近づくにつれて、人々の声が静かになっていく。

 皆が頭を足れている。厳かな雰囲気が漂ってきた。それでも野次馬心が疼くのか、時折チラチラと一団を見る者もいる。

 ふと、誰かが何かに気づいたように呟いた。


「……サーシャ様だ」

「!」


 一つの呟きがやがて小さなざわめきを生む。水滴から生まれる波紋のようにそれは広がっていった。誰もが口々にその名前を呼ぶ。私は奇妙な感覚を覚えて頭をあげた。丁度一団が私の目の前を通過した時だった。


「 ―― !」


 一団の中央に黒馬にまたがった一人の戦士の姿があった。チェインメイルとは違う、白地に金で縁取られた軍服を身にまとい、腰には儀式用らしい剣を携えている。金色と表現するより白に近い色をした髪は腰の辺りまで長く伸び、瞳は海にも似た碧眼をしていた。

 女だ。顔つきからも、体つきからもそれが分かった。


「あれだろ、この間、英雄称号を貰ったっていう、あの……」

「……そう、もとはダウンタウンの人間だったお方だ。帝国始まって以来の大出世だよ」


 こそこそと聞こえてくる言葉を聞きながら、私はただその女を見ていた。確かに、帝国時代に英雄と呼ばれた人間は存在する。彼らは帝国のために戦い、そして帝国のために散っていった者達だった。

 英雄と呼ばれた『サーシャ』は、アタランテの人間達に微笑みかけた。中には膝を折って平伏しようとする老人もいたが、彼女は片手でそれを制した。慈悲深い顔が、そこまでする必要は無いと語っている。


「……。……?」


 ふと、彼女を見つめていた私は、前の方にいる集団が別なざわめきを見せたのに気づいた。周りにいた人々が何かに気づき、恐怖の色を浮かべて離れる。クモの子が散るように、人垣の中に円形の空白が出来た。

 中央には一人の男の姿がある。男の手の中に黒光りする何かが反射して、私は目を細めた。

 男達のざわめきと、女性達の悲鳴があがる。一団の中にいたあの女が、それに気づいたように振り返った。


「英雄称号16号っ!貴様の命、ここで果てろ!!」

「何っ、『ガルグイユ』の手の者かっ!?」


 男の声に一団が殺気立つ。しかし兵士達が武器を構えるより先に、男の懐から銃が現れた。それは私が持っているリボルバーとは違う形をした小型の銃器だった。

 人々の悲鳴がさらに強くなる。男は道の中央へ出ると、銃口を馬上の女に向けた。指が引き金にかかっている。


「……ちっ」


 人ごみを押しのけ、私は銃器を持った男の前方に躍り出た。転がり出た勢いを右足でとどめ、銃を持つ男の腕を上空に向けて捻り上げる。暴発音が一発、辺りに轟いた。咄嗟に男が私の腹部を蹴り上げる。私は押し退けられながらも、ホルスターにしまっていたクロノスを構えた。確実な射程距離。構えたのは私が早かった。


「動かないで下さい。……動けば、引き金を引きます」


 圧倒的優勢に立った。私はクロノスを構えたまま、そう恫喝した。男は私をギリギリと血管が切れるほどに睨みつけ、呪いの言葉を吐きつける。


「畜生、帝国の犬め!観衆の中にまで紛れ込んでいやがったのか!!」

「私は一般人です……と言っても信じてくれそうにありませんね」


 一団の殿にいた者達が男を取り押さえ、抵抗できないように縄で両手をくくる。男はギャアギャアと私に向かって叫び続け、兵士達に引きずられていった。やがて観衆の悲鳴はざわめきへと戻っていく。

 私がため息をつくと、右肩を誰かに叩かれた。


「……一般人にしては素晴らしい身のこなしだったな」


 凛とした声音だった。振り返ると、先ほどまで馬上にあったあの『英雄』の姿がある。先ほどは遠目だったため気づかなかったが、肌は小麦色に焼けていて、体はしなやかなラインを保っている。彼女は美しさというよりも、人目を引きつける何かを持っていた。

 私は観衆を真似て深く頭を下げた。周りの兵士達の視線が痛い。おそらく、彼女と会話を交わす立場にないということなのだろう。簡単にやりすごそうと、私はありきたりな言葉を口にした。


「いえ……流れ者の身ですので、多少の武術の心得があるだけです」

「謙遜するな。……お前のおかげで怪我人も出ずに済んだ」


 彼女は私の肩に手を置くと、頭を上げるように言った。私は仕方なく顔をあげる。目の前に現れた英雄という女は、茶に焼けた頬を上げて笑ってみせた。


「こういった騒ぎは、本来私がおさめるべきものだからな。……ああ、申し遅れた」


 長い髪を耳にかけ、彼女は私を見下ろした。


「私の名はサーシャ。……サーシャ・ルエンという」


 彼女の瞳が、私に向けられる。名乗りを求めているのだろう。私は彼女から視線を逸らす。

 昔、カタリナにきいた覚えがある。トゥアス帝国の時代、有名になった兵士や学者、王族の名前は一般人に禁止された。既に同名がいる場合、その者は名を変えなくてはいけなくなったという。

 正直にサーシャ・レヴィアスと答える訳にはいかない。


「私は……」


 名というものは苦手だ。はっきりと認めることの出来る弱点の一つだと言ってもいい。フレイさん曰く、私からはネーミングセンスというものが欠落しているらしい。

 私は苦肉の策で、視界に入ったものに目を留めた。


「……アナスタシア、と。そう、お呼び下さい」


 通りの店の軒先に、夜の女神・アナスタシアの像が見えた。カタリナに聞いた話だが、帝国時代、有名になった者との名の重複が禁止され、人々の間では神の名を真似る者が多かった。アナスタシアは私達の時代でもよくある女性の名だ。

 おそらく、これならば露骨に怪しまれはしないだろう。私の思惑通り、英雄は私の答えを聞くと、ニコリと微笑んだ。


「そうか。……なら、アナスタシア。是非、礼をしたいのだが」

「ありがとうございます」


 私は勿論遠慮なく、彼女の厚意を受け取ることにした。









「サーシャ様っ、何故素性も分からぬ旅の者を連れていくのですかっ」


 馬に跨がるサーシャ・ルエンのところに、側近らしき男が近づいてきた。彼は馬上から私を訝しげな目で見る。私は一度だけ男を見たが、すぐに視線を砂漠の先に向けた。その名を呼ばれると、自分のことではないと分かっていても反応してしまう。


「助けられた礼だ。膨大な金を要求されたわけではないのだから、これくらいは良いだろう?ロバート」


 ロバートと呼ばれた男はサーシャ・ルエンと同じくらいの歳だった。おそらく25か6といったところだろう。彼は英雄サーシャの後ろに乗った私を睨みつけた。

 アタランテでの一騒動の後、私は褒美のかわりに旅標と帝国への足を望んだ。私は旅の途中で生まれた為、入国の際の身分証明になる『旅標』を持っていない。フレイさん達と旅をしていた時は、2人のどちらかの旅標を代表として提示していた。


「今の世の中、『旅標』を持たないのは逆賊と下層民だけです!こんな者が帝国に足を踏み入れたらどうなるか……」

「ならば私はその下層民に救われたことになるわけだな。英雄称号も安いものだ」


 帝国への足は馬を一頭頼んだのだが、アタランテの視察から帰る際に乗せてくれるというので、それに従うことにした。

 サーシャ・ルエンは手綱を持ったまま振り返ると、私を見て苦笑した。


「悪いな。私の部下は頭が固い者ばかりで」

「……いえ」


 ロバートと呼ばれた側近は上司の言葉を聞いて、諦めたように後方の一団へと戻っていった。私はそれを見送り、改めて視線をサーシャ・ルエンに向ける。彼女の長い髪が目の前で揺れている。


「随分古い型のリボルバーを持っているようだが……旅をしていると言っていたな。一人でこの辺りを回っているのか?」

「いえ、連れが他に2人いるのですが、はぐれてしまったようで。……あの2人のことですから、『分かりやすい場所』にいるのではないかと思いまして」


 何処にいるのかは分からないが、はぐれてしまったときは自分が最も分かりやすいと思う場所に集まるのが暗黙の了解となっている。大抵それは大きな街の酒場か、宿だ。もし、フレイさんとクリフさんもこの時代にいるとするならば、『トゥアス帝国』の言葉に惹かれないはずはない。

 サーシャ・ルエンは私の言葉に頷いた。


「そうか。……私が送れるのは城門を過ぎたところまでだが、酒場へは部下に案内させよう」

「ありがとうございます。……貴女は城に戻るのですか?」


 私はチラ、と後方をついてくる彼女の部下達を見た。馬の歩みによって砂漠に砂煙があがっている。あのロバートという男と目が合うと、彼は露骨に嫌悪をむき出しにした表情で顔を逸らした。

 サーシャ・ルエンは真っすぐに砂漠の向こうを見る。


「いや、城は国王陛下と陛下の近親者のものだからな。……私は第18王宮に滞在させていただいている」

「……第18王宮……?」


 私はふと彼女の視線を追って真っすぐに先を見た。砂煙の中から、トゥアス帝国の全景が見えてくる。想像より高く、山一つ分を国にしたように見える。砂漠の途中に城壁があり、いくつかの門が見えた。門の先には寄せ集めたような町並みが広がり、上に上がるにしたがって通りごとに整備されている。頂点に近ければ近いほど、町並みは美しく変化していった。

 サーシャ・ルエンは手綱を操りながら言う。


「知っているのか。帝国一の美女と有名な第18王妃ロレッタ様の王宮だ」

「第18王妃……確か、娘がいたと聞いていますが」


 私はかすれる声でそう言った。まさかとは思うが、この時代は母の生きた時代なのだろうか。500年ある帝国の歴史の中で、私は終焉間近の時代に飛ばされたとでも言うのだろうか。

 私の心など知る由もなく、英雄は横顔で笑ってみせた。


「ああ、王女のことだな。カタリナ・リドール・T・ブレイス……まだ小さな王女様だ」


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