第1章 3
科学というものはよく分からない。魔術とは相容れないものだってことは、クソジジイの口癖だった。確かに、こうやって見てみるとそれがよく分かる。魔術に加わるのは人の力だが、科学に加わる力は名前の無いモノの力だ。だから……俺にはそれが恐ろしいものに思えた。
- エレクトロ・トリップ -
遺跡の中はそれほど広くはなかった。だからといって回れ右して帰ることは許されず、俺は苛立ちを紛らわせるようにクリフに向けて言う。
「おい、アタランテってのはもう殆ど機能するもんはねぇんだよな?」
俺の声に、前を歩いていたクリフが振り返る。
「あ、はい。機能するものは全部トレジャーハンター達が持っていったって、聞いたことあります」
「持っていった割に私達の生活に変化が無いのは嘆かわしいですね」
更に前を歩くサーシャが歩きながらそう呟く。確かにそうだ。以前どっかで聞いた話だが、残っている機械の殆どは何から作られているのか分からないらしい。材料が分からずに同じものを作り上げるのは相当長い道のりだ。
サーシャは足下に転がった機械の部品を手に取る。黒光りする部品はL字に折れ曲がり、上下に穴があいていた。これ一つ拾ったところで、何に使うか今の人間には理解出来ない。
俺もまた、つま先で何かを蹴った感触を覚えた。床を転がった何かを拾い上げ、そして呟く。どうやらこれもサーシャの持っているものと同じようだ。
「理解出来ない式で理解出来ない答えを出す、か。皮肉なモンだな」
クリフも同じような物を拾ったらしい。左腕で持ち上げた部品はやはりL字型だった。俺はため息をつく。どうせ何かを繋ぐ接続のための部品だろう。俺とサーシャは拾った部品をクリフに預けると、更に奥へと進んでいく。
「科学ってのはどうも好かねぇな。大体、数字だけで何が出来るってんだよ」
あの稀代の魔術師とか呼ばれた俺のクソジジイも、科学と魔術は相容れないと嫌っていた。ジジイの屋敷には様々な本があったが、科学に関する物は皆無だった。
サーシャはまた何かに目を留めて、壁の方に近寄っていく。
「子供の食わず嫌いと同じですね」
俺がそう言って食いかかると、クリフが何か言いたそうな顔をしている。お前、同感、とか一言でも口にしたら首締めるぞ。
サーシャは足下から何かを拾い上げる。紙だ。どうせ此処に来た人間が落としたんだろう。
「それにしても何もありませんね。やはり今回も諦め……?」
ふと、サーシャの目が止まる。走り書きのような文字を見つめたまま、しばらく口を閉じる。クリフがふと、サーシャに問いかけた。
「……ど、どうかしました?」
「……。いえ……」
サーシャは紙を畳むと、服のポケットに仕舞う。俺は振り返ってサーシャに視線を向ける。こうゆう時のコイツの沈黙は、大抵何かしら意味がある。
「んだよ」
サーシャは何かを考えるように腕を組みながら呟いた。
「なんでもありません。……フレイさんの言う不可解な数式と不可解な解が書いてあっただけです」
つまり数字が並んでいたということか。そりゃ訳分からねぇな。
再び歩き出したサーシャを追って俺とクリフが続く。遺跡の最奥はもうすぐのようだった。天井からまるで柱のように光が射している。縦に2列に立ち並んだその光の柱は、どうやら天井をくり抜いて作られたもののようだった。床が雨で削られている。
最奥に姿を現したのは、訳の分からない円柱型の機械だった。一部が破損していて、中に入ることが出来る。興味なさそうに視線を逸らしたサーシャと対照的に、クリフが中に入っていった。
「あ、結構広いですね。なんだろう、ここ」
「知るか。それより変なところ触るんじゃねーぞ」
俺はそう言って円柱型の機械の横に回る。そこには机のような形の機械があって、これも動いている様子はなかった。ボタンの殆どが崩れていて機能を果たしていない。
辺りを見回していたサーシャがふと、テーブルの上に設置された球体に手を伸ばす。赤っぽい球体には砂埃がかかっており、触ると手形がついた。
「ったく。観光出来る程度のモンがあるのかと思ったが、面白みのねぇ機械ばっかじゃねぇか……ん?」
『……、……——……』
ふと、耳の中に何かが聞こえた気がした。砂漠の砂嵐のような音だった。辺りを見回しても音を発する物は見られない。吹き抜けの穴から風が入ってきてんのか。
サーシャも同じ音を聞いたようだった。俺はサーシャと顔を見合わせ、そして首を傾げる。
「……風の音でしょうか」
「どうせそうだろ。……おい、クリフ。そろそろ行くぞ」
機械の中で何をやってるのか、クリフがなかなか出てこない。俺は半分壊れた入り口から中を覗き込んだ。
「おい……?」
そのとき俺が見たのは、クリフが手に持っていたあのL字の部品が空中に浮いているところだった。いや、浮くという表現はおかしいかもしれない。正確にいうのならば、空中に留まっていたものが落下した。
ただそれだけのことだったが、それだけとは言えないことが起った。クリフの姿が無い。
「クリ、フ……?」
出ていったところは見ていない。あいつはここにいたはずだった。
俺は呆然としていた。すると、気づかないサーシャが近づいてくる。
「どうかしましたか?」
我に返った俺は、咄嗟に今の事態を口にしようとした。しかし、『それ』は次の瞬間に起った。
「!!」
サーシャが丁度俺の隣にきた瞬間、眠っていた物が目覚めるように、真っ暗だった円柱型の機械の中が七色に光り始めた。どれをとっても同じ色のない、小さな無数の光が交錯する。
次の瞬間、俺はまたあの砂嵐のような音を聞いた。
『……、照ゴ、ウ……。カク認……了』
言葉になっているとも言いがたい、小さな雑音だった。
『……定、エラー……、安全ナ……』
本能的に危険を察知して、俺は咄嗟に横にいたサーシャの腕を掴もうとした。左手が空を切る。
「サーシャっ!」
そこにはサーシャがいたはずだった。眩し過ぎてお互いの姿も確認出来ない。それでも横にあった白い腕は残像ではなかった。しかし、指は空中を泳ぎ、そして何も掴めないまま光の中に溶けていく。
サーシャが俺に向かって何かを言う。しかしそれも聞こえなくなった。雑音が互いの声をかき消している。いや、光が全てをかき消していく。
「サーシャ!!」
自分の声すらも、自分の耳に届かなくなり……やがて俺たちは、光に喰われた。