表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過去の英雄  作者: 由城 要
One hero's story
5/33

第1章 2


 子供という生き物は単純で、気楽で、それでいて何者よりも面倒だ。彼らは全てにおいて未発達であり、経験が少ない。喜怒哀楽が激しく、見ているだけでも精神的に疲れる。

 それでも、もしかしたら彼らはその純粋で汚れのない目でもって、我々には見えない何かを見ているのではないか。私は時折そう思う。





  - 遺跡アタランテ -






 出発前日の夕方、雨が降った。私はいつもの通り、旅路のルートをフレイさんとクリフさんに確認し、早々に部屋へと引き上げる。フレイさんは当然のように酒を飲み始め、食事の遅いクリフさんはゆっくりと晩餐を楽しんでいるようだった。

 3人で旅を初めて、ある程度の月日が流れた。それでも私達の関係に変化はない。宿に泊まればそれぞれが好きなように過ごし、依頼を受けた時には共に行動する。私がいない時に彼らがどう過ごしているのかは知らない。

 いや、知らないというよりも、知るほどのことでもないだろう。フレイさんは夜になると酒場で酒を嗜み、クリフさんは早朝の人が少ない時間に鍛錬をしている。


「……」


 そして私はというと、地図を眺めて過ごすことが多くなった。目的がないのは暇だとため息をつく。否、目的を探す為に地図を見ているのかもしれない。白地図を見つめては、頭の中でその地域に関する情報を整理する。時にはフレイさんの故郷アンブロシアまで足を伸ばし、ファーレン様の屋敷で本を借りることもあった。

 退屈は人を殺すとはよく言ったものだ。

 私はため息をつくと、地図を畳んで外に出た。まだ食堂にいるフレイさん達を横目に入り口から外へと足を踏み出した。雨はどうやらあがったらしい。この街は夜になると活気がなくなる。聞けば、漁業で生計を立てるため、この土地の男達は朝早くに船で沖へ出るそうだ。そのため、この時間には殆どの家の明かりが消える。


「……今日は月夜ですか」


 空を見上げれば、見事な円形に浮かび上がる月が見えた。月明かりが街を照らしている。ふと、私は何かの気配を感じて視線を宿の隣へ向けた。

 宿の脇は広場になっている。そこにダンとメイの姿があった。2人は互いに向き合い、乱取りを繰り返している。相変わらずメイの動きは速い。ダンの襟首を掴むと、簡単に彼の体を投げた。懐に入り込み、いとも簡単に足をかける。少ない力で相手の弱点を突く、セルマに似た格闘センスを持っている。


「っ……まだまだっ!」


 投げ飛ばされたダンに、メイはそう喝を入れる。私は広場の端の花壇に腰を下ろすと、2人の姉弟の訓練を見つめていた。

 ダンの体が、また宙に浮く。地面に叩き付けられ、服が砂に汚れた。


「もう一回っ」


 メイの言葉に、ダンは再び立ち上がる。掴み掛かってくるメイの腕を弾くと、再び間合いが空いた。掴み掛かるには少し離れた位置だ。私なら瞬時にクロノスを構える、射程の位置。

 それでも、乱取りをしている2人に得物はない。飛び込んできたダンを、メイは直前でするりとかわした。


「うわ、っ!」


 ダンが派手に転んだ。受け身も失敗したのか、完全に敗者の形だ。私は花壇から立ち上がると、2人に近づいていく。


「……全くもー。もうちょっと上手く動かなきゃ。これじゃ当分は魔術師サマに見下されたままだよ」


 メイは呆れたように腕を組んで弟を見下ろした。私はクスリと笑う。言い方は彼女らしいが、鍛え方は母親そっくりだ。

 私の声に気づいたのか、メイが振り返る。


「あ、サーシャお姉ちゃ……っ!?」


 彼女が私の名前を呼ぶより先に、その体が糸を切られたマリオネットのようにバランスを崩した。思わず地面に転がったメイに、私は言った。


「……普段から警戒しなくては、フレイさんを見返すことは出来ませんよ」


 私がやったことはごく簡単だった。メイの膝裏に軽く蹴りを入れる。ただ、それだけ。それでもメイは地面で一回転して立ち上がると、恨めしそうな顔でこちらを見た。


「……サーシャお姉ちゃん~……」


 今のは反則だ、と抗議を始めるメイを放って、私はこちらを見つめているダンに手を伸ばした。ダンは私の手を掴んで立ち上がる。服についた砂を払い落としながら、真っすぐに私を見上げてきた。


「やっぱり、サーシャお姉ちゃんはすごいや」

「……それはどうも。それより、この訓練はセルマが?」


 ダンは首を横に振った。どうやら、乱取りの訓練はメイが命じて行っているらしい。メイは弟妹達の中でも歳の近いダンを気遣っている。弟を早く一人前にするために、こういった訓練をしているのだろう。

 私はメイとダンを見比べる。勤勉なのは良いことだが、学びは確実かつ合理的なものでなくてはいけない。


「……ダン。これを持って、ここから三歩下がってもらえますか?」


 私はそう言って銃弾を抜いたリボルバー・クロノスをダンに持たせた。ダンは首を傾げてクロノスを受け取ると、言われた通りに後ろに下がる。何かを気にするようにグリップ部分を確認し、そして私を振り返る。


「それでは、私と手合いをしましょうか。得物はそのクロノスです」

「えぇっ!」


 声をあげたのはメイだった。私はそれを右から左に聞き流し、ダンに視線を向ける。ダンは奇妙な顔をしたものの、抗うことなく素直に頷いた。

 隣に来たメイが懸命に私を説得しようとする。


「さ、サーシャお姉ちゃん!ダンはまだ体術以外やったことなくて……」

「始めます」


 私はそう言い放つと、メイの脇をすり抜けてダンへと距離を縮めた。ダンは一瞬焦った様子を見せたものの、すぐに先ほどの訓練と同じ真剣な表情に戻った。多少気が弱そうに見えるが土壇場になると肝が据わる。クリフさんも見習ってほしい。

 ダンの射程距離に入る。私は脇へ逸れると、そこから彼の襟に手を伸ばす。先ほどのメイの動きと同じだが、それでも手足の長さの分だけスピードが早く感じるはずだ。

 ダンは咄嗟に体を低くすると、グリップの底で私の脇腹を殴った。力の入れ具合は中途半端だが、悪くない動きだ。私はわざと体を離す。後ろへ一歩下がったとき、クロノスがくるりと半回転し、銃口が私に向けられた。残鉄を引き起こし、コッキングは済んでいる。引き金には人差し指。

 ……悪くない。

 カチン、と引き金の音を聞きながら、私は両手を上げてみせた。後ろにいたメイが呆然と私の背中を見つめている。


「……悪くありませんね。セルマなら及第点をくれるでしょう」

「えぇっ……ええっ!?な、なんでダンそんなことできるの!?私もお母さんも教えてないよ!?」


 呆然としているメイに、ダンはきょとんとした顔で私を見上げた。クロノスを私に返し、そして背中越しに姉に視線を向ける。


「うん。前から、サーシャお姉ちゃんのクロノスってグリップがよく歪むなぁと思ってたから……もしかしたら、ここ使って攻撃してるのかなって」


 それは私の癖だ。よくグリップが歪むのでダンに直してもらっている。彼は情報屋としての才能は無いに等しいが、武器のメンテナンスや扱いに関しては抜きん出た才能を持ち合わせている。おそらく私がクロノスをどう扱って、どういった原因で歪みを作ったのかまで理解しているのだろう。

 空いた口が塞がらない様子のメイの肩に手を置いた。


「全てを叩き込むのが時間の無駄になることは多々あることです。……ダンには銃器関係の扱いを教えた方が良いでしょう」


 私がそう言ってダンを見ると、ダンは一拍置いて顔をほころばせた。私はそれを確認すると、近くにあった椅子に腰掛ける。メイはしばらく愕然とした様子だったが、しばらくすると諦めたようにため息をつき、私の隣に腰を下ろす。


「あーあ……やっぱりサーシャお姉ちゃんには適わないや」

「人に物を教えたことが無いからでしょう」


 人に教えることも経験が必要ですから。私はそう言って広場から向こうの通りを見る。やはりそこにも人気は少なく、冷たい風が首筋を通っていく。

 メイは頬を膨らませる。


「……サーシャお姉ちゃんだって、誰かに教えたことないじゃん」

「言われてみればそうですね」


 どうやらフォローになっていなかったらしい。フレイさんによく言われるのだが、私の気遣いは気遣いになっていないことが多い。

 それでも旧知の仲であるメイは気分を害した様子も無く、空を見上げた。


「サーシャお姉ちゃんって、ホント凄いよね。頭良いし、才能あるし……サーシャお姉ちゃんのお母さんもそうだったのかな?」


 私は通りを見つめたまま、さぁ、と答えた。

 生まれた時から旅をしていた。私を育てたのは、カタリナという女だった。彼女は帝国消失のあの夜を生き延びた王女で、半不老不死の人間だった。

 私は彼女を実母だと信じていたが、実際は違っていた。彼女の子供はジェイロードという名の私の義兄だけ。私は、帝国が実験を続けていたルミナリィ……『完全なる不老不死』の人間だった。


「……」


 実母のことは、私にはよく分からない。調べようとは思わなかった。私にとって母とはカタリナただ一人で十分だった。


「きっと凄い人だったんだと思うよ。ねぇ、ダン」

「うん!」


 ダンもまた、メイと同じ笑顔を浮かべて頷く。2人の顔を見た私は、ふと思った。

 人は生まれ出るまでの長い長い系譜を持っている。父と母から人は生まれる。それ以前に、父と母を生んだ祖父母がいる。そして更に彼らを生んだ人間がいる。ならば私の系譜は何処に繋がるのか。


「……ふっ」


 そこまで考えて、止めた。私の軌跡を辿るとしたら其処は帝国の思惑の中だ。利益と欲望の渦巻く歴史の中にそんなものを求めて何になるのか。少なくとも、得られるのは自己の満足だけ。

 空を見上げると、満月が浮かんでいた。月は変わらないのだろうか。人の生死が繰り返されようとも、変わらずに光り続けていたのだろうか。









 ダンの情報によれば、アタランテの内部には一部、作り込まれた機械のようなものがあるらしい。帝国消失と共に文明の廃れた現代では、この残されたチンケなガラクタを分解して原理を調べては、今の文明に使えるものはないかと探している奴らがいる。

 帝国時代にギルドと呼ばれた場所には今も職人がいる。彼らに頼まれてガラクタ掘りをするのがトレジャーハンターの奴らだ。どんな小さな部品でもそれが過去の文明の欠片となる。奴らはそれを掘り起こしてはギルドへと運ぶ。報酬は勿論ピンキリ。デカイのに当たることは少ない。賭けと一緒だ。

 そして俺は、そのトレジャーハンターの奴らが細部まで掘りつくし、もはやただの洞窟となったアタランテの前にいる。ダンとメイとは、手前の街で別れた。


「ったく、掘りつくされた遺跡になにがあるってんだよ。観光かっての」


 後ろにいるサーシャに向かって嫌みを飛ばすと、サーシャは涼しそうな顔でこちらを見返してきた。


「そうですが、何か?」


 あまりに清々しい開き直りに俺は拳を握りしめた。あちこちを見回していたクリフが慌てて俺を抑えにくる。くそ、邪魔すんな。コイツは一回痛い目を見るべきだろ。

 俺を羽交い締めにしたクリフが困った様子でサーシャを見る。


「ど、どうしましょう。中まで入りますか?」

「ええ。……観光程度に」


 動けなくなった俺をチラと横目で見て、サーシャは歩き出した。あの女、それはイヤミか!イヤミなんだな!?

 サーシャが先に遺跡に足を踏み入れる。多少距離が開いたのを確認して、クリフは俺を離した。俺はローブをなおすと、苛立ったため息を吐く。


「ったく、何を見ろってんだよ……」

「ま、まぁまぁ……とりあえず入ってみましょう」


 クリフに背中を押されて、俺は歩き出した。岩肌にぱっくりと口を開けたアタランテは、入り口付近から神殿の柱のようなものが洞窟の天井を支えていた。その様子は魔術師がよく言う異界との接触点に近い。俺はなんとなく嫌な予感を覚えながらサーシャの背中を追った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ