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過去の英雄  作者: 由城 要
One hero's story
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第1章 1

 我が国の長い歴史を語る上で、必要不可欠と言える一人の人物が存在する。英雄称号という栄誉を受け、国に忠誠を尽くした一人の騎士。馬にまたがり砂漠を駈け、部下を率いるその勇姿はやがて民の語り草となった。

 かの騎士、呼び名は『英雄称号16号』。騎士の精神に則り、国を守った英雄である。





  - 見習い少年 -





 警笛の音が響く。波音に間の手を入れる海鳥の鳴き声。視界の先には水平線を横切る中型の船が見える。港を出発したばかりなのか、まだ甲板には人の姿が目立っていた。餌を期待しているのか、上空を旋回していた海鳥が一斉に船の方向へと去っていく。

 船は定期的に大陸間を行き来する客船だ。もちろん上流の人間に向けたものではなく、商人や冒険者を乗せる。船内環境は劣悪で、個別の部屋もあることはあるが、殆どの客は椅子もベッドもない大部屋にごろ寝をすることになる。船は荷の運搬も行うが、人も荷も同じようなもんなんだろう。

 それでも船のチケットはかなりの倍率がかけられる。値は跳ね上がり、予約は早いもん勝ちで全て消えてしまう。それもこれもあの定期船が月に一度しか行き来しないことにある。造船技術の低下した今の時代で、昔と同じ船を造ることは難しい。よって船のいたみが進まないよう、あえてハードワークを避けて運行している。

 勿論、文句を言う奴はいない。誰もが今の世の中っつーもんをよく分かっているからだ。全ての原因は約500年前。

 今となっては気が遠くなるほどの昔。世界を統一し、各国から『知識』を奪うことで繁栄を極めた国があった。 トゥアス帝国と呼ばれるその国は、戦争で負けた国に領土や賠償ではなく『知』を要求した。その国のみが持つ技術、技術研究者、文献……その全てを帝国に献上させ、我がものとした。帝国の支配は他の国に圧力を与えることはなく、世界は繁栄と平和の時代を迎える。しかし、それが永遠に続くわけではなかった。

 建国500周年を前にしたある夜。眠らない街と呼ばれた帝国ではいつものように明かりが灯っていた。隣国はそう証言している。しかし、日が開け、他国の商隊が帝国の外門をくぐろうとした時、帝国はまるで何千年の時を経たかのような姿にかわっていた。人は一人もおらず、建物は風化し、そこにあったはずの『知』も、文明も、全てが消え去っていたのだ。

 それから混乱の時代が始まる。各国が次の帝国の座を巡って争い、文明は後退。人々の生活は大きく変化し、旅人や冒険者のようなその日暮らしの人間が増えた。


「あー……腹立つ」


 そして、俺もまた、そんなその日暮らしの人間の一人だ。

 海岸の防波堤の隅。今じゃあまり機能を果たしていない灯台の隣で、俺は海を見つめていた。黒のローブが潮風にはためいて音をたてる。吐き出した煙草の煙が流され、灰は手元から水面へと散っていった。

 俺の名前はフレイ・リーシェン。街から街へと渡り歩く、旅人のようなものをしている。冒険者と名乗るほど旅自体に興味は持っていないが、飯の為なら護衛だろうがトレジャーハントだろうが何でも引き受ける。そうゆう生活を続けて随分と経った。

 ふと視線を陸に戻すと、遠くの砂浜で遊んでいるガキどもがチラチラとこちらを見ていた。どうやら俺が魔術師だということに気づいたらしい。何やらヒソヒソと話し合っては、顔を見合わせてはしゃいでいる。


「……ったく」


 灰の中に溜まった煙を吐き出す。ふと、ガキどもの後ろを歩いていた人影が俺に視線を止める。そいつは迷わずこちらに足を向けると、灯台へと歩いてきた。

 足音が近づいてくるのを聞きながら、俺は煙草を加えてもう一度海に視線を向けた。もう随分と船が遠のいていく。海鳥の群れはいつまで船を追っていくのか、その上空を旋回していた。

 足音が俺の背後で止まる。


「そのローブは目立ちますね。遠目にもすぐに分かります」


 後ろからかけられる、女の声。金髪というよりもう少し白に近い髪を肩の辺りで切りそろえ、覗く瞳は碧眼をしている。細い顎に白い首筋。背丈はそんなに高くはないが、全体的に見ると足が長く見える。そして腰から下げているのは古の武器、2挺のリボルバー。


「あぁ?……何だよ……」


 この女、容姿端麗、頭脳明晰、街を歩いても人目を引く美女。コイツを女神フィオレンティーナに例えたのは一体誰だったか。ただし美しい花には棘がある。いや、コイツには棘しかない。


「……この間、酒場で一騒動あったらしいですね?店主いわく、片方は魔術師だったとか」

「げっ……」


 思わず俺は後ろを振り向いた。防波堤に足を投げ出して座っていた俺を見下ろすのは、鬼神も裸足で逃げ出すバケモノ女の冷たい両目。

 ある意味にっこりと形容できる表情で、口元だけ笑ったそいつは目の前に一枚の紙を差し出した。


「喧嘩で備品を壊されたと、今しがた店主が宿の方にきました」

「ちょっ……いや、あれは、どう考えてもあっちが先に喧嘩を売って……!」

「請求書分のお金はツケておきます」


 マジか。俺は頭を抱えた。口でどう反論しようと、この女に勝てる奴はいない。トイチで借金だとか言わない分だけまだマシなところだが、こいつに借りを作るとろくなことがない。


「チッ……最悪なタイミングで八つ当たりにあった……」


 この女、名前はサーシャ・レヴィアス。色々あって旅を共にしている。これで女らしさの欠片でもあればまだ可愛げがあるが、中身は絶望的と言っていい。天上天下唯我独尊、殺しても死なないバケモノ。

 サーシャは海の向こうに視線を向けると、もう豆粒ほどに小さくなった船に気づいた。


「……船は行ってしまいましたか。仕方ないですね」


 殺しても死なない、というのはあながち比喩じゃない。この女は帝国時代に作られた不老不死ルミナリィの人間……最も、作られたのは500年近く昔だが、『生まれ落ちた』のは21年前。本人もどうやら21歳のつもりらしい。

 不老不死といっても、見た目も中身も普通の人間と変わりはない。通常の人間より治癒能力が数十倍高いが、それくらいのもんであって、それ以上のもんじゃない。実際死にそうになったことも多々ある。


「仕方ないっつーわりには、機嫌が最悪だな」

「それはお互い様でしょう」


 俺はサーシャを見上げた。サーシャは船から視線を戻して俺を見ると、最近やっと『らしく』なってきた微笑みの表情を見せる。


「宿へ戻りましょうか。……彼が到着したようですから」










 サーシャさんの笑顔は滅多に見られない。よく宿に泊まったり、酒場でお酒を飲んでいると、周りの男の人たちがよく彼女を見て言う。笑えばもっと美人になりそうなものなのに、って。でも、いつも一緒にいる僕なら、あえてこう言いたい。


「ダン。御愁傷様です……」


 二、三日前から泊まり続けている宿屋の食堂。お酒も振る舞われるバーカウンターの席に向かって、テーブル席の僕は心から合掌した。


「さて、経緯をお聞きしたいものですね、フレイさん」

「ああ、勿論だ。これで何回ガセを掴まされたか、順を追って確認していこうじゃねーか」


 珍しく仲良さげにそう会話するフレイさんとサーシャさん。カウンタ席に陣取った2人は、中央の少年を挟んで両脇に座っていた。獣に捕まってしまった獲物のように小さくなった少年を見つめて、僕は心底同情する。あの犬猿の仲の2人がタッグを組んでこんなことをするのは、きっと2人ともかなりご立腹な証拠だ。

 僕は視界に入らないように、後ろのテーブル席に座っていた。反対側には、少年の姉……といっても、血は繋がっていない義姉のメイ・レディンスが座って葡萄ジュースに舌鼓を打っていた。


「ね、ねぇ、メイ。ダン大丈夫かな……?」


 こそこそと口元を隠して問いかけると、思ったよりさっぱりした反応でメイは僕を見返した。


「仕方ないよ。ガセネタ掴んじゃったのはダンの責任だし。失敗したら怒られる。情報屋じゃなくても鉄則だよ」


 メイはまだ15歳でありながら、諸国を旅して武器を売る武器商人の仕事をしている。彼女がそんなことをしているのは母であり、大量武器庫の主人・セルマさんの手伝いのため。セルマさん自身も武器商人をしていて、サーシャさんはセルマさんの常連客だったりする。

 メイ達一家が売っているのは武器だけじゃない。諸国を旅して得た情報を伝える、情報屋の仕事もしている。メイは僕より年下だけれど、商人としても情報屋としても一人前だとサーシャさんが言っていた。


「で、でも……まだダンは見習いだし……」


 サーシャさんとフレイさんに挟まれた肌の黒い少年は、ダンという名前で、メイの弟。セルマさんの家にいる沢山の子供のうちの一人だ。自分たち孤児を引き取ってくれた母と姉の手伝いがしたいと志願した、見習い情報屋。でもその情報は未だにガセネタばっかりで、僕らはこのところ6回はガセを掴んで無駄骨を折っている。

 最初は大目に見ていたサーシャさんだったけれど、さすがに5回を超えると堪忍袋の緒が切れたらしい。僕は見ていられなくなって、3人の後ろから小声で助け舟を出す。


「さ、サーシャさん、フレイさん。ほ、ほら、ダンはまだ13歳ですし……」


 すると、余計なことを言うな、とフレイさんが振り返って僕を睨みつけた。いつもの如く僕は、ひっ、と肩を竦ませる。サーシャさんは構うことなく、グラスの中のワインに口をつけた。


「13歳ですか。かの少年王の即位した歳と同じですね」


 僕の助け舟は見事サーシャさんの一言に撃沈した。隣で様子を見守っていたメイが仕方なさそうな顔で弟の背中を見つめる。その表情は昔より随分大人っぽくなってきたような気がした。

 メイはジュースを飲み干すと、後ろからダンに声をかける。


「……ダン。クリフお兄ちゃんが、レイテルパラッシュの手入れをお願いしたいってさ」

「あ、う、うん!」


 ダンはそう言うが早いか、パッとフレイさんの横をすり抜けると、椅子に立てかけておいた僕の武器を奪い取る勢いで持ち去った。小さな背中が階段の上へと消えていく。

 呆然とする僕に、フレイさんが振り返ってこちらを見る。


「おい、クリフ。何、獲物を逃がしてくれてんだよ?」

「え、ええっ!?」


 ぬ、濡れ衣ですよ、と弁解する僕の隣で、メイはサーシャさんの背中に視線を向けた。


「サーシャお姉ちゃん、ごめんなさい。ダンも悪気があるわけじゃないんだけど……」

「悪気があるならもう少し制裁を加えたいところですね。……まぁ、高い授業料だということにしておきましょう」


 そんな会話が交わされる間、僕はフレイさんに胸ぐらを掴まれてガクガク揺らされていた。左手で抵抗するけれど、利き手じゃないから上手くいかない。肘と肩の丁度真ん中辺りで無くなっている僕の右腕は抵抗も虚しく、ただ上下するだけだった。

 サーシャさんはカウンター席から立つと、ため息をつく。


「予定ではあの定期客船に乗るつもりでしたが……ルートを変更しましょう。食事が終わったら、フレイさんの部屋に」


 フレイさんは頷きながらも、僕の襟を締め上げる。ギブアップの意味を込めてテーブルを叩くと、やっと僕は解放された。ぜぇぜぇ息を吐きながら、僕はテーブルに突っ伏す。

 僕の名前は、クリフ・パレスン。傭兵学校を卒業したあと、剣士として旅を初めて……今は魔術師のフレイさんと、ガンナーのサーシャさんと旅を共にしている。2人と違って僕は平々凡々だから、説明の必要は多分ないだろう。

 僕らの日常は、いつもこんな感じだ。










「……それで、どうすんだよ?次のアテだってねぇだろ」


 食事が終わった後、私達はフレイさんの部屋に集まった。こざっぱりした宿の一室。部屋の隅には投げ出した荷物が見える。私は椅子に腰掛けると地図を広げた。肘をついて眺める古紙は、あちこちに印がついている。もうこの大陸のほとんどは行きつくしてしまった。

 クリフさんはベッドに座って、隣のダンが自分の剣の手入れをするのを見つめている。情報屋としてのダンはあまり信用がおけないが、それでも武器のメンテナンスの腕は認めることが出来る。一度リボルバーの片方・クロノスをメンテナンスさせたところ、歪みをしっかりと直して戻ってきた。母のセルマも、この長所は素直に認めている。


「そうですね……」


 フレイさんは私の真向かいに座っていた。四つ据えられた椅子のうち、三つは私と、フレイさんと、メイが占領している。メイは自分の荷の中に入っている銃弾の箱を一つ一つテーブルに並べながら、私との商談交渉の機会を狙っているようだった。

 カチャカチャと音を立てながら、メイはフレイさんを見る。


「魔術師サマは少し黙っててよ。サーシャお姉ちゃん、考え中なんだからさぁ」

「うるせえぞ、ガキ。お前こそ少し黙ってろ」


 ギリギリとメイを睨みつけるフレイさんと、舌を出してフレイさんを挑発するメイ。私は深くため息をついた。


「……それで、この辺りで何か情報はありませんか?」


 私達は旅人をしている。私一人の旅ならまだなんとかなるものの、3人で行動するには現実問題として金が必要になる。食費、宿代、その他諸々。賞金首の仕事でもあればまだマシだが、ハンターでやっていくにはこの大陸は平和すぎた。

 大抵の旅人は護衛の仕事をする。それも悪くはない選択だ。だが、今は供給が需要を遥かに超えている。護衛として名を挙げるには時間がかかるし、第一、私達はそんなに誠実な性格でもない。


「うーん……この辺りって言われると、ちょっと難しいなぁ……」


 メイは困ったように肩を竦めた。一人前となった彼女が言うのなら、それは間違いないのだろう。私はさらにため息をつく。こうなれば仕方ない。多少時間はかかるが、護衛の酒場に行って依頼を待つか。

 諦めを覚悟したとき、金属音と共にダンが立ち上がった。クリフさんに剣を返してこちらを見る。


「サーシャおねえちゃん!おれ、一つだけ情報が……」

「まぁたお前か、ダン。少し黙ってろ」


 フレイさんは手を振ってダンを黙らせる。メイが少しムッとしたように顔を顰めた。私はフレイさんを無視してダンに視線を向ける。


「……情報ですか?」

「あ、うん!ここから北西にあるアタランテって遺跡があるんだけど、そこに……」


 説明を続けようとするダンを遮って、フレイさんがため息を吐いた。


「アタランテ?馬鹿言うなよ、あそこはトレジャーハンターどもが掘りつくしたって話だ。今言ったって螺子一つ落ちてねぇよ」



 フレイさんの言葉に、メイが額を押さえた。確かに、フレイさんの意見は間違っていない。

 アタランテはこの街から北西に位置する。アルジェンナ砂漠の端に位置し、トゥアス帝国時代より以前にオアシスを中心として広がった小都市だったらしい。十数年前に遺跡が発見され、当時話題となったが……当時のその地域は帝国にとってさほど重要ではない領地だったらしく、帝国に関するものは何も見つからなかった。

 クリフさんまでもが、哀れみの籠った目でダンを見る。


「ダンには悪いけど……僕も行ったことあるくらい、あそこって有名だよ……」

「そ、そうなんだけど!おれ、聞いたんだ。学者連合から来た奴らが、アタランテの話をしてるのを。あいつら、あそこに何かがあるって言ってた!ホントだよっ」


 学者連合。私はふと眉をひそめた。詳しい話は知らないが、海を越えた先にある国々でそう名乗る者達が増えているという。おそらく個々が協力してトゥアス帝国時代の知を取り戻そうとしているのだろう、最近のトレジャーハンター達の話題の種だ。

 彼らはトレジャーハンターを雇い、報酬はかなりの大盤振る舞いをしているという。私は地図上のアタランテに視線を向けた。


「ダン、駄目じゃない。話を聞く時は盗み聞きじゃなくて、ちゃんとその人達の輪に入って聞かないと」

「輪に入ろうが入るまいが、コイツの鼓膜に重要情報なんざ引っかからねぇだろーよ」

「ふ、フレイさん……」


 クリフさんがフレイさんを嗜める。メイはダンの頭を軽く叩くと、細かいことを説教し始めた。私はじっと地図上の小さな点に見入る。アタランテは帝国との接点があるのではないかと、発掘当初は期待されていた。しかしそこからこれといって話題になるものは出ず、結局トレジャーハンター達は離れていった。

 私はフッと笑う。今回は前回ほどの期待もない。さほど距離的にも離れている訳ではないようだし、観光半分で行ってみるのも悪くはない。


「なら、行ってみますか」


 私の言葉に、4人は四者四様の反応をあらわにした。


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