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過去の英雄  作者: 由城 要
One knight's story
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第3章 4

 私が守るべきは、私を愛し、私を信じてくれる者達。彼らを守ることが私のさだめ。たとえそれが国の傀儡となることだとしても、私は喜んで受け入れよう。

 人々が光を求めるならば、私は太陽となろう。





  - 伝えるべき言葉 -





 化け物女は英雄から借りた剣を返すと、勝利を喜ぶ帝国軍を無視して俺たちに視線を向けた。そろそろ国軍部隊によって西のゲートが制圧される頃だろう。これでゲートを通過できそうだ。

 サーシャ・ルエンはロバートに肩を預けたまま、戻ってきたアナーシャに視線を向けた。


「アナーシャには、何度礼を言っても足りないな」

「……サーシャ様」


 聞き覚えのある台詞に、ロバートが苦虫を噛み潰したような顔をした。アナーシャは肩を竦め、そして辺りを見回す。


「我々も西のゲートを塞がれてしまっては目的の場所へ向かうことが出来ませんから」


 少し顔を上げると、視界にトゥアス帝国が見える。砂漠の中に佇む、馬鹿デカイ国。下層民の町ダウンタウンには寄せ集めのガラクタのような屋根が並び、中層階には公共施設が頭を出している。そして、上層階にはオアシスを思わせる緑の木々と、天高く聳え立つ城が見えた。

 ふと俺の視線を追って帝国を振り返ったクリフが、思い出したように呟いた。


「そういえば……お祭り、結局見れませんでしたね」


 ここから第18王宮は見えない。空を見ると、地平線の先が橙色へと変化し始めていた。おそらく祭りももう終盤だろう。残ってそうなのはお偉い方の締めの言葉くらいのもんだろう。

 人混みの中で人を捜す一人の女を想像して、俺はため息を吐いた。


「おい。ロバート」


 俺がそう言うと、ロバートは五月蝿そうな顔でこちらを振り返る。俺は魔術師のローブを羽織り直すと、袖の部分を捲りながら言った。


「アンジェに舞いの感想をくれって言われてたんだよ。伝えといてくれ」

「……それで?」


 見てもいないものをどう伝えるつもりだ、という視線でロバートは俺を見た。脳裏にいくつかの言葉が浮かぶ。綺麗だった、堂々としてた、これで明日から場末の酒場の踊り子は卒業だ、……。

 俺は瞬きをして、視線を砂漠の方へと彷徨わせた。上を向き、下を向き、最後は大きなため息を吐いて頭をかく。そしてロバートの肩を叩いた。


「……なんでもいい。お前に任せた」

「自分で言ったらどうだ」


 眉間に皺の寄ったロバートの顔を見て、俺は肩を竦める。おそらくアンジェが望む言葉を、俺はかけてやれそうにない。


「こうゆうのは苦手なんだ、俺は。……それより、お前の上司がまたたかられてるんだが、いいのかお前」


 いつのまにやらアナーシャとサーシャ・ルエンの間では再び褒美の話が持ち上がっていた。もちろん、あの化け物女は人様にたかることに関して一流だ。褒められたら謙遜しない。貰えるものは全て貰っていく。そうゆう信念らしい。

 ロバートが振り返ると、クリフが傷の少ない馬を選んでいた。どうやらアナーシャは英雄サマから褒美としてアタランテまでの足をいただくことにしたらしい。確かに空の様子を見る限り、時間は残り少ない。クリフが栗色の馬二頭を選び出すと、アナーシャはサーシャ・ルエンに頭を下げた。


「本当にそんなもので良いのか?」

「いえ、助かります」


 ロバートが苦い顔をしているのを横目に、2人はそんな会話を交わした。アナーシャはクリフを馬に乗せると、俺をクリフの後ろに乗せ、自分は残った一頭に跨がった。

 空が徐々に夕焼けに変わり始める。アナーシャは手綱を操りながら、英雄を見下ろした。


「……では、サーシャ様」


 サーシャ・ルエンを見下ろすアナーシャの横顔。夕日が照らし出す英雄の瞳に、同じ色の双眸が映っていた。


「アナーシャ……」


 光の色をした髪が照らされ、僅かに碧眼が揺れる。アナーシャは息を吸い込むと、口角をあげた。


「生きてさえいれば、再び出会うこともあるでしょう。その時まで、お別れです。……サーシャ・ルエン」


 アナーシャはそう言うと、手綱を引いた。馬が蹄を砂に埋めながら駆け出していく。慌てたようにクリフの片腕が手綱を操り、それに続いた。

 俺はクリフの後ろから、残された英雄と兵を見る。彼らの姿は遠くなるほどに小さくなり、やがて陽炎と見分けがつかなくなった。全てが夢であるかのように、その姿は判別出来なくなる。それでも、聳え立つ帝国の風景だけは、変わらずそこに存在していた。









 ゲートを抜け、一気に馬で駆け抜ける。クリフは不自由な腕で手綱を操りながら、アナーシャ……いや、サーシャの馬の横についた。俺は砂埃に咳き込みながら、サーシャに向かって叫ぶ。


「お前、アタランテに行くにしても、パスワード分かってんのかっ!?」

「『機械に支配された精霊の力は、始まりと終わりの狭間に宿る』……フレイさんには分かりませんか」


 サーシャはそう言ってこちらを振り返った。そんなこと言ったって、結局今日まで俺はその謎掛けの答えを見つけることは出来なかった。分かるはずねぇじゃねえか。

 サーシャは視線を前へと戻し、右袖を引く。腕の時計はあと僅かで針が一回転しようとしていた。文字盤を見つめ、そして言う。


「時計の文字盤なら、通常12の文字が並びます。文字は12文字ですが、午前と午後の二つの意味を持つので24までの数字がパスワードの候補です。しかし、その中に0という数字はない……代わりに始まりと終わりを示すのは、一つだけですね?」


 あ、と思いついたようにクリフが声をあげる。


「深の刻……!」


 24時を示す、深の刻。確かに、理論上は間違っていなさそうだ。だがな。


「そんな簡単に行くもんか?」


 サーシャは頷く。こいつの自信は一体どこからきているんだか、毎回不思議に思う。そして不思議なことに、その自信に今のところ外れが全くない。本当に困ったもんだ。

 ポケットから取り出した紙を眺め、サーシャは俺を見た。


「ええ。……実のところ、最初から答えは分かっていました」

「……はぁっ!?」

「ええっ!?」


 サーシャの言葉に、俺もクリフも声をあげた。アタランテの町並みが徐々に近づいてくるのを見ながら、サーシャは眺めていた紙をこちらに向ける。走っているせいで紙はよく見えなかったが、クリフがそれを受け取ると、やっとその中身を見ることが出来た。

 そこには流麗な文字で何かの数式と、そしてアンサーのAと『24』の文字が書かれている。ふと、クリフが思い出したようにサーシャを見た。


「さ、サーシャさん、これって……っ」

「この時代に飛ばされる前に、アタランテの遺跡で拾った紙です」


 不可解な数式と不可解な解が書かれた紙。俺はサーシャがそう言ったのを思い出した。数式の方は全く理解出来ないが、答えが24と書かれているのはわかる。

 俺たちの視線にサーシャは頷いた。


「パスワードの話が出てきたときに、真っ先に考えた可能性がこの数字でした。あとは解を導き出すための工程さえ揃えば、答えが確定する。……そうゆうことです」


 俺も、そしてクリフも、唖然としてサーシャを見る。サーシャはクリフから紙を受け取ると、眼前に迫ってきたアタランテに視線を向けた。そして小声で呟く。

 蹄の音にかき消され、その言葉は俺たちの耳に届かなかった。


「ダンの言っていた学者連合の話と、この紙には少々謎が残りますが……」


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