第2章 4
私は彼らに与えられた番号を知っていた。そして、その番号が幾万の命の中のたった一つとなってしまったことを知った。それはおそらく、悲劇なのだろう。これ以上ないほどの、不幸なのだろう。
だから私は、彼女に私の知る中で最も強く生きた者達の名を与えた。
- 英雄称号 -
軍から借りた馬上から見た景色は、これ以上ないほどに絶望的だった。国の八方に作られたゲートを封鎖して、ガルグイユがバリケードを作っている。西の通りには徐々にガルグイユの人間が入り込んできていた。
これだけ大規模な戦闘は、今まで経験したことがない。震え上がる僕の後ろで、呆れたため息が聞こえてきた。
ロバートさんに無理をいって一頭だけ馬を借りた。後から追いついてきたアナーシャさんを後ろに乗せて、僕が手綱を操る。
「やはり数が多いですね……」
「は、はい。それに、あの布陣は」
敵陣は雁が飛行するように編成を組んでいた。やはり相手も元帝国軍の人間とあって、一筋縄ではいかないみたいだ。
後ろのアナーシャさんが、砂漠の様子を見ながら言う。
「兎に角、通りを出ましょう。雑魚を相手にしていてもラチがあきません」
「雑魚って……も、もしかしてあの中に突っ込むんですか!?」
動揺している僕の横を、軍馬が数頭駈けていく。おそらく僕らと同じく、ガルグイユの中核へと向かうんだろう。僕は馬の手綱をぎゅっと握りしめると、大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。
こうゆう大規模戦闘の経験は全くない。授業だって軽く流して聞いていただけだ。でも、あの西のゲートを塞がれてしまうとアタランテへ行けないことも事実。
腹をくくるとは、まさにこのことかもしれない。
「じゃ、じゃあ……突破しますっ」
アナーシャさんが頷くのを確認して、僕は馬の速度を速めた。小さなバリケードから石や矢が飛んでくるけれど、クロノスの銃声が反撃する。
馬は大きく飛躍して、バリケードを飛び越えた。アナーシャさんは鐙に片足をかけると、体を後方へと逸らした。左手でカイロスを抜き取り、2挺のリボルバーで応戦する。僕はアナーシャさんを振り落とさないように手綱を操りながら、砂漠へと辿り着いた。
姿勢を正したアナーシャさんが、砂漠に立ち並んだ軍勢を見つけて顔を顰める。
「……やはり頭目はあの男ですか」
砂漠の中で睨み合う二つの軍勢。片一方は英雄のサーシャさん達が率いる帝国軍だ。そして相対するのは、帝国旗を逆さに掲げる、反帝国組織ガルグイユの人間達。布陣の中央には、茶髪に無精髭を生やした男の人が立っていた。ロバートさん曰く、元将軍ルシウス。
僕はロバートさん達の背後に馬を止めた。するとアナーシャさんは馬から飛び降りる。僕も慌てて馬から下りると、一触即発のピリッとした空気に寒気を感じた。
「……ルシウス将軍!何のつもりだ!!」
前方でサーシャ・ルエンの声が響きわたる。怒気を含んだ言葉。彼女は剣を鞘から抜くと、太陽の下に白刃が煌めく。
「言ったはずだ、これ以上国を揺さぶるつもりならば、容赦はしないと!!」
「容赦はしない、か……。それはこちらも同じだ、英雄称号16号」
将軍は軍勢を見渡し、そして口角をあげる。この殺気立った場面でこんな表情が出来るのは、相当の手だれだからなのかもしれない。
「いや、サーシャ・ルエン。部下として育てたお前の名誉に傷をつけるのは気が引けるが……これも大義のためだ」
彼は僕のレイテルパラッシュより幅の広い剣を天空に掲げた。存在感も英雄のサーシャさんに勝るとも劣らない。やはりかつて将軍と呼ばれただけあって、三千もの軍勢を率いるだけの器が現れていた。
将軍は咆哮する。
「帝国の乱心を許すな!大義親を滅す、そして知の自由を我らの手に!!」
士気を鼓舞するように、ガルグイユの人間達が閧の声をあげる。僕はその熱気と血走った目に気圧された。
戦争だ。血飛沫の舞う予感が辺りに満ち、堰を切ったように二つの軍勢が混じり合っていくのを僕は見ていた。
☆
なだれ込む二つの勢力。紺の帝国軍服と、黒服のガルグイユの者達が混ざり、砂漠が戦場と化していく。背後から聞こえるクリフさんの制止の声を無視して、私はクロノスとカイロスをホルスターに収め、前線へと向かっていく。
前方から隙間を縫うように入り込んだガルグイユの男が、槍先をこちらへ向けてきた。私はそれを避けると槍の柄に腕を絡ませ、相手の体へと逆に突き返す。相手の手が緩んだ隙に槍を手にすると、次に向かってきた男の剣を弾き上げた。
「……っ」
地面に突き立て、槍を軸にして蹴りを繰り出す。続けざまに飛びかかってきた者達を柄で押し返すと、足下に転がってきた剣を手にする。クロノスとカイロスはあえて使わない。この乱戦の中では流れ弾になる可能性が高い。
ガルグイユは銃器を多用していた。うかつに一所に留まっていれば、確実に銃弾の餌食になるだろう。目の前で帝国兵が銃弾を受けて体を弓なりに反らした。
私は前を向いて、サーシャ・ルエンを見る。私のいる場所よりさらに前方に、彼女の姿があった。彼女は馬から飛び降りると、男達を相手に剣を振るう。
「くっ……」
敵の数が多い。彼女は睨みつけるように、布陣の後方にいるルシウスを見た。高みの見物は苦手だと言っていたが、そのわりに彼は後方で待機している。おそらくこちらが疲弊するのを待っているのだろう。
ギリ、と歯を食いしばる彼女のすぐ横を、白刃が横切る。
「サーシャ様!」
咄嗟にロバートさんが銃剣で刃を受け止めた。サーシャ・ルエンもその声で我に返る。ロバートさんは銃剣で相手の体を貫くと、英雄に視線を送った。
「ロバートっ」
「……後方に待機させている部隊も間もなく合流します。それまでの辛抱です」
英雄とその側近は、互いに背中を合わせると辺りの敵兵を見渡した。サーシャ・ルエンは剣の血抜き部分に溜まった鮮血を振り落とすと、将軍を視界から外し、殺気立ったガルグイユの者達を睨みつける。
ロバートさんの言葉に、英雄は頷いた。
「ああ……互いに、生きて帰らなければならないからな」




