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過去の英雄  作者: 由城 要
One knight's story
24/33

第2章 1


 人はこの世界に生まれ落ちて、最初に何を願うのだろう。昔のことは忘れてしまったけれど、私は知っている。神に願ったものが叶うことは少ない。だから、約束して欲しい。

 願いは私の中にしか残らないけれど、約束は2人の中に残るから。





  - 約束 -





「じゃ、じゃあ、つまりその謎掛けが解ければ、帰れるんですよねっ!?」


 昼間っからデカイ声を出すクリフに、俺はその頬を引っ張り上げた。人が一晩かけて考えて寝不足だっつーのに、お前には配慮ってもんがねぇようだなっ。

 本を片手にソファに座ったアナーシャ、もといサーシャは、俺が調べた話を聞きながら何かを考えている。そういや、こいつらこの件に関してマトモに調べてんのか?


「『機械に支配された精霊の力は、始まりと終わりの狭間に宿る』、ですか」


 なにやら手に持った紙を見つめながら、サーシャは呟く。俺はクリフに対する八つ当たりをやめると、サーシャの反対側のソファに腰を下ろした。一晩考えたが、明確な答えが出ない。ヴァルナに聞けば一発で答えてくれそうな気がするが……いや、アイツのことだから答えの他にも何かグチグチ言われそうだ。

 クリフも頬をさすりながら呟く。


「始まりと終わりって言われると、数字に直したら0のことですよね」

「ああ。でもな……10日経ったらこの針は自然に0を指す。それじゃあ、パスワードにならねぇだろ」


 そんな親切な設計してるなら、こんなに頭を悩ませることはない。俺たちの会話を聞いていたサーシャは、自分の時計を見て、そして手元の紙を見比べる。そして静かに息を吐いた。


「……確かに、0というパスワードではないでしょうね」


 サーシャは紙を折り畳むと、懐にそれを押し込んだ。結局、これ以上の進展はなしか。首を傾げるクリフと涼しそうな顔のサーシャを見比べ、俺は呟く。


「お前等は何か手かがりねぇのかよ」

「えっ、あ……あははは……」


 クリフが困ったように笑って誤摩化そうとするのを、俺は見逃さなかった。やっぱり収穫なしか、お前等っ。人に労働させといて自分が動かないとはどうゆうことだ。

 サーシャは本をテーブルの上に置くと、食堂から持ってきた茶をすする。


「……まぁ、フレイさんはアンジェさんの店でタダで食事をしているようですし、その分の労働ということで」


 げっ。コイツもしや、サーシャ・ルエンの奢りで一日あの店に入り浸ってたのを誰かに聞いたのか。


「オイ!あれはたまたま……」

「働かざるもの食うべからずと言う言葉が、とある国にはありますから」


 ぐっと、サーシャの言葉に俺は拳を握りしめる。慌てて俺を宥めるクリフの頭に、八つ当たりで拳をヒットさせた。本当ならサーシャに向けてやりたいところだが、こいつのことだから簡単に避けるのは目に見えている。クリフは頭をさすりながら泣きそうな顔で、なんで僕が、と呟いた。

 サーシャはティーカップをテーブルに置くと、ふと顔をあげた。同時に扉の向こうからノックの音が聞こえてくる。クリフは目尻の涙を拭うと、ソファから立って扉を開けた。


「はい……?」


 ドアの向こうから、聞き慣れた声が聞こえてくる。


「あ、ごめんなさい。……この間、アナーシャさんにお世話になったから、お礼をと思って」


 俺は持っていたティーカップの水面が僅かに揺れたのを感じた。クリフはパッと顔を明るくすると、扉を開け放つ。サーシャはソファを立つと、顔を出したアンジェに向かって微笑みかけた。


「ああ。……ありがとうございます」


 お前は相変わらず、遠慮というものを一切しないのな。

 アンジェはバスケットをクリフに渡した。おそらく、食事を持ってきたんだろう。アンジェはクリフを見て、サーシャに視線を移し……そして最後に俺を見た。俺は見えないふりをして茶を口にする。

 アンジェは睫毛を落とすと、苦笑を浮かべた。


「……それじゃあ、私はこれで」

「あれ?お仕事ですか?」


 クリフの言葉に、アンジェは頷いた。


「今は休憩時間なの。だからすぐ戻らないと」


 そういえば時刻は昼を回った頃か。サーシャは窓の外を見て、そして振り返る。


「なら、フレイさんに送らせましょう」


 サーシャの一言に、俺とアンジェが声をあげたのがほぼ同時だった。咄嗟に目が合ってしまい、互いに反対方向へと視線を逸らす。するとクリフが首を傾げて俺を見た。


「あれ、フレイさん用事があるんですか?それじゃあ、僕が……」

「いえ、大丈夫です。……フレイさん」


 サーシャがアンジェに気づかれないように、背後からクリフの襟を絞めた。喉仏を締め付けられたクリフは、息が出来なくなりバタバタと抵抗している。

 サーシャが目で何かを訴えてくる。……分かったよ、行きゃいいんだろ、行きゃ。


「……アンジェ、出るぞ」


 俺はティーカップを置いて立ち上がる。アンジェは慌てたように俺の後を追って歩き出した。









 街の喧噪は相変わらずで、俺は少し足早にダウンタウンを目指した。アンジェは俺の少し後ろを歩いている。街の雑音に紛れて、俺たちは無言だった。数多の靴音と人の声とすれ違い、俺たちは歩みを進める。

 先に口を開いたのは、アンジェだった。


「……そういえば、フレイ達は姉さんに招待されてたのね」


 俺は軽く息をつくと、歩みを緩める。人波より先を歩いていたが、徐々に人波に追い抜かされて行く。俺は辺りを見回しながら応えた。


「ああ。……アナーシャと一緒くたにされたらしいな」

「そうね。でも、アナーシャさんを誘った姉さんの気持ちがちょっとわかったような気がするわ」


 ふと俺は隣にきたアンジェの横顔を見た。アンジェは通りの先を見つめながら両手の指を組む。


「ロバートは警戒してるみたいだけど、アナーシャさんは悪い人じゃないわ。少なくとも……この間のガルグイユみたいに、この国の事情には興味がなさそうだもの」


 クスリと笑って、アンジェがこちらを見る。まぁ、それは間違ってない。あの女は国とかそうゆう面倒くせぇもんは嫌いだからな。アイツが生きている場所は次元が違う。

 ふとそこで会話が途切れた。俺は会話の糸口を探し、ふと王立図書館であの軍人を出くわしたことを思い出した。


「……そういや、昨日王立図書館でロバートを見たぞ」

「ロバートを?図書館でって……どうして?」


 アンジェは目を丸くした。どうやらそうとう意外だったらしい。法律関係の棟にいた事を話すと、アンジェは首を傾げていた。


「姉さんに頼まれたのかしら。でも、休みだって言ってたし……」


 俺は眉をひそめて考え込むアンジェの隣で、あの男が調べていた本を思い出す。そういや、あの場所には下層民の制度に関する本が並んでいた。

 奇妙な顔をしているアンジェに、それを口に出そうかと思ったが、止めた。ああ、もしかするとそうゆうことか。俺はアンジェを見る。


「あいつは何処の出身なんだ?」

「ロバートは中層階の出身よ。……なんでそんなところにいたのかしら」


 アンジェの言葉に、さぁ、とだけ返して、俺は道の先を見た。もう店は目の前だ。アンジェはそれに気づくと、小さくため息をついて足を止めた。

 ここでいいわ、と言って笑う。


「送ってくれてありがとう」

「いや……別に」


 送らなければ、今頃あの化け物女の毒舌の餌食になってるところだ。アンジェは俺を見上げると、最後に一言、問いかけた。


「ねぇ、フレイ。……祭りには、来るのよね?」


 願うようにそう問いかけられ、俺は答えに詰まった。祭りの日は、丁度この時代に来てから10日だ。アナーシャは祭りに行くつもりだと言っていたが、どうなるかは分からない。

 俺たちは元の時代に戻る事を最優先に考えなければいけない。


「……見に行ってやるって言っただろ」


 心の中で深く息を吐いた。出来もしない約束は自分の首を絞めると分かっている。それでも……仕方ねぇだろ。


「なら、約束ね」


 アンジェはそう言うと、花のように顔を明るくさせて笑った。店へと戻る後ろ姿を見送り、そして俺は踵を返して歩き出す。

 煙草を吸おうと懐を叩くと、どうやら中身が切れてしまっているようだった。苦々しさだけを感じながら、俺は空に向かってため息を吐いた。









 数年ぶりに、昔の夢を見た。夢の中で私はまだ赤子で、言葉も上手く発することができなかった。私はただ母であるカタリナと、まだ子供の兄の会話を聞いている。

 たき火を囲みながら、私は荷物を枕にして横になっている。睡魔の合間でうっすらと見える母と兄の姿は、炎の向こうで揺らめいていた。兄は疑問を問いかけ、母はその一つ一つに答えていた。


「クロノスとカイロスは神の名、兄弟の神の名がついています」


 カタリナは短剣を研ぎながら、たき火の炎にそれを照らした。兄は隣に座り、その手際を見つめながら、何かを口にする。すると母は、それに答えながらまた剣を研いだ。


「……ヒュペリオンは高みを行く者の意味です」


 私はうとうとと船を漕ぎながら、ぼやけた思い出を見つめている。これが実際の出来事かは分からない。後に兄から聞いた記憶が作り上げた夢だと考えた方が確実かもしれない。

 ふと、たき火の向こうで兄がこちらを振り返る。そして、再び何かを口にした。するとカタリナの視線もまた、私に向けられる。

 日に焼けた肌と、切り傷の残る指先。細められた碧眼の瞳。まとめられた金髪は毛先にかけて荒れている。彼女が後のカタリナ王女だと知ったなら、おそらくあの英雄は嘆き悲しむだろう。

 そんなことを思っていると、カタリナは呟くようにして私の名を呼んだ。


「『サーシャ』ですか……」


 私の意識だけが、その言葉に反応する。おそらく兄が私の名前の意味を問いかけたのだろう。母は夜空に視線を向けて、懐かしむように目を細めた。

 荒れた唇が、静かに言葉を発する。


「……強く生きた者達の名、ということにしておきましょうか」


 意識が薄れる中で、カタリナはそう言った。眠りに落ちてもなお、その言葉だけは私の中に残った。

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