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過去の英雄  作者: 由城 要
One knight's story
21/33

第1章 2


 科学と魔術は相容れない。よく聞いておけ、子供達。一人前の魔術師になったとしても、それは忘れてはならないことだ。

 かつて禁断と呼ばれたその術に手を出してはいけない。よく覚えておきなさい……。





  - 魔術と科学 -





 なんとなく街を歩いていたら、いつの間にか見覚えのある通りに出ていた。僕は坂の上に見える白い建物を見上げて、一人納得する。散歩のつもりだったけど、気づいたらミュージアムの前まで来ていたらしい。

 坂を上ってミュージアムに入る。この間はゆっくり中を見れなかったし、この際だから情報収集ついでに見てみるのもいいかもしれない。

 でも。


「……ううっ、やっぱり通訳がないと全然理解出来ない……」


 僕はミュージアムの真ん中辺りまできて、ガックリと肩を落とした。やっぱり理解出来ない。僕ってやっぱりフレイさんの言うように馬鹿なんだろうか……。

 やっぱり見ていてなんとなく理解出来るような気がするのは、ユーリーに教わった芸術の会場だった。近くには武器を展示するスペースもある。

 僕は展示室の中央にある椅子に座りながら、辺りに展示された武器を見つめていた。


「改めて見ると、凄い数……」


 剣にはじまり、鎖物や暗器まで。僕の目では新しい武器に見えても、この時代には展示されるほど古い武器らしい。辺りをぐるりと見回して、ふと僕は気づいた。いつも賑わっているミュージアムに人が少ない。

 入り口では結構人がいたんだけどな、と僕は芸術の会場を見る。……あれ、人が集まってる。なんだろう。

 ユーリー曰く、好き嫌いが分かれるというこの芸術会場に、人が集まるのは稀だった。僕はこちらの会場から隣の会場を覗き見る。すると、展示スペースの丁度中央にガラス張りの箱が設置され、その中に人の姿が見えた。


「!」


 僕は一瞬吃驚した。人がいる、と叫びそうになって、慌てて口をつぐむ。よくよく見ると、あれは地下で見たあの人形の時計……『永久連環人形』だ。

 時計を囲むように、人々の輪が出来ている。僕は輪の中に加わって、ガラスの箱を見つめた。


「……」


 箱の中にいたのは、4体の連環時計だった。24体全部ではなく、一部を地下から出して展示しているのだろう。はっきりとは覚えていないけれど、1体だけは見覚えがある。たしか、深の刻の人形だ。

 互いに背を向け、周りの見物人達を見つめる連環時計。深の刻の人形は、正面の裏に立ち、光を背中に浴びながら、影のある表情でうつむいていた。銀髪が輝くものの、その瞳は悲しげにも見える。


「……お兄ちゃん」


 ふと背後からそう呼ばれて、僕は振り返った。見ると、ユーリーの姿がある。僕は見慣れた顔を見つけて、見物人の群れから少し離れた。


「ユーリー。今日もここに来てたんだ」

「……うん」


 短くそう言って、ユーリーは頷く。いつもみたいな覇気がない。どこか具合が悪いの、と聞くと、別に、と返された。

 ユーリーは連環時計を見上げると、深いため息をついて、僕を椅子へと引っ張る。椅子には画材が置かれていて、ユーリーの上着が席を陣取っていた。

 隣に座るように促されて、僕は頷く。


「あ、ここからだとよく見えるね」


 椅子に座ると、深の刻がよく見えた。少し高い位置に設置されているから、見物人も邪魔にならない。けれど、ユーリーの表情は浮かなかった。

 僕は彼の横顔を見て、そしてまた深の刻の時計を見る。


「……ユーリーは、あの深の刻が特にお気に入りなんだね」

「なんで?」


 あちらを向いたままの横顔に、僕は笑いかける。


「だって、ずっと彼女の方を見てるから」


 彼女、と僕は時計のことをそう呼んだ。ユーリーの前ではそう呼ぶべきなのかな、とそう思ったから。ユーリーは画材をまとめながらため息をつく。


「……変?」

「ううん」


 僕は首を横に振った。ユーリーは画材の上に置いていた帽子を手に取ると、形を直して頭にかぶる。目深に被った帽子の隙間から、切なそうな瞳が覗いた。

 集まっては去っていく人並みの中で、ユーリーは呟く。


「……綺麗なものって、綺麗なままでいいんじゃないかなって思うんだ」


 ふと、足下に立てかけられた本のようなものを、僕は手に取る。中は真っ白だった。もしかしたら、これに絵描きの人たちは絵を描くのかもしれない。

 パラパラとめくっていくと、徐々に絵が現れた。そこにはあの深の刻の姿がいくつも描かれている。白い紙の上に太い線、細い線……交差する幾つもの線で描かれた少女は、僕が見ている実物よりずっと人間味のある表情を浮かべていた。

 ユーリーは静かに呟いた。


「みんなオリジナリティとか言ってる。今まで誰も見たことのないような作品を作るとか、そう言ってる……でも」


 僅かに顔をあげたユーリーの瞳が、彼女を映す。


「人が創造出来るものは、全て現実にあるものをちょっと変えただけのことなんだよ。誰にも想像出来ないものを創造することは出来ない」


 僕は静かにページをめくる。白と黒の2色の世界で描かれた少女は、まるで命を得たかのように笑い、泣き、怒り、歌うことだって出来た。草原を駆け巡ることも、大海原を見渡す事も。そう、このページが終わるまでは。

 深の刻の人形で埋め尽くされた本の最後のページは、白紙になっていた。


「……ここは、描かないの?」

「うん。……終わりは描きたくないんだ」


 僕はユーリーに本を返した。ユーリーは荷物の中にそれを仕舞う。そして一度だけあの時計を見た。僕もつられてその視線を追う。

 ユーリーの絵を見た後の彼女の姿は、まるで人形だった。その表情が悲しげに見えることもない。端正な顔をした永久連環時計。

 背を向けて去っていこうとする一人の芸術家の卵に、僕は一言だけ問いかけた。


「ねぇ、ユーリー。……もしも、あの永久連環時計が動いたらどうする?」

「彼女は動かないよ」


 ユーリーは僕に背を向けたまま、そう言った。そして視線を僅かに上げる。翳った瞳が光に目を細めた。そして彼は静かに、誰かに言い聞かせるかのように呟いた。


「動かないから……彼女は美しいんだよ」









 宿に戻り、部屋の鍵を開けると、中央のテーブルにフレイさんの姿があった。珍しく煙草も吸わずに本を読む彼は一度私の方を見て適当な言葉をかけると、そして再び手元に視線を落とす。

 私は後ろ手に扉を閉め、そしてフレイさんを見た。


「……手がかりは見つかりましたか?」

「ああ。……手段と呼べるほどのモンじゃねぇが」


 フレイさんはそう言って、本のあるページを私に差し出した。僅かばかり変色した紙には、おそらくこの時代の技術で印字されたらしい、形の整った文字が並んでいる。

 視線はすぐに一つの言葉にとまった。科学と魔術の混合、禁断の呪術の解明を急ぐ……。

 本の状態から察するに、この文章は私達のいるこの時間より更に前に書かれたものらしい。科学と魔術の交わりは禁忌だと何処かで聞いた事がある。この時代の文明はそのタブーすらも数字で解析することが出来たらしい。しかし。


「アタランテで行われていた研究、ですか。確かに関係がありそうですね。ですが……」

「ああ。この研究は途中で中断されてる」


 そう言ってフレイさんはローブの中から一枚の紙を取り出した。帝国の機関紙の一部だと言って差し出された紙には、研究を疑問視する声によって、途中放棄する形で研究所が締められた経緯が書かれていた。

 反対したのは、この時代に生きる魔術師達。おそらく、科学の台頭によって居場所を失うことを恐れたのだろう。


「魔術師によって反対された、時を超える禁断の魔学術。……面白いお話ですね」


 フレイさんは紙を畳むと、本と共にそれを私に手渡した。そしてソファの背もたれに体を預けると、深くため息をつく。


「全くだ。まさかジジイから禁止されてた魔法を、馬鹿みてーに解析してるとはな」


 自分で肩を揉みながら、フレイさんは肩を竦めてみせる。おそらく禁断と呼ばれるようになったのは、この時代に研究を停止させられたせいもあるのだろう。

 私はフレイさんの反対側のソファに腰を下ろし、本をめくる。そこには、どうやらこの呪術に使ったらしい、時計の存在も書かれていた。


「この時計が時代を行き来する鍵ということですか」


 私は腕の時計と紙の上の図形を見比べた。フレイさんはテーブルに足を投げ出し、懐から煙草を取り出す。魔法によって火をつけると、煙を吐きながら言う。


「他にもその研究について調べたんだけどな……日付が一番近い文献によれば、術の効果は約10日までが可能だと予測されてたらしい」


 私は頷き、続きを促した。フレイさんの様子を見る限り、10日経てば自然に戻れるというわけではないだろう。

 フレイさんは遠い目で煙草を口から離すと、ゆっくりと煙を吐き出した。


「術の効果は10日、そこで正確なパスワードを入力するとか何とか……その辺は具体的な文献がなかった」

「パスワード……」


 元の時代に戻るための手がかりは早くも行き詰まった。私は静かに腕時計を見る。針は文字盤の半分を過ぎた場所を指している。効果が10日だとすると、この針は10日で1周するのだろう。確かに、この時代に来てからそれくらいの日数が過ぎている。

 パスワードの手がかりとなるのは、針ではなく、文字盤の方かもしれないと私は思った。0、10、20の数字は、何らかの意味を持つはず。

 私はそこまで考えて、眉間をおさえた。ため息を吐いて本を閉じる。これ以上考えても、答えは浮かばないだろう。答えを導き出すためのヒントが足りない。

 テーブルの上に本を投げ出すと、私は立ち上がった。フレイさんは灰皿に煙草を置き、私が置いた本を手に取る。珍しく大人しいその横顔を見て、脳裏にアンジェさんとの会話が過った。


「……今日もアンジェさんの店には行かなかったようですね」


 ふと、本を開こうとした手がとまる。視線だけで私を見て、そしてフレイさんはまた手元に視線を落とした。煙草をくわえながら応える。


「別に……お前にゃ、関係ねぇだろ」

「……そうですね」


 私はフレイさんの答えを確認すると、背を向けて自室の扉に手をかける。今日はもう寝てしまおうと、そう思った。明日は、この不可解な数式と魔術によって作られた、呪術の解を探さなければならない。

 ドアノブを捻ったとき、後ろから投げ出すようにして声が聞こえた。


「おい、サーシャ」


 なんですか、と問いかけるよりも早く、フレイさんの言葉が続く。


「……らしくねーぞ」


 今度は私の手が止まる番だったのかもしれない。それでも私は、ため息だけをついてドアを開けた。暗い部屋の中に、外の光が侵入し、私の影だけが長く伸びる。

 確かに、私らしくもない。


「……そうですね……」


 もしかしたら、私も『英雄』というものに毒されているのかもしれないと、心の中で呟いた。

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