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過去の英雄  作者: 由城 要
One knight's story
20/33

第1章 1


 朝の気配を感じながら、僕は大きく息を吐いた。左手で左膝を抑えながら、呼吸を整える。

 顔を上げると、ダウンタウンの町並みに光が当たり始めていた。上り始めた太陽が光を真っすぐにこの国へ向けている。太陽の昇る国、トゥアス帝国の朝だ。





  - アシェンプテル -





「……っ」


 朝焼けに見とれていた僕の目の前に、手刀が迫ってきた。慌ててそれを避けると、今度は蹴りが眼前を横切る。咄嗟に鞘ごと抜いたレイテルパラッシュで、それを防いだ。金属とぶつかる音がして、今度はため息が漏れる。


「鞘が壊れますよ」


 突き出した蹴りには破壊力がある。僕は咄嗟に腕を引いた。

 続いて相手の体が僕の懐にはいり、襟を掴むと股の内側から足をかけられる。


「うわっ……」


 自分でも情けない声を出して倒れ込んだ。咄嗟に目を瞑り、そして体が完全に倒れ込んだのを確認して目を開く。目の前に立つアナーシャさん……いや、ここではサーシャさんでいいかな。サーシャさんは、息をついて掴んでいた僕の襟を話した。

 自分の服を叩いて埃を落としながら言う。


「筋力はついてきたようですが、勘が戻ってこないようですね」


 僕は立ち上がると、左腕で裾を叩いた。


「す、すみません……どうしても、いざってときに右腕に力が入ってしまって……」


 幼い頃からの反射神経っていうのは、やっぱり抜けきらないらしい。一瞬の隙をつこうとすると、逆の手に力が入る。頭で指令しないと、左の腕はなかなか動いてはくれない。でも、それじゃ駄目なんだ。

 サーシャさんは二の腕から下がなくなった僕の右腕を見て、そして転がっていたレイテルパラッシュを手に取った。


「仕方ありませんね。……私もそうなってみたことがないので、どういった感覚か掴めませんから」


 自分の知らない事、出来ない事に関して、サーシャさんは凄く謙虚だ。自分の弱い所、足りない所を認められるその性格は凄いと思う。だからこそ、フレイさんもサーシャさんの毒舌発言には勝てない。弱いところを突いてもすんなり認めてしまうから。

 それにしても、と僕はサーシャさんを見る。


「どうして急に体術を?」


 腕がなくなってから、左手での訓練のためにサーシャさんに何度か手合わせをお願いしていた。でも大体はメイから剣を借りて剣術をしていたし、体術での相手は少なかった。

 サーシャさんは右手を握って、開いて、そして呟く。


「体術は全ての武術の基礎ですから」

「……何か、ありました?」


 僕はふと首を傾げる。サーシャさんは強い。クロノスを持っているときのサーシャさんは確実に強いのに……どうして、また体術なんてするんだろう。

 サーシャさんは僕の顔を見て苦笑した。


「先日の襲撃で体のなまりに気づいただけです。……まぁ、片腕のないクリフさんの相手しかしていませんから」

「うっ……そ、それはすみません……」


 早く右腕並みになってお相手出来るように頑張ります。ううっ。

 とはいえ、僕も片腕になってもう2年経った。最初は本当に食事もままならないくらいだったけれど、今ではこうやって剣を握って抜くことも可能だ。ただ、以前の状態に近いかというと、首を縦には振れない。


「でも……他にも、何かあったんじゃないですか?この間からサーシャさんもフレイさんも様子がおかしいし……」


 僕は訓練に出かける前にフレイさんの部屋に立ち寄った時のことを思い出す。いつもなら食事の時間までゴロゴロしているフレイさんが、珍しく起きていた。窓の前に椅子を持ってきて、外を見つめながら煙草を吸い、何かを考えている。このところ、ずっとそんな状態だった。

 サーシャさんは少し悩むように腕を組む。以前ならきっぱりと『なんでもありません』と言われてたから、悩んでもらえるだけ、ちょっと進歩しているのかもしれない。


「そうですね……まぁ、王宮に行けば分かるでしょう」

「王宮……あ、お祭りですね!」


 サーシャさんから、お祭りの話は聞いていた。英雄のサーシャさんから誘われて、王宮の祭りに招待されたと。

 僕はこういったお祭りが好きだ。人が集まっているだけでもわくわくしてくる。でもサーシャさんはあまり浮かない顔をしていた。人が多いのは苦手なのかもしれない。


「祭りはいいですが……元の時代に帰ることを忘れないようにしてくださいね」


 あ、そっちですか。思わず苦笑いをする僕に、サーシャさんはため息をついてみせた。









 朝日が眩しい。まだ眠気の抜けない顔で、俺は朝の街を歩いていた。気晴らしに外に出たついでに、宿の店主から聞いた王立図書館へ向かう。なんでも、そこは文献やら本がめいっぱい並んでいるらしい。想像はつかないが、ジジイの書庫をデカくしたような所だろう。

 中層階にあるその建物は、里の敷地分くらいの広さがある建物だった。そこだけで一集落ありそうだ。しかも入り口にはしっかりと警備員が配置されていて、旅標の確認はされなかったものの、中は禁煙だから煙草は捨ててけと言われた。


「マジかよ。……ったく、ほらよ」


 顔をしわくちゃにした爺さん警備員の灰皿に煙草を突っ込むと、俺は視線を先に向けた。敷地の中はいくつかの建物に分かれていて、目的のものが何処にあるのか分からない。

 辺りを見回すと、顔よりヒゲの方が白い爺さんは常駐所の窓から指をさした。


「ホレ。そこの掲示板に、どの棟がどの関係の本を扱ってるか書いてある」

「あれか。悪ぃな」


 俺は手をひらひらと振って、爺さんの言った掲示板へと歩み寄った。木製の掲示板には文字が彫り込んであり、地図と一緒に説明が書かれている。

 俺は文字を目で追いながら、ふとその中の一つに目を留めた。


「……魔術関係の本もあんのか」


 指を指した棟は、どうやらこの中でも一番デカイ場所らしい。振り返って視線を向けると、丁度爺さんのいる常駐所の置くにそれがあった。科学と魔術関係の棟だ。

 近づいてみると、此処は小さな城かと言いたくなるほど豪勢な作りをしていた。入り口から正面の階段へと続く赤い絨毯。朝にも関わらず、中には数人の人が行き来している。

 階段は途中で左右に分かれていた。どうやらこの建物の中心から右側が科学、左側が魔術の文献を扱っているらしい。視線を向けると、入り口にも絨毯を邪魔しない位置に本棚が並んでいた。


「……もの凄い数だな……」


 俺はとりあえず暇つぶしに本棚を眺めて回る。棚に並べられた文献は古くなっているものもあったが、真新しい表紙をした本もある。ジジイの書庫にあった本も、この中にあるのかもしれない。

 王立図書館の中は、適当に座って本を読む場所もあった。椅子とテーブルが窓際に並べられ、読書をしているやつもいれば、何かを勉強しているやつもいる。


「……」


 俺は本棚から目についたものを手に取った。そういや、魔術に関してはまともに本を読んだことはない。パラパラとめくっていくと、幼い頃に教え込まれた魔術の基礎から、今じゃあまり使わない呪術の方式までビッシリと書き込まれていた。

 俺は近くにあった椅子に腰を下ろすと、文字の羅列に目を通し始めた。

 読書はもともと好きだった。余計なことを考える必要がなくなる。文字の羅列を頭の中で繰り返すだけで、雑念を払う事が出来た。はずだった。

 ……雑念。俺は眉間を指で押さえると、深く深くため息をつく。机に本のページを広げたまま、俺は頬杖をついた。

 外には王立図書館の風景が広がっている。俺と同じように掲示板を見た奴らが、目的の場所へと散っていくのが見えた。


「……」


 勿論、俺だってガキじゃない。女を知らないわけじゃない。だがもし、その腑抜けた様はなんだ、と問われたら、俺は何も言えないだろう。

 舌打ちも出てこない。こうゆうときに限って煙草は厳禁か。ため息だけを吐き出して、俺は空を見上げた。阿呆みたいな青空だ。

 読みもしない本のページをめくると、よく分からない文字の羅列が浮かんできた。数字と、魔術でよく使われる等価交換の摂理、上を見ると、科学との交わりと書かれていた。


「科学、か……」


 数式と混じった魔術は、少し考えれば概要は理解できそうだった。応用しろと言われると難しいところだが……。俺はまたページをめくる。

 ふと、視線がある一部で止まった。文字で埋め尽くされたページの中に一部分、奇妙な図形が書かれている。丸い円に文字が書かれているのは魔法陣にも似ているが、どうやらそれは俺の知る魔法とは違っていた。


「……『禁断として廃止された計画。アルジェンナ国、アタランテにて』……?」


 文字を追っていた指先が止まり、俺は思わず立ち上がった。勢いで椅子が倒れ、その音に周りの奴らが振り返る。しかし俺は構わなかった。









 カランと音を立てて、扉が開く。私は店のドアを開けるとテーブル席を見回し、そしてカウンターを見た。昼を過ぎて客足も落ち着いているのか、店内には空席が目立っている。

 私が顔を出すと、注文をとっていたアンジェさんがこちらに気づいて笑う。カウンターに促され、私は椅子に座った。


「アナーシャさんだけなんて、珍しいわね」

「そうですね。……今日はフレイさんは来ていませんか?」


 クリフさんとの訓練の後、宿に戻るとフレイさんの姿が無かった。この店にいるだろうと思ったのだが、どうやら勘は外れたらしい。

 アンジェさんは僅かに視線を落としながらも、口元だけで笑ってみせる。


「今日は……来ていないわ」


 きっと中層階でも見て回っているんじゃないかしら、と彼女は私に水を差し出した。私は無言でそれを受け取ると、アンジェさんの顔を見つめる。

 サーシャ・ルエンとアンジェさんは姉妹というわりにあまり似ていない。当初はそう感じたが、肌の色が異なれば共通点も見えにくくなるらしい。

 私の視線に気づいたのか、アンジェさんは首を傾げる。


「……私の顔になにかついてる?」

「いえ。……その髪、染めたものですか?」


 よくよく見ると、毛先の色が僅かに薄くなっている。光にあてると毛先の色だけが薄くなる。アンジェさんは指先で髪をつまみ上げると、今気づいたかのように苦笑した。


「ああ、また落ちてきたみたいね。……まだらになってない?」


 後ろを振り返る彼女に、私は首を横に振った。髪を染める風習は私達の時代にもある。赤に染める事は殆どないが、何処かの国では黒に染める風習が存在するらしい。

 グラスの中の氷を回しながら、私は毛先を気にするアンジェさんに口を開いた。


「……。……フレイさんと何かありましたか?」


 私の声に、アンジェさんの手が止まった。一つ息を吐き出すと、彼女は髪を結う。

 答えはあまり期待していなかった。私が関わらないところで何かが起ったとするなら、それは私には関係のないことだ。話を掘り返して楽しむ気もなければ、人の厄介事に首を突っ込むほど世話焼きでもない。

 アンジェさんはそれ以上を追及しない私を見て、ぽつりと呟いた。


「……アナーシャさん達は、何故旅をしてるの?」


 ふと、私は顔をあげた。何故、と問われて応じることができるほど、明確な答えは持っていない。それは何故息をしているのかと聞かれるのと同じだった。

 私はアンジェさんの視線を見つめ返し、そして考える。おそらくフレイさんにも同じ話をしているだろう。彼女が私にそんな話をもちかけるのは、おそらくフレイさんとの会話の中で納得出来る答えに辿り着けなかったから。……あながち外れていないだろう。


「……私は生まれた時から旅をしていましたから」


 旅をする理由を問われれば、答えはそこに行き着く。生まれた時から旅の中にいた。いくつもの街を転々とし、危険に身を置きながらも生きてきた。

 アンジェさんの碧眼を見つめながら、私は苦笑してみせる。確かに、自分の生き方を悔やんだこともある。それでも……私のいるべき場所は街でも都でもなく旅の中にあると。そう、思っている。

 ルミナリィの力をなしにしてもそうだ。たとえ不老不死であってもなくても、私は旅を続けている。


「……なら、貴女もフレイも、いつか此処を出るの?」


 アンジェさんの言葉に私は目を細める。外は徐々に暗くなり始めていた。店員達が店の中に灯りを灯す。光は氷の中で屈折し、反射しながら氷を溶かしていく。

 私は水と氷の交わる様子を見つめながら笑った。


「さぁ。私が彼らを置いていくかもしれませんし、彼らが私を置いていくのかもしれません」


 アンジェさんは私の言葉の意味を探るように、こちらを見つめている。

 そんなに難しい話ではない。私はどうあがいてもルミナリィであることに変わりはないのだ。最近それを自覚するようになった。


「それは、どうゆうこと……?」


 2年前から衰えが無く、私はこれ以上老いることがないらしい。フレイさんとクリフさんを見ていると、そう感じる。私は望めば永遠を生きる事が出来る存在である、と。それを実感する。

 私は苦笑してみせた。ここで言っても栓ない話だ。


「結局人は自分の選択で生きています。旅を共にしてはいますが、それが永遠に続く訳ではない」


 人は一人で生まれ、死ぬ時もまた一人。だからこそ、生まれ落ちた後から死ぬ間際まで関わりを持つのだろう。それが愛によるものか、友情によるものか……それとも言葉にできない関係によるものかは断言できないが。

 人という形を持って生まれた私は、運命の輪に絡めとられてその中にいる。やがて何処で途切れるかも分からない輪の中で。


「ですから……私は何も言えません。選ぶのはフレイさんですから」

「……」


 私の言葉に、アンジェさんは視線を落とした。彼女はしばらく考え、そして苦笑する。


「まるで全部知っているかのようね。……恥ずかしい」

「いえ、私は少し勘が良いだけのことです」


 昔からそう言われる。否、そうだからこそ、旅の中で生き抜いてこれたのかもしれない。

 窓の外はすっかり暗くなっていた。アンジェさんは私の空いたグラスを手に取ると、新しく水を注いだ。店員がサービスだと言って、軽食を運んでくる。私は遠慮なくそれを受け取った。


「……アナーシャさんは不思議な人ね」


 アンジェさんは私にグラスを差し出し、目を細めて笑う。


「あの2人が、貴女と一緒に旅をしたいと思う気持ちが、分かるような気がするわ」


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