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過去の英雄  作者: 由城 要
One hero's story
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第2章 4

 サーシャ・ルエンが店に入るなり、店内は黄色い歓声に包まれた。サーシャ様、サーシャ様、と女共がわらわら寄ってくる。にこやかに接するサーシャ・ルエンとは対照的に、アンジェはため息をつくとすぐにバーカウンターの中に戻っていった。





  - 似ていない姉妹 -





 キャーキャー言ってきた女の客達の相手を終えると、サーシャ・ルエンはカウンター席に座っていた俺の隣に腰を下ろした。グラスを拭いていたアンジェは手を止めると、姉に向かって剣呑な目つきで言い放つ。


「仕事はいいの?姉さん」

「ああ、今日は休みだ。といっても……何かあればすぐに此処に報告に来るようにロバートには言ってある」


 食事をしていた俺は、2人の間に微妙な空気が漂っているのを感じながらアンジェに視線を向けた。この2人は姉妹だと言ったが、随分似ていない姉妹だ。サーシャ・ルエンは長身なのに対して、アンジェはさほど背は高くない。アンジェは僅かに髪色に赤みがかっているが、姉のサーシャは光の色に近い金髪だ。肌の色も随分違う。


「……英雄称号16号とか言ったか?」


 俺は先ほどアンジェから聞いた耳慣れない言葉を口にした。英雄つーものは昔語りに聞いたことがあるが、そんな称号が実際にあったとは知らなかった。サーシャ・ルエンは水を口にすると、俺に視線を向けた。


「ああ。名前の通り、16人目に英雄の称号をいただいた。2年前の戦いでな」

「2年前……?」


 この時代の2年前とか言われても分かるはずがない。俺は視線をアンジェに向けると、アンジェは髪をかきあげてため息をついた。


「……反乱軍と帝国軍の大きな戦いがあったの。アルジェンナの一部地域が反乱軍に占拠されて……駐在していた一部部隊が孤立。勿論彼らは既に壊滅状態だったから、帝国は彼らを見捨てたの」


 反乱軍。そんなものがこの時代にあったのか。俺はてっきりトゥアスが出来てからの500年間は、さほど大きな混乱はないものだと思っていた。


「でも、上からの命令も無視して助けに行った部隊がいた。それがこの人の部隊。……どうせみんな姉さんの命令に逆らえなかったんでしょうけど」

「……。……まぁ、事情はそんなところだ」


 サーシャは困ったような表情で笑ってみせた。瞳の色が少し憂いを帯びる。先ほどアンジェを見つけた時の、光を得た表情とは違う、複雑な念がそこにはこもっていた。

 俺は視線を巡らせる。なんだか面倒くせぇことになってきたな……。


「アナスタシアがいればと思って立ち寄ってみたのだが……ここにいないとなると、何処にいるかな」


 姉の呟きに、アンジェは皿を洗いながら呟く。


「随分気に入ってるみたいね、アナーシャさんを」

「アナーシャ?ああ、愛称か。……なかなか面白い女性だし、恥ずかしながら先日は命を救われたのでな」


 ぶっ、と俺はつい、飲んでいた茶を吹き出した。サーシャ・ルエンとアンジェの視線が突き刺さる。あのサー……アナスタシアが、人助けだって!?

 俺はむせながら、英雄サマに視線を向ける。


「おっ、お前……それ、あとでたかられなかったか?」

「たかる?いや、彼女に限ってそんなことは……」


 ない、と言葉が続かなかったのはおそらく、思い当たる節があったからだろう。あの化け物女が人に恩を売るタイミングを逃すはずがない。どうせ、この英雄を助けたことによって何か礼を貰ったはずだ。あとで帰ってきたら問いつめてやろうか。

 考える表情のまま、ポカンとしている英雄称号16号に、アンジェが咳払いをする。


「ハァ……本当に、この人は……」

「……いや、たかられはしていないと思うんだが……確かに、あれとこれ、と即答されたような気も……」


 アンジェは呆れを通り越した視線で姉を見つめている。英雄とかいうから随分お高くとまった人間かと思っていたが、どうやら間の抜けているところもあるらしい。

 サーシャ・ルエンはしばらく考えていたが、結局はあまり考えないことを決めたようだった。同じ『サーシャ』の割にポジティブな奴だな。それともそれだけあの化け物女が気に入ったのか。


「それにしても、彼女は歳若いのに武術の心得が出来ている。あの一瞬での身のこなし、冷静な判断……是非うちの部隊に欲しいものだ」

「……姉さん、それ何回目?ロバートだって、そう言って他の部隊から引き抜いたんじゃない」


 サーシャ・ルエンが空けたグラスを即座に手に取り、それを洗い始める。どうやらアンジェの方は早く姉に出ていって欲しいらしい。あからさまな態度に苦笑を浮かべながら、英雄サマは席を立った。

 カウンターに紙幣を並べながら言う。おい、お前、水しか貰ってない割に金払い過ぎてねぇか?


「そう言うな。その甲斐あって縁が出来た訳だし……」

「姉さん!」


 ガタン、とカウンターを叩く音がした。客も驚いたが、至近距離の俺の方が驚きは大きかっただろう。うっかりサラダをボールごと落とすかと思った。

 アンジェは並べられた紙幣を全てかき集めると、サーシャ・ルエンの胸に押し付けた。周りの視線が集まっていることを知ってか、苛立った様子で息を吐き、声を低くして言う。


「ロバートのことは姉さんの勘違いよ。私達は姉さんの思うような関係じゃない。それと……店に来るたびにこんなにお金置いていくのは止めて。何の為に仕送りを拒否したか分かってるの?」


 突き返された金を目の前にして、サーシャ・ルエンは視線を落とした。妹の様子に怒ることはなかったが、その表情には悲しみと落胆、同時に諦めにも似た表情が浮かんでいる。

 姉はチラ、と俺を見下ろし、突き返された紙幣を受け取り、一枚を引き出した。それをもう一度カウンターに置く。


「なら、これは彼の食事代に。……悪いな、せっかくの食事中に」


 後者の言葉は俺に向けて発せられる。二日続けて奢りか。運がいい。首を横に振ってやると、サーシャ・ルエンは苦笑を浮かべた。


「ありがとう。……ああ、アナスタシアに会ったら伝えてくれ。是非今度話がしたい。今度はそちらの宿に顔を出そう」


 場所は中層階の大通りの宿だな、と言われ、俺は頷く。帰ったらクリフが混乱しないように先に言っといた方がよさそうだ。うっかりサーシャ・ルエンの前でサーシャの名前を呼んじまいそうだからな。

 英雄サマは肩を竦め、そしてアンジェを見た。


「……邪魔をしたな。それじゃあ、失礼する」

「……」


 アンジェは何も言わず、店を出ていく姉の姿を見送った。俺はサーシャ・ルエンの背中が雑踏の向こうに消えていくのを見つめ、アンジェに視線を戻す。カウンターの上に乗せられた紙幣は、食事代の倍以上の金額。俺一人ならこのまま夜まで飲んでもいいくらいの金だ。

 はぁ、とため息をついてアンジェがこちらを見る。


「……ごめんね」

「いや」


 普段から頭に血が上りやすいと言われる俺としては、あれくらいは別に気にすることじゃない。急にキレたのには驚いたけどな。

 俺はカウンターに肘をついて入り口のドアを見る。


「……随分似てない姉妹だな」


 姉貴は軍を率いる英雄様、一方の妹は下町のバーの踊り子。国民が声援を送る名誉ある騎士と、小さな酒場でちやほやされる女と。

 アンジェは赤い髪をかきあげると、底知れないほど深いため息を吐く。


「ええ、似てないわ。少なくとも、私はあんな……馬鹿みたいな偽善なんて、欠片も持ち合わせていないもの」










 ミュージアムは僕の頭では理解出来ないほど不可思議な場所だった。ユーリー曰く、知の財産である書物や資料、遺跡から出土したものが飾られているらしいけれど、僕にはその価値がさっぱり分からない。古過ぎて文字の消えたボロボロの本とか、魚の骨が浮かび上がった岩とか、動物の剥製とか、よく分からない人の銅像とか。

 ミュージアムの中はとても広くて、中はいくつかのブースに分けられているようだった。


「ええと、ええと……ユーリー、あれ何か分かる?こ、こっちのは何?あそこのアレって何のこと?」

「お兄ちゃん……別に無理して理解する必要なんてないよ」


 呆れたように僕を振り返るユーリー。でも、と僕は改めて周りを見回す。かつて僕らが集めた過去の予言書は、もとはこうした知を知る為に作られたものだった。それが形になって周りにあるのに、それを素通りするのはなんだか凄く勿体ない。

 ユーリーはペンをくるくると弄びながら、また歩き出した。


「大体、知って言ったって1足す1っていう単純なものから、不老不死の細胞構造論まで、一体どれだけのものがあるか分かってる?」

「うっ……そ、それは……」

「学者だって全部知ってるわけじゃないしさ。よく言うじゃん、魔術師は魔術には詳しいけど兵法なんかへの字も理解してないって」


 それはこの時代のことわざか何かだろうか。確かに、魔術も一種の知識だし、剣術だって術という知識だ。でも僕もフレイさんも数字の計算は苦手。どれだけ専門分野に長けた者がいても、別分野のことまで知りつくしてるわけじゃない。

 じゃあ、と僕は前方に見えてきたブースに目をやった。あそこは芸術とかそうゆう関係の場所だろうか。壁に絵が飾られ、通路の中央には石像が置かれている。透明な箱の中には金で作られた装飾品が光り輝いていた。


「うわぁ……!ユーリー、この辺りのものはユーリーに聞いてもいい?」

「いいけど……そんなの、オリエントやアルジェンナでだって見れるよ」


 口を尖らせるユーリーは、ふとコーナーの横にある小さな階段に視線を止めた。従業員用の通路なのか、そこには赤いロープが一本だけ張られている。


「……ユーリー?」


 ユーリーは赤いロープに歩み寄ると、壁に取り付けられたそれを外した。僕は吃驚して、辺りを見回す。どうやら巡回の警備員は通り過ぎた後みたいだ。

 慌ててユーリーに駆け寄ると、彼はニヤリと笑って僕を見る。


「ったく、相変わらずここの警備は甘いよ。いっそのこと機械で通行認証とれるようにしちゃえばいいのにさ」

「ゆ、ユーリー!こ、ここって立ち入り禁止ってことなんじゃあ……」


 説得を試みる僕だったけれど、ユーリーは気にする様子もなく暗い階段に足をかける。僕は慌てて赤いロープを元に戻すと、その背中を追って階段を下りる。

 回していたペンをポケットに押し込んで、ユーリーは僕を振り返って笑った。


「せっかく帝国のミュージアムに来たんだから……この芸術会場アルス・ブースで一番の作品をみせてあげるよ」


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