夢色ビーダマ
文化祭で展示していたものです。
ぽろり、と涙が落ちる。
――俺は何で泣いているんだろう。
止めようと思っても次から次へと涙は溢れてきて止まらなかった。それと同時に、失われていたはずの記憶が戻ってくる。母の優しい歌声、父の作るアップルパイの香り。
――ああ、そうか。あの人達は…。
俺は、物心ついた時には孤児院で暮らしていた。捨て子だと囃され同じ孤児院の子供にいつもいじめられていた。
でも、今やっと思い出した。俺は、捨てられたんじゃない。
あれはクリスマスの日だった。クリスマスを楽しみにしていた俺は運悪く風邪で寝込んでしまった。三人で買い物に行くはずだったが、大事を取って俺は連れて行ってもらえなかった。
家に自分の息子を一人にしているものだから、心配で少しばかり車のスピードを出しすぎていたらしい。だから、反対車線から飲酒運転のトラックが突っ込んで来た時、避けることができなかったのだ。現場は悲惨で、ガソリンを積んだトラックは横転、運転手は逃げ切ることができたが、俺の両親を乗せた車はドアが開かなくなり、遂に火の手が上がって、そのまま…。
俺のせいだ、と思った。俺が風邪をこじらせたりしなければ、親が急ぐ必要はなかった。
俺は自分を責めて責めて責めまくり、電車の路線の上を通る歩道橋から飛び降りようとした。
その時、声が聞こえた。
死んじゃだめだ、と。生きろ、と。
俺はすぐに振り返ったがそこには誰もいなかった。そうこうしている内に駆けつけたお巡りさんに取り押さえられた。
そして、俺は孤児院に入れられた。その時にはもう、両親のことも、住んでいた家のことも、全てすっかり忘れていた。
やがて普通の会社員として働く傍ら趣味で写真を撮っていた俺は、同じ写真仲間とよく自分が撮った写真を見せ合ったりした。あそこを知ったのも、その内の一枚の写真からだ。
それは、山の麓にある廃墟で、被写体には打って付けの趣深い場所だった。俺が見つけたんだ、と威張っている友人に俺は思わず呆れ顔だったが、それも物ともせず、友人は話し続ける。
「そういえば、その廃墟の庭に小さな墓みたいのがあってさ。何故かそこに虹色のビー玉があったんだよな。」
――虹色の、ビー玉…。
何かが、引っかかった。
俺はそれを知っているような気がしたのだ。
「おい、その廃墟、何処にあったんだ」
◆◆◆
その廃屋は、街の外れにあった。辺りは荒廃していたが、その建物は意外にもしっかりしているのだろう、崩れる事無くその原形を保っていた。
どこか見覚えのある風景。俺は初めて来たはずなのに懐かしさを感じた。
――やっぱり、俺はこの家を知っている。
建物の周囲を歩いていると、友人が言っていた小さな墓を見つけた。
「これか…」
こんもりと盛られた土の上に二つの板が組み合わされ十字架のようになっているものが刺さり、そこには「JUN」と書かれていた。その十字架の前にはキラキラと光るビー玉が置かれていて、そのビー玉は見る角度によってその色が変わるようだ。友人が『虹色』と言っていたのも頷けた。
そのビー玉に触ろうと腕を伸ばして、ふ、と一つの景色が脳裏に浮かんだ。それは段々と鮮明に、克明になっていき、やがて、蘇った。
それはまだ、俺が子供の頃。俺はさっきみたいに墓に置かれたビー玉を触ろうとして、母親に止められた。
「ねえ、どうしてさわっちゃいけないの?」
母さんはくすりと笑って意地悪そうに答えた。
「だって、圭祐は何でもお口に入れちゃうでしょう?」
つん、と俺の額を突いて、ふわりと笑った。
そして俺は、ずっと疑問に思っていたことを口にした。
「これ、だれのおはかなの?」
母さんは一瞬驚いたような顔をしてから、どこか哀しそうに優しく笑みながら言った。
「ここはね、大切な子のお墓なのよ」
そこまで思い出して、俺の意識は遠のいていき、気付けばあの白い海の中にいたのだ。
そうだ、思い出した。俺は昔に両親と住んでいた家を見つけたんだ。それで、自分の両親がどんな人だったのか、小さい頃の自分はどんな子供だったのか知りたくて、そこへ向かったんだ。
「もう、思い出しちゃった?」
思案している内に、いつの間にか例の青年が目の前まで来ていた。
俺が飛び降りようと思った時に聞こえたのと同じ、声。母さんに似た、ふんわりとした栗毛の髪。父さんに似た、海のような、どこか青みがかった瞳。
俺は、気付いてしまった。あの墓が誰のものなのか。この青年が、何者なのか。
「兄、なのか」
小さく呟くと、潤は優しく微笑んだ。
「もう少し話したかったけど、もう時間だ。早くお帰り」
そう言うと、潤はその大きな手で俺の両目を覆った。
「待ってくれ、まだ――」
唐突に眠気に襲われ、俺は次第に眠りの底へと落ちていった。
「ごめんね」
◆◆◆
そこは、墓の前だった。
俺は地面に蹲ると、ありったけの涙を流した。
一段と暑く、いつもより蝉の声が大きく感じられる、夏の日の夕方だった。
◆◆◆
辺りも暗くなったので帰ろうと立ち上がると、かた、と何かが落ちた音がした。
愛用している、カメラだった。
――今日は置いてきたはずだったが…
帰って中身を確認してみると、撮った覚えのない写真が一枚。急いで現像して見てみると、そこには四人の人影が写っていた。圭祐はそれを見て驚いたように目を見開き、そして微笑んだ。
――神様のいたずらってやつかな。
そう言う潤の声が聞こえた気がした。
圭祐が写真を机の上に置いて部屋を出ていくと同時に、急に窓から風が吹いてきて、その写真はひらりと宙を舞うと床に落ちた。
そこには一人のパティシエと、一人の歌手と、二人の子供が幸せそうに笑っている様子が写っていた。
完
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