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夢色ビーダマ  作者: もすけ
3/4

飴色シンガー

文化祭で展示していたものです。


『好きだ』


それは突然の告白だった。



◆◆◆



私は歌手をしていた。

昔から歌うのが大好きで、親が歌を大好きだったせいもあるのだろうけれど、それ以上に社長曰くセンスがあるのだそうだ。これは驕りのように聞こえるかもしれないが、私はそれを社長から聞いた時とても嬉しかった。自分の声を、歌を認められたことが。

 私は歌い続けた。何枚もミリオンセラーのCDを出したし、大きなステージでのライブなんてざらだった。


 そしてある時突然、耳が聞こえなくなった。本当に音そのものが聞こえなくなったのだ。もちろん、自分の声さえも。

それでも私は歌い続けようと必死だったが、遂に社長に退職を宣告された。まるで階段を転がり落ちて行くような気分だった。社長室を出てからも私は茫然としながら歩いていた。

 

気付けばそこは会社の屋上だった。珍しくフェンスの無い屋上では外の景色が良く見えて、夕暮れ時の街の風景はとても綺麗だった。


――この街と一緒になれたらいいのに。


 そう思うと、自然と足が動いた。少しずつ、街の風景が近づいてくる。不思議と、怖くはなかった。

 あと一歩で屋上の端まで辿り着くところで、ぐいと引っ張られ、私の身体は後ろに倒れていった。

 予想していた衝撃はなくて、驚いて起き上がろうとしたら不意に強く抱き締められた。

 その人は何か言っているようだったが、言葉通り、私の耳に届くことはなかった。

 

ふわりと香る、甘い匂い。

それだけでわかった。マネージャーだ。

彼はいつも傍にいて、私を支えてくれた。優しく声をかけてくれた。悩み事がある時は親身になって一緒に考えてくれた。それが、私にとってはとても嬉しかった。

私についてくれたマネージャーは何人もいたが、どの人も媚びるような接し方しかしなかった。大抵の人は何か問題を起こして、会社を辞めていった。

新しいマネージャーが来ると聞いて、またすぐに駄目になるのだろうと思っていた。しかし、初めて彼を見た瞬間、予感のようなものがあった。この人なら大丈夫だ、と。この人なら自分を見てくれる、と。

その内に私は彼を好きになっていた。職場に恋愛を持ち込むのは…と自分でも思ったが、気持ちを抑えることなんてできなかった。

彼が喜べば私も嬉しかったし、気分転換にと彼が秘密で作って差し入れてくれる菓子は大好きだった。だから、私は彼のために歌い続けた。彼への想いを込めて。いつか気付いてくれたなら、という淡い期待を込めて。

だから、もう歌えないと言われて私は本当に目の前が真っ暗になった。


――もう、歌えない。


 それは、もう彼と共に仕事をできないということ。彼の傍にいられないということ。彼に会えなくなるということ。

 私は涙が枯れるまで泣いた。彼は優しく私の背を撫でてくれた。

 

しばらくして気持ちが落ち着き始め、しがみつくようにしていた身体を離した。彼は私の涙を拭ってくれ、何か言いたそうに口を薄く開いたが、少し考えて、懐から私と筆談する時に使っていたメモ帳を取り出してそこにさらさらと何かを書きつけると、それを私に押し付けるようにして渡して屋上から去っていった。



『好きだ』


 それは、突然の告白だった。

 私は枯れたはずの涙がまた溢れてくるのを抑えながらメモ帳を強く握って立ち上がった。目元を拭って階段を駆け下りる。彼へと続く、階段を。



◆◆◆



「そんなもの、まだ持っていたのか」


 彼は私が手に持っているメモ帳を見てそう言った。


『思い出の品だから』


「お前なぁ…」


 照れ臭いのか、彼は頭を掻きながら俯いてしまった。

 

『照れてるの?』


 黙ってしまった彼に、私はくすりと笑った。


――こんな素直じゃない大人になっちゃいけませんよ、圭祐。


 腕に抱えた赤ん坊を見ると、その赤ん坊は、眠いのだろう、瞼を閉じたり開いたりしながらこちらを見上げている。その様子が少し滑稽で、私はくすりと笑いを漏らしてしまった。

未だ黙っている彼を見て、変ってしまったなぁ、と思う。あの頃と比べると、雰囲気が大分大人びた気がする。少しばかり老けただろうか。いや、確実に老けたはずだ。

 あれから私達は二人で同居生活を始め、翌年、婚約した。そして昨年、私は二度目の母親となった。

 

 とん、と赤ん坊の背中を叩く。子守唄の一つでも歌ってやろうかと思って何か歌を思い出そうとして、一つのメロディーが頭を流れた。

 それは昔、父がよく口ずさんでいた歌だった。

 

――あぁ、まだ覚えている。


 今は何も聞こえなくなった耳にかつての音が蘇る。

 無意識の内に口ずさんでいたようだ、うつらうつらとしていた赤ん坊はいつの間にか目を覚まし、リズムを取るようにぎこちなく揺れながら、嬉しそうに口を開いていた。

 くしゃりと笑顔になった赤ん坊にぽたり、と涙が落ちる。

 私はまだ歌えるのだ、と。私は生きているのだ、と。

 腕の中の赤ん坊に、既に失われた子の面影を重ねながら、言い表せない哀しみと表し尽くせない幸せとを感じて私は歌い続けた。


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