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どんな夢?

掲載日:2026/05/09


 「で、どんな夢だったんだよ」


 昼休み、購買の焼きそばパンを咥えながら、山田が机に肘をついて聞いてきた。僕は迷った。あの夢を話していいものか。


 朝、目が覚めた瞬間、全身が汗でびっしょりだった。カーテンの隙間から光が差していたが、現実感がなかった。むしろ、夢の方が現実で、今の世界が余白みたいだった。


「いや、やめとく」

「何だよ。エロい夢か?」

「違う」

「じゃあ怖いやつ?」

「もっと嫌なやつ」


 山田はニヤニヤしていたが、僕の顔を見て段々笑わなくなった。


「……そんなに?」


 僕は頷いた。


「でも、誰かに話さないと、なんか、頭がおかしくなりそうで」

「じゃあ話せよ」


 僕は周囲を見回した。教室では女子たちがスマホを見せ合って笑っている。窓際ではサッカー部が牛乳の早飲みをしている。世界は普通だった。だから、余計に怖かった。


「……夢の中でさ」


 僕は話し始めた。それから、三秒後。山田は白目を剥いて椅子ごと後ろに倒れた。


「山田!?」


 教室が騒然となる。女子が悲鳴を上げ、担任が廊下から飛び込んできた。


「どうした!?」

「わ、わかりません! 急に!」


 僕は、口を閉じた。夢の内容は、最後まで言っていない。まだ、最初の一文しか話していなかった。それなのに、山田は失神した。保健室へ運ぶ途中、担任が僕に聞いた。


「お前、何を言った?」

「夢の話を……」

「どんな?」


 僕は、さっきと同じ最初の一文だけを口にした。担任は廊下の途中で立ち止まり、壁に手をついた。


「……っ」

「先生?」

「いや……何でもない……」


 顔色が真っ青だった。保健室の扉を開けると、養護教諭の秋山先生がこちらを見た。三十代くらいで、いつも落ち着いた人だった。


「どうしました?」

「山田が急に倒れて」

「ベッドへ運んで」


 山田を寝かせると、秋山先生は僕の方を見た。


「原因、わかる?」

「夢の話をしたら……」

「夢?」

「はい」

「どんな夢?」


 僕は躊躇した。しかし、先生の目は優しかった。だから、つい安心してしまった。


「最初に、僕が見たのは――」


 そこまで言った瞬間。秋山先生の手からカルテが落ちた。先生は口を押さえ、信じられないものを見る目で僕を見つめていた。


「……あなた、それを、どこで」

「え?」

「どこで知ったの?」

「夢で見ただけです」


 先生はふらつきながら近づいてきた。そして突然、僕を強く抱きしめた。柔らかい感触と、シャンプーの匂い。


「よかった……」

「え?」

「やっと……会えた……」


 僕の脳は完全に停止していた。その後のことは、あまりよく覚えていない。ただ、その日の夕方、僕は童貞ではなくなっていた。そして、別れ際、秋山先生は震える声で言った。


「……絶対に、その夢の続きを誰にも話しちゃダメ」

「どうしてですか?」


 先生はしばらく黙っていた。窓の外では、校庭のサッカーゴールが夕焼けに染まっていた。


「この世界が、夢だって気づく人が増えるから」


  僕はその言葉の意味がよくわからないまま家に帰ったのだった。翌朝、つわりがひどいので、妊娠検査薬で調べると、


「マジかよっ!」


 僕は妊娠していた。

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