どんな夢?
「で、どんな夢だったんだよ」
昼休み、購買の焼きそばパンを咥えながら、山田が机に肘をついて聞いてきた。僕は迷った。あの夢を話していいものか。
朝、目が覚めた瞬間、全身が汗でびっしょりだった。カーテンの隙間から光が差していたが、現実感がなかった。むしろ、夢の方が現実で、今の世界が余白みたいだった。
「いや、やめとく」
「何だよ。エロい夢か?」
「違う」
「じゃあ怖いやつ?」
「もっと嫌なやつ」
山田はニヤニヤしていたが、僕の顔を見て段々笑わなくなった。
「……そんなに?」
僕は頷いた。
「でも、誰かに話さないと、なんか、頭がおかしくなりそうで」
「じゃあ話せよ」
僕は周囲を見回した。教室では女子たちがスマホを見せ合って笑っている。窓際ではサッカー部が牛乳の早飲みをしている。世界は普通だった。だから、余計に怖かった。
「……夢の中でさ」
僕は話し始めた。それから、三秒後。山田は白目を剥いて椅子ごと後ろに倒れた。
「山田!?」
教室が騒然となる。女子が悲鳴を上げ、担任が廊下から飛び込んできた。
「どうした!?」
「わ、わかりません! 急に!」
僕は、口を閉じた。夢の内容は、最後まで言っていない。まだ、最初の一文しか話していなかった。それなのに、山田は失神した。保健室へ運ぶ途中、担任が僕に聞いた。
「お前、何を言った?」
「夢の話を……」
「どんな?」
僕は、さっきと同じ最初の一文だけを口にした。担任は廊下の途中で立ち止まり、壁に手をついた。
「……っ」
「先生?」
「いや……何でもない……」
顔色が真っ青だった。保健室の扉を開けると、養護教諭の秋山先生がこちらを見た。三十代くらいで、いつも落ち着いた人だった。
「どうしました?」
「山田が急に倒れて」
「ベッドへ運んで」
山田を寝かせると、秋山先生は僕の方を見た。
「原因、わかる?」
「夢の話をしたら……」
「夢?」
「はい」
「どんな夢?」
僕は躊躇した。しかし、先生の目は優しかった。だから、つい安心してしまった。
「最初に、僕が見たのは――」
そこまで言った瞬間。秋山先生の手からカルテが落ちた。先生は口を押さえ、信じられないものを見る目で僕を見つめていた。
「……あなた、それを、どこで」
「え?」
「どこで知ったの?」
「夢で見ただけです」
先生はふらつきながら近づいてきた。そして突然、僕を強く抱きしめた。柔らかい感触と、シャンプーの匂い。
「よかった……」
「え?」
「やっと……会えた……」
僕の脳は完全に停止していた。その後のことは、あまりよく覚えていない。ただ、その日の夕方、僕は童貞ではなくなっていた。そして、別れ際、秋山先生は震える声で言った。
「……絶対に、その夢の続きを誰にも話しちゃダメ」
「どうしてですか?」
先生はしばらく黙っていた。窓の外では、校庭のサッカーゴールが夕焼けに染まっていた。
「この世界が、夢だって気づく人が増えるから」
僕はその言葉の意味がよくわからないまま家に帰ったのだった。翌朝、つわりがひどいので、妊娠検査薬で調べると、
「マジかよっ!」
僕は妊娠していた。




