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Evergreen ~永久なす緑~  作者: 宗像竜子
第三話 比翼の鳥
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比翼の鳥(19)

『── わたし達は罪人』


 フレルはそう、彼等『元・天使』を評した。

 確かにその通りだと思う。

 天が定めた命運に逆らう事は、本来起こってはならない事なのだから。

 ごく限られた一握りの天使を除き、天使は守護する対象の人間の命運に干渉する権限を持たない。

(…そう、アディのように最初から二つの運命を持っていた人間を守護でもしない限りは)

 その人間がどちらの運命を辿るべきなのか── それを見極め、決定づける為に上位天使と呼ばれる存在は在る。

 より世界への影響が小さい方へ──『被害』が小さい方を選び取る事こそ使命。

 彼等は『守護天使』であるが、対象となる人間を守る事は皆無という程ない。彼等は世界を維持する事こそが本来の仕事なのだから──。

 人の側からすれば、上位天使は『死神』のようなものだ。

 彼等が守護についた時点で、守護される人間の命運は決められたも同じ。すなわち── 速やかな死。

 けれどその一人であった自分は、アディの二つあった運命のどちらも選ぶ事は出来なかった。

 天の意を、初めて疑ったのだ。

 アディライト=ケイナ=アディア。あまりにも幼く、無力に等しい彼女が何故、『摘み取られる』側にならねばならなかったのか──。

 控えめに扉を叩く。

 起きていたのか、中からフレルの返事が返る。

「…あら、珍しい」

 扉を開いて中に入れば、寝台で身を起こしていたフレルは実に正直な感想を口にした。

「あなた一人なの? どういう風の吹きまわし?」

「悪かったな。…話を聞きに来た」

「話?」

 不思議そうに首を傾げつつ、リーフの様子から少々込み入った話になりそうだと思ったのか、フレルは寝台の傍らにある椅子を勧める。

 勧めに従って椅子に腰を下ろし、リーフは単刀直入に尋ねた。

「── どうして、俺達が『天使』であった事を知られてはならない?」

 その問いかけに、フレルの表情は引き締まる。

「…そう言えば、話が途中だったわね」

 小さく吐息をつき、その瞳は何処か遠くを見つめる。

 まるで何かを回想するかのような僅かな沈黙の後、フレルは静かに口を開く。

「ねえ、どうして人の間に『天使』の伝承が伝わっているのだと思う?」

「……?」

 その唇が紡いだのは、本題とはいくぶんかけ離れた内容だった。

 眉を顰めるリーフへ、フレルは答えを待たずに続ける。

「わたし達は見えないはず。声だって聞こえていないはずなのよ。なのに、どうして人々に『守護天使』伝承が伝わっているのか── 疑問に感じた事はない?」

 言われてみれば、確かにそれはおかしな話だった。

 世に対するしがらみが少ない産まれたばかりの赤ん坊や、死の間際に瀕した人間の目には見える事はあるらしいが、当然ながらそれが人の口にのぼる事はない。

 なのにアディとの『天使さま』を求めての旅の道中、それに類した話を幾度も耳にした。そう、多少内容が違っても『幾度』も。

 すなわちそれは、一人二人が言いだした事ではないという事だ。

 時間と共に本質が失われて形が変わろうとも、人々に長く伝わる話には、それだけの理由が何かしら存在する。

「答えは簡単よ。『天使』が実在するのだと、誰かが証明してしまったから」

「人間が?」

「…どちらかはわからないわ。でも、人か『元天使』がそれとわかる形で痕跡を残したのよ。それがどういう意味を持つか、あなたならわかるでしょう」

 ── かつて、上位天使として人の命運を見定めてきたあなたなら。

 視線で問いかけられ、リーフは沈黙した。

 ようやく、リーフも知られてはならない理由に気付いたからだ。

 天使にとって、もっとも罪深い行い。


 ── 世界の在り方に介入すること。


 あるいは、定められた予定調和を乱すこと。その罪に抵触する可能性があるからだと。

 天使は人を見守り導く。その道標となるのが、天の定めし命運。それは突き詰めれば、あらかじめ決められた時の流れになる。

 …── 天使は限定的であっても『未来』を知っている。

 知っていたからこそ、フレルもリーフも守護する人間の運命を受け入れられず、その未来を変えた。

 それもまた、罪。

 けれど罪の深さだけで語れば、それはまだ守護天使の格や力を代償に取り返しのつく段階の罪だ。

 何故ならそれは『個人』という小さなレベルでの話だからだ。

 しかし、一個人の命運だけに留まらない事象── たとえば人が知るべきでない知識が、人の世に齎されるのは、それとは比較にもならないほど罪が重い。

「人の世界に、人以外が関わる訳には行かない。なのに痕跡だけは残されている。具体的に誰がどのような事を行ったのか、片鱗も残されていないのに」

 つまり、逆を言うならば。

「──…痕跡は消せなかった、という事か」

 


 ── あまりにも脆く儚い生命の地上人を守護する為に、天の御使いが一人一人についている

 ── その姿を人は見る事は出来ないが、その御使いは生まれた時から人生をまっとうするまで、守護する人間を見守ってくれる

 ── 彼らは未来を見通す力を持ち、守護する人間をできるだけよい未来へと働きかける

 ── そしてもし、危機が守護する人間の生命に及んだ場合、一度だけその命を救ってくれる



 人の間にそんな伝承が伝わる、どんな歴史的事件が起こったのか彼等にもわからない。

 人の何十倍も生き、人を見守って来た彼等ですら。

 リーフに至っては人にそんな伝承が伝わっている事すら知らなかった。明らかに伝承に残るほどの出来事が起こったはずなのに。

「…『だから』、知られる訳には行かないのか」

 リーフの言葉にフレルは心なしか青ざめた顔で小さく頷く。

「もちろん、これは可能性の話よ。でも…実際、そうだとしか思えない。彼等の内、少なくともどちらか── 最悪、両方共が世界から存在ごと抹消されてしまったはず」

 抹消。

 それは死と異なり、完全なる無に帰すことを示す。人は死ねば魂が残る。それは後に世界の一部となり、巡り巡ってあらたな生命の元となるのだ。

 けれど抹消となれば、魂すら残されない。元々存在していた事実すら消される。

 世界から、歴史から── 人の記憶から。

 それは本当の意味での『死』だ。

「…消されるのがこちらだけならいいわ。そもそもの罪人はこちらだもの。でも、天が見逃してくれるかどうかなんて、わたし達にだってわからない。世界への影響度は人の方がずっと高い。その事を考えたら──」

 言葉を切り、フレルは凍えるように身を震わせた。

 おそらくそれは、人にはわからない恐怖だろう。

 彼等にとっては通常の死も、抹消もさして意味は変わらない。けれど、その命を見守り続ける側にとっては──。

 守護の対象を大切に思えば思う程、身を切られるほどの恐怖が襲うのだ。

「嫌よ。抹消なんてさせたくない」

「…フレル」

「そんな目に遭わせたくて、命をつないだんじゃない……!」

「落ち着け、フレル。…声が大きすぎる」

「…っ、ごめんなさい……」

 思わず感情的になった己を恥じるようにフレルが唇を噛み締める。だがリーフもそれを責める気にはならなかった。

 彼とて、アディの存在を危険に晒すなどもっての外だ。

 守るべきだと思ったから、側にいるのだ。たとえ、理由がわからなくても──。

 そう思った事が伝わったのか、フレルが小さく笑った。それはリーフに対して初めて見せる表情だった。

「…何だ」

「── 以前のあなただったら、きっとばかにしたでしょうね」

「……」

「なんて顔してるの。…嬉しいのよ。天使だった頃、わたしの気持ちを理解しようとする者なんて一人もいなかったんだから。あなたがそんな風に変わったのは…きっと、アディの影響なんでしょうね」

(…影響……?)

 そうなのだろうか。

 確かにアディを助けてから、人に対して以前ほど無関心ではなくなった。

 目に見える部分、そうでない部分── 足りない部分を補い合って生きるのが人の在り方。アディを守り続ける日々は、同時に人としての生き方を学ぶ日々でもあった。

「今のあなたは…『人』に見えるわ」

 それは『天使』としてみれば侮辱に近い言葉かもしれない。けれど、不思議と腹は立たなかった。素直に喜ぶべきか、悩む所ではあったが。

 おそらくそれは、フレルからすれば最上級の褒め言葉だろう。

「…そう見えなければ、困る」

「それもそうね」

 リーフの複雑そうな返答にフレルは笑い── やがてその笑みを神妙なものに改めると、リーフへと向き直った。

「リーフ、あなたに…お願いがあるの」

「……? 何だ」

 多少態度が軟化したところで、元々友好的ではなかった事を考えると、フレルに何かを頼まれる事自体に違和感がある。

 それが口調に出ていたのか、フレルが微苦笑を浮かべた。

「あなたが、かなりの手練れだという事はこの間の事でわかったわ。アディを、本当に大事にしてるって事も。だから…そんなあなただからこそ、頼みたいの」

 フレルは僅かに言葉を迷った後、静かに口を開いた。

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