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Evergreen ~永久なす緑~  作者: 宗像竜子
第一話 永久なす緑
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永久なす緑(2)

「ほらほら! これだよ、リーフ!!」

 目的のものを見つけて、少女は満面の笑みを浮かべて駆け出した。

「すごいね! もう、こんなに大きいんだ!!」

「ああ、良かったな」

 全身で喜ぶ少女とは対照的に、彼女の連れ── リーフと呼ばれた青年は無表情のまま、味も素っ気もない返事を返す。

「何だよー。もうちょっと、何か言ってもバチは当たらないよ? 本当にリーフったら情緒に欠けてるんだから」

 つれない青年に少女は頬を膨らませた。

 彼のそうした態度は毎度の事なのだが、折角の喜びに水を差されていい気がするはずもない。

 少女は一見した所、十二・三歳程。栗色の長い髪を二つに分けて頭の両横で束ねた髪型が、嫌味なく似合う。

 大きな目には明るいオレンジ色の瞳が、差し込む陽光を受けてきらきらと光っていた。

「この木はねえ、ここにあった村の人達が、自分達がここで生きていた証をって、一人一人植えたものなんだって!」

 まだ森とは呼べない、せいぜい木立ちという程度のその小さな森林を示して、少女は嬉しそうにそんな事を語る。

 艶やかな葉。初夏の季節に差し掛かり、そろそろ春に芽吹いた新葉がその緑を増しつつある中、不自然なほどに開けたその場所に林立するそれは、不思議と目に美しく感じられた。


 ── ここに、我等が生きた足跡を残さん……。


 十年近く前に滅んだ国、アディア。その国境付近に当たるこの辺りは、最も早く戦火に包まれ、そして最後までそれは途絶えなかった。

 よく見れば、大地の所々に焦げたような跡が残っているようにも見える。

 ここは一つの村の跡地だった。

 森を切り開いて細々と暮らしていた人々は、戦火を避けて村自体を放棄した。

 それでもそこに思いが残ったのだろう。彼等はそれぞれ去る間際に、村の中心にあった一本の木から枝を切り取り、自分達が暮らした大地に植えていったのだ。

 周辺の森の木々はほとんど落葉樹だが、村であった場所に生えている木々は対照的に青々と葉を茂らせている。

 …常緑樹。

 一年を通して緑を失う事のない木々。人々は自分自身が死んでも失われる事のない、緑の足跡を残したのだ──。

「こんな事をしては戻って来れないだろう。つまり、村人が完全にこの地を見限ったという証拠じゃないか。よく、そんなに有り難がられるな」

 一人盛り上がる少女に冷ややかに言い放ち、リーフもまた風に揺れる木立ちに歩み寄る。

 少女は自分より頭一つ以上は背の高い連れの言葉に、諦めたようなため息をついた。

 淡い灰色の髪と暗い闇色の瞳を持つ青年は、こういう言動で今まで度々少女の夢を打ち砕いてきたのだ。

 まだまだ、世の中に夢を持っていて当然の少女にして見れば、まったく興醒めに違いなかった。

 だが──。

「…それで? ここはお前の探す『天使さま』の手がかりになるというのか、アディ?」

 その、一言で。

 まるで魔法のように、アディと呼ばれた少女の表情は明るくなる。

 少なくとも── 彼が、少女の全てを否定している訳ではないのだとわかったから。

 兄妹にしては似ていない、そして少しばかり中途半端に年の離れた二人連れ。彼等の間に血の繋がりはない。

 そんな彼等の関係を一言で表すとしたらこれしかなかった。

 ── 主人と従者。

 もっとも、その言葉に厳密に当てはめようとすると、微妙に違ってもくるのだが。

「ううん、今回は違うよ」

 微かに含み笑いを浮かべて、アディはリーフの言葉を否定した。

 たちまち、リーフの細い眉が不満げにぴくりと跳ね上がるが、少女は気にしない。

「…見て、おきたかったの」

「── これを?」

「うん。見る事に意義があるんだもん」

 にこにこと笑ってそれだけ言うと、アディはまた健やかに伸びる木々を見上げた。

 その様子に今度はリーフが諦めたようにため息をつく。おそらく女心は不可解なものだとでも思っているに違いなかったが、アディは気に留めなかった。

 何だかんだ言いながら、彼は自分に付いてきてくれる。寄る辺を失ったまだ幼い少女にとって、それがどんなに支えになっている事か。

「…『天使さま』はもういいのか」

 やがて、リーフがぶっきらぼうに尋ねてくる。

 『天使さま』── 彼女の旅の目的。昔、自分を助けてくれた人物を、アディはずっと今まで探しつづけていた。

「そんな事ないよ。『天使さま』の事は諦めない。絶対にお礼を言わなきゃ」

 今、こうして旅が出来るのも、全てその『天使さま』のお陰なのだから──。


+ + +


 一番古い記憶は、一面の炎。

 それが何処だったのかも、今ではわからない。その真っ只中に一人きりで立ち尽くす。

 熱くて、苦しくて── 痛くて、悲しかった。

 渦巻く炎に行く手を阻まれて、身動きもままならず、多分あのままなら死んでいたはずだった。いや── 実際、死ぬ所だった。

 降りかかる火の粉と共に、天井が焼け落ちてきたのを覚えている。

 これで死ぬのだとか、終わりだとか、そんな事も考えられないで、落ちてくるそれを凝視する。

 ── その時だ。

 何かが、かばうように自分の前に立ちはだかったのは。


「駄目だ。まだ…この娘は役目を終えていない」


 目に焼きついた白銀の翼。白い光と一緒に、そんな言葉が聞こえた気がする。

 そして気が付くと── 誰かの背に背負われて、焼け野原を歩いていた。

 その時自分を背負っていたのが、今の旅の道連れの青年── リーフだった。もっとも、当時は少年と言える年齢だったに違いないけれど。

 それから二人きりの旅は始まったのだ。

 特に目的のない旅だったから、気が付くと主人格であるアディの人捜しの旅になっていただけで、本当は捜す義務も使命も彼にはない。

 でも彼はアディの『天使さま』の話をばかにはしなかった。

 当時から鉄面皮で、おっかない雰囲気があったものの、黙って従ってくれた。 

 それが── たとえ、他にどうする事も出来なくて選んだ道であったとしても。

 今はもう、自分の両親の事も、それまでどういう生活をしていたのかも、物心つくかつかないかの子供だった時分だったからか覚えていない。

 あの炎の記憶以前の事はまったくと言っていいほど残っていなかった。

 だから── もしかしたらそうだからこそ、アディは記憶に焼きついた『天使さま』の記憶を正当化したいのかもしれない。

 けれど、それでもアディは捜さずにはいられなかった。

 …一つの伝承を、耳にした時から。


 曰く── あまりにも脆く儚い生命の地上人を守護する為に、天の御使いが一人一人についている。


 その姿を人は見る事は出来ないが、その御使いは生まれた時から人生をまっとうするまで、守護する人間を見守ってくれるのだという。

 彼らは未来を見通す力を持ち、守護する人間をできるだけよい未来へと働きかける。

 そしてもし、危機が守護する人間の生命に及んだ場合、一度だけその命を救ってくれるのだ、と。

 それはある意味、とても人間にとって── アディにとっても、都合のいい伝承であった。でも、その伝承が真実なら、自分は確かにその守護天使を目にしたという事になるはず。

 だが── 問題は、その後だった。

 一度だけ生命を守ってくれた天使は、その後は一体どうなるのだろう?

 変わらず何処かで見守ってくれているのか、それとも──。

 一番考えられる事は、その時、天使が身代わりとなって消滅してしまう事だ。でも…それだけは考えたくなかった。

 ただ守ってもらうだけ守ってもらって、自分からはお礼の一言も返せないなど── そんな事は悲しすぎる。



 ── そんなこんなで、十年近くも年月が流れて。

 各地を転々としながら、結局アディ達の旅は続いている。

 『天使さま』を捜し求めて。もしくは── 守護する人間を守った後の守護天使の末路を知る為に。

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