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Evergreen ~永久なす緑~  作者: 宗像竜子
第三話 比翼の鳥
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比翼の鳥(11)

「リーフは関係ないでしょ!?」

 おとなしくなったと思ったアディの突然の大声に、目の前の男が驚いたように目を丸くする。その顔を睨みつけて、アディはさらに続けた。

「あんた達が用があるのは、あたしだけなんでしょ!? だったら早く連れて行けばいいじゃないか! ゴードさんも自由にしてよ! 関係ないじゃない!!」

 それは自分自身に対する扱いの理不尽さも含んで、たちまち燃え上がる。

 怒り── それもあっただろう。だがそれだけではない。

 むしろ投げやりになったと表現した方が正しいような、一方的な啖呵たんかだった。

 実際、アディはこの時、自分の事など頭になかった。腹立たしいとは思ったが、下手に逆らうと殺されるかもしれない、という恐れは欠片もない。

 ただ、リーフやゴード、そしてフレルが自分のせいでひどい目に遭う事が許せないと思うばかりだった。

 だが──。

生憎あいにくですが、王女。それは聞き届ける事は出来ませんね」

 相変わらずの侮蔑ぶべつを含んだ視線のまま、口調だけは丁寧に男はその訴えを退けた。

「どうして……っ」

「どうして? …愚問ですな」

 やれやれと言わんばかりにため息をつき、男はちらりとアディを拘束している男に視線を向ける。

 そうする事で質問に答えるべきか上官に伺いでも立てたのか、アディの問いかけに答えたのは背後の男だった。

「── 対象の身柄を確保した後は、関係者は全て口を封じよとの命令を受けている。…諦める事だ」

「…そんな……!!」

 そんなひどい、と彼等をなじろうとした時。まるで狙ったかのように裏へと続く木戸が開いた。

 そこにいたのは──。

「駄目、フレルさん!!」

「フレル、逃げろ!!」

 姿を確認したと同時に、アディとゴードが叫ぶ。

 木戸の向こうから姿を見せたのは、数本のワインボトルを手にしたフレルだった。

 その場の全ての人間の視線が彼女に向かう。

 二人の言葉を受けて驚いたのか、フレルはその場でワインボトルを全て床にぶちまけてしまった。

 ガシャン、ガシャンとガラスが割れる音が重なって響く。たちまちその場はワインの濃厚な葡萄と酒精の香りに包まれた。

「…捕えよ!」

 すぐさまアディの背後にいる男が命令を下し、ゴードの身柄を拘束している男を覗いた三人がフレルの身柄を拘束すべく木戸の方へと向かう。

「フレルさん!!」

 フレルは弾かれたように身を翻し、木戸の向こうへと姿を消す。その後に男達が割れたワインのガラスを踏み越えて続くのを、アディは絶望的な気持ちで見つめた。

 その先は裏口に続いているが、男三人に追われて果たして逃げ切れるものか、アディには自信がなかった。

 それでも祈った。フレルが無事に逃げてくれる事を、ただひたすらに。

 フレルは宿も見つからず、怪我までして困っていた自分達を親切にも助けてくれた人だ。これ以上、自分のためにひどい目に遭う人が増えて欲しくなかった。

 そして── しばらくしてからふと疑問に思った。

 そう言えばリーフの姿が見えなかったが、彼は一体どうしたのだろう。


 その疑問が解けるのは、それから半刻ばかりが過ぎる頃だった。


+ + +


 どうか無事に逃げてくれますように。

 そんなアディの心からの祈りが届いたのか、フレルが身を翻して去ってから半刻が過ぎようという頃になっても、追いかけていった男達は戻らず、フレルもまた姿を見せる事はなかった。

 フレルを捕える事に手間取っているのか、それとも別に理由があるのか── 前者である事をアディは切に願うばかりだ。

 ゴードを捕えている男が、先程から居心地悪そうにしきりとこちらへ視線を向けている。上官に当たると思われる男の様子をうかがっているのだろう。

 顔こそ見る事は出来ないが、背後の気配が苛々としたものになっていくのを感じ、アディもまた内心首を傾げていた。

 確かにフレルが無事に逃げてくれていても、いなくても、いくらなんでも追手が戻ってきて良い頃合だ。

 ── 取り逃がした事に責任を感じて、彼等が戻って来れないという可能性もあるが。

「…遅い」

 やがて背後から、耐え切れなくなったかのように、苛立ちをあらわにした声が聞こえた。

「遅過ぎる。女一人を相手に何をやっておるのだ……!」

 押し殺してもなお、怒りに満ちたその言葉に、ゴードを捕えている男が身を竦ませる。やがて彼は重苦しい沈黙に耐えかねた様子で、恐る恐る口を開いた。

「あの…隊長。私も様子を見に行きましょうか」

「…何だと?」

「彼等が戻らなければ、我々も退くに退けません。彼等も選りすぐりの精鋭、そう簡単にどうこうなるとは思いませんが…報告にあった王女に従っていた男の姿も未確認ですし、あるいは……」

 口ではいろいろ理屈を述べているが、本音はどうもこの気まずい場所から逃れたいだけのようだ。

 それを見透かしたのか、返った言葉は取り付く島もない程に冷たいものだった。

「ならば余計に行く必要はなかろう。第一、その男はどうする気だ」

「そ、それは……! その、この男は足が不自由なようですし、一人で逃げ出す事も出来ないと……」

「推測だけで物を言うな。ここを手薄にする訳には行かん。── あと半刻待つ。それで戻らない時は──」


 ガシャアアアン!!


 切り捨てる、と男が続けるのと時を同じくして、先程フレルが姿を消した裏へと続く扉の方から、激しい物音が鳴り響いた。

「!?」

「な、何事だ……!?」

 今度はワイン壜が数本割れたのとは比にもならない大音量だった。

 流石の彼等もうろたえる。これだけ大きな音では、周囲の人々が何事かとここへ来るかもしれない。

 ── 目撃者は最小限に、見られた時は可能な限り口を封じよ。

 そう、彼等は命じられていた。それだけ秘密裏に事を運ばねばならなかった。

 それ相応の訓練を積んだ彼等には、確かに一般人が束になって来られてもさばけるだけの能力があったが、だからと言って事を大きくするのは望む所ではない。むしろ避けたい所だ。

 焦りは隙を生む。

 思いがけない音に対して、その場にいた全ての人間の意識がそちらに向き、それ以外の事におろそかになったその、瞬間。

 アディは何故か、リーフの事を思い出した。

 まだ、一度も彼の姿を見ていない。彼は、一体何処にいるのだろう? 無事でいるのだろうか?

 今の音は、先程の追手と彼が争った際に起きたものでなければいいけれど──。

 そんな事を思った、刹那。

 一瞬の隙を突いて、彼等の死角となっていた正面の入り口が勢い良く開いた。

 カランカランカラン、とドアベルが高らかに音を鳴らし、はっと彼等を我に返らせた時には、そこから飛び込んできた一人の人間── リーフが、アディを後ろ手に捕えている男の背後に迫っていた。

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