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Evergreen ~永久なす緑~  作者: 宗像竜子
第三話 比翼の鳥
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比翼の鳥(9)

『旧アディア王家の直系にして、現在、唯一王位継承権を有するアディライト=ケイナ=アディア様。我等が主がその身柄を欲しておられます。…ご足労願えますか?』


 正に木戸を開こうとした瞬間に聞こえた声に、リーフはぴたりと動作を止めていた。

 …動けなく、なった。

(…追手が……?)

 しばらく姿を見ないと思っていたが、よもやこんな場所で狙うとは。

 ぎり、と歯噛みする。

 ずっと隠し続けていた事── それが、知られた。

 木戸越しに聞こえてくる声は微かで、その言葉に対してアディがどう反応したのかはわからない。

 だがおそらく、ひどく困惑しているに違いない。アディは今まで、自分の身が狙われていた事すら知らないのだから。

「…ねえ、どうしたの?」

 木戸の前で立ち尽くすリーフに、ようやく追い着いたフレルが背後から声をかける。

 先程の言葉は聞こえなかったのだろう、その顔は疑問符が浮かんでいたが、状況をかんがみてかその声は囁くようなものだった。

「一体、中で何が……」

「…説明は後だ、一度ここを離れた方がいい」

 口早に言いながら、早くもリーフの足は木戸から離れ、二階に上がる階段に向いている。

「ちょっと? リー…」

「頼む、緊急事態だ。── 協力してくれ」

「……」

 その言葉に、フレルは驚きを隠さずに目を見開く。

 おそらく、彼の口から『頼む』などという言葉を聞いたからに違いない。

 だが、フレルはすぐに表情を改めると、木戸の方へ一度不安げな顔を向けた後、すぐにリーフの後に続いて階段を昇った。

 建物自体は古いものの造りがしっかりとしているからだろう、幸いにも階段は軋み音一つ立てなかった。

 リーフが向かったのは、彼等に与えられた部屋。そこに入り、荷物の中から剣を取る。

「…説明してくれる?」

 リーフの只ならぬ様子に、フレルも硬い表情で説明を求めた。

 アディが追手の手にある今、形振りを構っていられないのは確かだ。そして、アディ自身が自身の秘密を知った今、隠していても良い事は一つもない。

 リーフは腹を括るとフレルに簡単に事情を説明した。

「アディは…この旧アディアの王家、唯一の生き残りなんだ」

「…アディが? まさか……」

 思わずといった調子で呟き── しかしすぐにフレルは納得したような顔になる。

「── そういう事なの。どうしてアディみたいな子に、上位天使だったあなたが守護についたのか疑問に思っていたのよ。まさか、あの子が滅んだ国の王族だなんてね。という事は…もしかして誰かに狙われてるの?」

「ああ…、何処の手の者かわからないが、今までも何度か刺客は送られてきていた。下にいる奴等は、マザルークの言葉を話していたようだがな……」

 苦い口調で呟くリーフを横目に、フレルはしばらく手を口元に当てながら考え込んだ。

「…マザルーク、ね……」

「何か心当たりでもあるか?」

「いいえ…でも、そうね。アディが上位天使の守護を得る身だったのなら、考えられる可能性があるわ」

「── 何だ」

 今は得られるのならどんな情報でも欲しい。

 そんな気持ちで言葉を促すと、フレルはまじまじとリーフを見つめ、小さく嘆息した。

「…その様子だと、本当に何も知らないのね」

「何の事だ」

 その言い方に僅かな棘を感じて睨みつけると、フレルはフレルで睨み返してくる。

「流石は人の命運を見定める上級天使さまって事よ。あなた、アディの運命を変えるまで、自分が天使でなくなる事なんて有り得ないと思っていたでしょう」

「……」

 それは正に図星で、リーフは反論の言葉もなく黙り込む。

 そんな彼を呆れたように見ながら、フレルは彼の知らない事を話し始めた。

「さっき、途中まで言いかけた事にも関係あるけれど…人の運命を変えるという事はね、決まっていた自然の摂理を曲げる事よ。これはわかるわよね?」

「…ああ」

「本来の流れを変えるには、相応の力を必要とするわ。その代償となるのが、天使の力や格だけれど── 場合によってはそれだけじゃ足りない事があるのよ」

「足りない……?」

「そうよ。そんな事は滅多にない事だけどね……。その場合、代償なしに無理に運命を捻じ曲げる事になるから、その分のしわ寄せが何処かに出てしまうのよ。たとえば── その身近な人間なんかにね」

 たとえば、本来ならば生き延びるはずの人間が命を落としていたり、本来ならば死ぬはずだった人間が生き延びたり…──。

 つまり、アディの運命がリーフによって変えられた時、他の誰かの運命にも影響を与えたかもしれない、という事だ。しかも一国の動向を左右するほどの。

「…あなたが守護になったくらいだもの。アディには二つの運命があったんでしょう? それも、命に関わるほどの事が。なら、周辺に与えた影響も相応のものになっているはずよ」

 フレルの言葉が何処まで信憑性のあるものか、彼にはわからない。

 だが、今の時点で彼女が嘘をつく必要もなく、リーフはその言葉を受け止めた。

 …確かに、アディには二つの未来が用意されていた。

 一つは、アディアが滅んだ日に幼い命を落とす未来。

 そしてもう一つは、かろうじて生き延びるが全身に火傷を負い、その立場を利用され、誰の事も信じられないまま、孤独と絶望の中で生涯を閉じる未来。

 そのどちらを選んでも、アディにとっては決して良い結末ではなかった。

 二つの運命を持つ者は、大抵の場合どう転んでも不幸になる場合が多い。アディも例に漏れずそうだった訳だが── その運命はリーフによって変えられた。

 死ぬはずだったアディが今生きている事、それが果たして他にどのような影響をもたらしたのか── 天使の力を失った彼等にはわからない。

「アディアが滅んで、十年近くになるわ。本人にもその頃の記憶がないみたいだし、はっきり言わせて貰えば利用価値があるとは思えない。にも関わらず狙われるのは──」

「…アディに流れる『血』を必要とする、何かがあるという事か」

 もうとっくに終わったはずの争いは、人々の知らない水面下で今もまだ続いているというのか──。

「まあ、予測に過ぎないけれどね。でもそれなら、アディの命の危険だけはないわ」

 励ますようなフレルの言葉に、リーフは頷く。

 状況は良いとは言えないが、相手がアディの命ではなく、身柄を求めるのなら最悪の事態だけは避けられる。それは確かに救いだった。

 しかし、同時に一つの問題が浮上する。

「だが…そうなると、ゴードの命が危険という事になる」

「……」

 リーフの言葉に、フレルの表情が硬く強張る。

 今、階下にいるのはアディだけではなく、ゴードもだ。おそらく、彼はアディが旧アディアの王女だという事を知ったに違いない。

 人目を避けてアディを捕えようとするくらいだ、秘密を知ったゴードをそのまま放置して去るとは思えなかった。

「…行って来る」

「え…?」

 剣を片手に再び入り口へと向かうリーフを、フレルは訳がわからないといった顔で見つめた。その顔を流し見てリーフは告げる。

「アディを取り戻してくる」

「!?」

 まるですぐそこにある荷物でも取りに行くような口調に、フレルはぎょっと目を見開いた。

「な、何を言ってるの? 取り戻すって、一体どうやって…! 相手が何人いるのかもわからないのよ!?」

「何人いるかはわかる。入り口付近に二人、アディを拘束しているのが一人、ゴードを拘束しているのが一人、それともう一人…マザルークの言葉を話す人間…全部で五人だな」

「…何でそんな事……」

 木戸を開けてもいなかったのに、人数を推測してみせるリーフにフレルは感心を通り越して呆気に取られた。

 リーフは扉越しに感じ取った気配で人数を把握したのだが、それが普通の人間では到底出来ない事である事までには考えが回っていない。

 信じられないと言わんばかりのフレルを怪訝そうに見ると、ついでのように付け加えた。

「余裕があったら、ゴードも助ける。…それで貸し借りはなしだ」

 言い捨てて、そのまま扉の向こうへ姿を消すリーフを思わず見送りかけ、フレルははっと我に返る。

 そして慌ててその後に続いた。

「…待って、わたしも行くわ! 手伝わせて!!」

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