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Evergreen ~永久なす緑~  作者: 宗像竜子
第三話 比翼の鳥
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比翼の鳥(6)

 軽く扉を叩いて中に入ると、所在なさげに椅子に腰掛けていたアディは、驚いたようにその目を丸くした。

「え? リーフ? あれ…フレルさんは?」

「…そこまで手をわずらわせる訳にはいかないだろう? 代わってきた」

 言いながらも薬箱を持ち上げて見せると、何故かアディはあからさまにほっとした顔を見せた。

「…どうした?」

「え?」

 怪訝に思い尋ねると、自分が浮かべた表情など気付いていなかったのか、リーフの問いにきょとんとした顔になる。

「今、この薬箱を見て安心しただろう」

「え? あ…うん、えっとね…フレルさんが『うちの消毒薬は効果はばっちりだけど、そこまで沁みないから』って言ってたの。だから…つい」

 へへっと、照れたように笑う顔に嘘はない。

 そんな事かと呆れ半分にため息をつきつつ、床にひざまずく。── 明らかにアディの一挙手一投足に過敏になっている自分を、自覚しながら。

「ほら。傷を見せてみろ」

「うん……」

 それでもやはり消毒の痛みに恐怖を感じるのか、アディはおそるおそる派手に擦り剥いた膝を見せた。

 傷は先程のフレルの言葉を肯定するかのように、出血などがあった割りに深くはない。少々範囲が広いので、ひどく見えただけのようだ。

 ほっとしつつ、薬箱を開け、そこに入っていたいくつかの壜を取り出してはそのラベルを確認する。

 三つ目で目的とする消毒薬を見つけ、それを清潔な綿に含ませた。

「…いいか?」

 念の為に確認を取ると、まだ始めてもいないのに来るべき痛みを想像してか、身を硬くしてアディがぎこちなく頷く。

 その顔を上目で見ながら、手早く傷口を消毒する。

 その間、アディは弱冠涙目になっていたものの、いつものような大騒ぎはせず、黙って耐えていた。

 消毒を済ませると、化膿止めの薬を塗って治療は終わった。それを確認して、アディはほっと肩から力を抜く。

「…沁みたか?」

「── うん」

 薬を片付けながら尋ねると、アディは頷く。その返事にリーフはそれはそうだろうな、と心の中で同意する。

 ── 何しろ、使った消毒薬は普段リーフ達が所持しているそれよりも高価な分、強力だがそれだけ沁みる代物だったのだ。

 おそらくアディを怖がらせない為の方便だったに違いないが、ここはあえて真実を黙っておく事にした。

「…ね、リーフ」

 元通りに薬を仕舞った箱を抱え、再び立ち上がったリーフに、アディは涙目のまま声をかける。

「何だ?」

「フレルさんも…旧アディアの人なの?」

「…何故、そんな事を?」

 フレルとの関係について、おそらく何か尋ねられるだろうとは思っていたが、もっと別の事を尋ねるとばかり思っていただけに、その問いかけに幾分拍子抜けする。

 だが、アディのその質問には、それなりの理由が存在していた。

「リーフの昔馴染みって言ってたでしょ? それって、あたしと会う前の事だよね?」

「…ああ、そうだな」

 そうでなければ、アディも彼女を知っていなければおかしい事になる。

 実際、嘘でもないので頷くと、アディはおずおずと尋ねた。

「じゃあ、どうして…フレルさんには、マザルーク訛りがあるの?」

「……!」

 全く予想もしていなかった部分を突っ込まれ、リーフは思わず絶句する。

 そんな彼に畳み掛けるように、アディは更に疑問をぶつける。

「リーフはアディアの人なんだよね? だから…何で知り合いなのかなあって……」

 確かに、フレルには僅かにマザルーク訛りがあった。

 現在、旧アディアは元々使用していた言語の他に、今この地を支配しているシャウルドの公用語が共に使われている。

 フレルが使っていたのは、旧・アディアの言葉。それはおそらく、シャウルドの言葉に慣れ親しんだ人間だったならば、気付きもしないほどの訛り。

 だが、旧アディアとマザルークは公用語が違っていただけに、微妙な節回しでも生粋のアディア人であるアディの耳は、敏感に違いを捉えていたのだ。

 …何故、フレルの言葉にマザルークの訛りがあるのか。その理由をリーフは知っている。

 それは彼女が長い事、マザルークの領域を担当していたからだ。

 だが、それを正直に言う訳にもゆかない。もし、フレルがその事を隠しているのであれば、なおさらだ。

 それ以前にお互いが抱える秘密は、公になるべき事ではない。

(── まずは、先にあいつと話し合う必要がありそうだな……)

 そう結論したリーフは、彼の答えを待つアディに目を向けると、出来る限り不自然に聞こえないように努力しながら口を開いた。

「…話すと、少し長い話になる。先に食事をしよう」

 言われて空腹を思い出したのか、アディの手が無意識に自分の腹部に向かう。そう言えば、昼もろくに食べていなかった。

「後で話してくれるの?」

 それでも気になったのか確認してくるアディへ、リーフは頷く。

 そこでようやくほっとした笑顔になると、アディは座っていた椅子からえいやっと立ち上がった。

「じゃ、ごはんにしよう!」

 笑顔で宣言した端から、くう、とアディの腹が鳴き、アディはこれ以上ない位に赤面した。


+ + +


 本来は食事処と言うだけあって、ゴードの料理はかなりの出来映えだった。

 最初に出されたきのこのクリームスープから大はしゃぎしたアディは、その後に続いた鳥の香草焼きや焼きたてのパンに至っては諸手を上げて拍手喝采する有様だ。

「美味しい~~~!! ゴードさん、これ、すっごく美味しいよっ!!」

 頬を紅潮させた満開の笑みでの賞賛に、ゴードの顔も嬉しそうな笑顔になる。

「そうかい? パンはまだあるからね、たくさん食べてよ」

「ホント!? じゃあ、食べる!!」

 にっこり笑って千切ったパンを頬張り、隣で呆れたように見つめるリーフの存在など気付いてもいないように、幸せそうにもぐもぐと口を動かす。

 元々好き嫌いもほとんどなくよく食べる方だが、久しぶりのご馳走にたがが外れているらしい。

 この小さな身体の何処に、これだけの食べ物が入るのだろうと感心するくらいに、アディの食べっぷりは見ていて気持ちの良い程だった。

「本当に美味しそうに食べるわねえ」

 別の客のテーブルに料理を運んでいたフレルは、カウンターに戻ってくるとそのままアディの隣の椅子に腰を下ろした。

「これだけ美味しそうに食べてもらえて、ゴードも嬉しいでしょ?」

「そうだね」

 フレルの言葉に、ゴードは微笑んで答える。

「今まで、いろんな人が食べに来たけど、アディ程のいい食べっぷりのお客さんはいなかった気もするよ。手放しで『美味しい』って言われたのも久し振りかな」

「そうなの? こんなに美味しいのに!!」

 アディからすれば、これだけ美味しいものを出してもらって、『美味しい』と言わないのは犯罪行為に等しい事だった。

 野宿の多い旅をしていると、どうしても自分達で食事を作らざるを得ない。

 材料だってその場その場で仕入れるものになるし、調味料なんて高が知れている。出来た物が美味しく出来るかなど、神様でもないとわからない事だ。

 料理を美味しく作る大変さを知っているから、美味しい時は『美味しい』と口にする。アディにとって、それは当たり前のこと。

「…いつでもあると思うと、ありがたみが減るものだからね」

 そんなアディの考えを見透かしたように、フレルが苦笑混じりにそんな事を口にする。

「その代わり、美味しいと思ったらお客さんはまた来てくれるわ。アディのように直接口にしないだけよ」

「…そっかあ」

 フレルの言葉に納得したのか、アディはおろそかになっていた手と口をまた動かし始める。

 それを横目に、フレルはふと思いついたようにリーフに声をかけた。

「ねえ、リーフ」

「…?」

「ちょっと手伝ってくれない? そっちはもう食べ終わっているみたいだし」

 言いながらもこちらに向ける目には、明らかに別の意図がある事を示している。

 それを敏感に感じ取って、リーフは口にしていたワインのグラスをカウンターに置くと立ち上がった。

「何をすれば?」

「こっちよ。ついて来て。いくつかワインの壜を運びたいの。男手があったら一度に運べるでしょ?」

 言いながら、フレルは店の裏へと続く木戸に向かう。

 ちらりと視線を向けると、アディはもぐもぐと食べながら、行ってらっしゃいとばかりに、ひらひらと手を振っている。

 保護者意識が働いて、思わずほどほどにしておけと言いかけたが、寸での所で押し留める。

 今はアディの事よりも、フレルと話し合う事の方が大事だ。

 リーフは小さくため息をつき、フレルの後に続いた。

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