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異世界恋愛短編

冷酷夫からの離婚宣告を受けたので、次は愛してくれる夫を探そうと思います。

作者: 待鳥園子
掲載日:2026/03/14

「……それでは、クラウディア。君とはあと、三ヶ月で離縁しようと思う」


 朝食の席でいつもは全く喋らない夫ジャレッド様が、結婚して一年の妻の私へと冷たく離婚宣告したので、カトラリーを置き膝にあったナプキンで口元を拭った。


「まあ、かしこまりました。それでは、離婚理由は何になさいます?」


「……驚かないのか?」


 私が一切の動揺を見せなかったのに対し驚いたのか、ジャレッド様の緑色の目は見開いていた。


 ……何なのかしら。結婚してからというもの、ベッドも共にしていない。


 全く私的な会話もなく、これからもこんな結婚生活が延々続くと思っている方がおかしいと思うわ。


「ええ。私たちは結婚してから一年ほど白い結婚でしたし、いつかはこのように離婚宣告されるのだろうと思っておりました。侯爵様は跡継ぎは必要なお方なので、私はここを去ることに覚悟は出来ております。お気遣いは無用ですわ」


 初夜に夫婦の寝室へ来なかった彼に対して、私は一年もの間、理由も何も聞かなかった。だって、何を言われたとしても私は傷つくだろうと思ったからだ。


 そうよ……また、私はここでも、愛されないのだと知った。


 だから、ジャレッド様に対しまったく期待をしなかったし、離婚されるだろうという不安を抱いてはいなかった。


 いつかはこうなるだろうと、わかっていたから。


「クラウディア。僕に何も聞かないのか?」


「ええ。特に実際の離婚理由に興味もございませんし、私は別れるのであれば、王都郊外にある別荘をいただきたく思います。実家には帰りたくないので……」


「……それは、出来ない。もちろん、君の境遇には同情すべき点が多いことは理解している」


 ジャレッドは不機嫌そうにそう言って席を立ち、私は一人で長い長い食卓の反対側へ取り残された。


 もう……目論見が外れたわ。別荘程度、別に良いよと言ってもらえるだろうと思って居たのに。


 大きくため息をつく。別荘を貰えないのなら、私はすぐに宿無し。実家であるクインシー公爵家には絶対に帰りたくないからだ。


 マクティア侯爵家に嫁いで来てから、私はこの食事の時間が本当に嫌だった。たった二人しか居ないというのに、夫ジャレッド様は端へと座り無言で食事をするだけ。


 ジャレッド様がまだ気の良いお喋りな男性であれば、私だってこんなにも気詰まりすることはなかった。


 そして、この王国一番の財産を持つと言われるマクティア侯爵家当主でありながら、別れる妻に別荘もくれないなんて……私がいま居る状況を知っていながら、とんでもなくケチ男だわ。


 あんな冷たい夫、すぐに別れたいくらいだわ! もう本当に腹が立つ~!


 廊下をイライラしながら歩き私は自室へと帰り、のほほんとその場に立っていた護衛騎士のダニエルと話をすることにした。


「……はあ!? 離婚?!」


「ええ。そうよ。三ヶ月後ですって」


 離婚宣告された事情を説明した私に護衛騎士を務めている兄ダニエル・ハルソールは、非常に驚いているようで目も口も大きく見開いていた。


 何故、元クインシー公爵令嬢たる私の兄が、護衛騎士をしているか……という理由なのだけど、それを説明するには、私の亡き父と亡き母のなれそめを説明する必要がある。


 私の父は妻に先立たれた先のクインシー公爵、そんな彼に見初められた母は流れ者の踊り子だった。父は偶然見掛けた母に一目惚れをして、大反対を押し切り後妻に迎えることとなった。


 離婚歴のあった母にはその時点で、子どもが一人いた。それが、この兄ダニエルだ。


 私は正真正銘、先のクインシー公爵の娘で、クインシー公爵家の者。半分は高貴な貴族の血が流れているけれど、半分は平民の血。


 けれど、そんな私がクインシー公爵家の面々や貴族社会に受け入れられることもなく、結構な悲惨な幼少期だった。


 けれど、いつも心の支えだったのは、亡くなった母譲りの陽気な性格の兄ダニエルだ。私は顔かたちは母似で父と同じ金髪碧眼だけど、兄ダニエルは父に似たらしく黒髪金目であまり似ていない。


 近親者は護衛騎士にはなれないので、私と半分血を繋がっていることを明かしてはいない。


 けれど、いつも私の傍にいてくれて何があっても陽気に笑い飛ばしてくれるので、周囲が嫌なやつしか居なくても夫が常に冷酷な態度を示そうが、私は平気だった。


 ……けど、離婚宣告されるなら、まだ先のことだろうと自分の状況を楽観視し過ぎて居た。


「けど……まあ、仕方ないか。ジャレッド様は先代の言いつけでクラウディアと婚約しただけだからな……一応は結婚して生活して婚約していた義務を果たした……そういうことだろう」


 ダニエルは頭をかきながらそう言った。私だって彼と同じくそう思う。


 ジャレッド様は私に常に冷酷な態度をとり続けていたけれど、私が彼が求めるような完璧な女性ではなかったことがそもそもの原因なのだ。


「そうね……むしろ、嫌なのに結婚して一年間もここに置いてくれて、離婚するにも三ヶ月の猶予をくれると言ってくれたのだから、それは感謝するべきなのかしらね」


 私は美麗な容姿を持つジャレッド様と婚約したと聞いて、素直に嬉しかった。絵本の王子様そっくりの彼は5つ年上で、近い将来マクティア侯爵になることは決まっていた。


 けれど、それは自分の命が少ないと悟った父が、遅く出来た娘の私を守るために強引に纏めた縁談であることは周知の事実であった。


 結婚式前になかなか会えなくても、私は一縷の希望を持っていた。きっと、近い距離で私を見てくれればわかってくれる。きっと……わかろうとしてくださると。


 そんな甘い期待は容易に打ち砕かれてしまった。


 結婚式後に初夜に寝室に現れずに冷酷な対応を続けるジャレッドを見て、やはり半分しか貴族ではない私のことがとても気に入らないのだと悟った。


「踊り子の娘の……私なんかが、貴族の当主に愛されるなんて、やはりあり得ない未来を期待する方が馬鹿だったのよ」


 はあっと大きくため息をつき、兄は私の隣に座り、優しく頭を撫でた。


「……クラウディア。そんな事を冗談でも言うな。お前は色は違えど母さん譲りのその美しい顔があるじゃないか。白い結婚での離婚ならば、大した瑕疵だと思わない貴族だって居るだろう。あんな分からず屋の侯爵よりも、もっと良い男を捕まえろ」


 ダニエルの励まし言葉は、もっともだ。お母様だって、この顔を使って年老いたと言えど、公爵を射止めたわけだし……。


「……そうするわ。兄さん」


 私はさっさと立ち直ろうと思った。その方が時間の無駄にならない。


 いまさらだけど、私はジャレッドのことが好きだった。お伽噺に出て来るような彼を初めて見た時に、私を救ってくれるのはこの人なのだろうと直感したからだ。


 けれどそれは、大きな間違いだった。


 結婚してからのジャレッド様の冷たい振るまいには、それだけ傷ついたし悲しんだ。


 ……さようなら。私を救ってくれるはずの……憧れの王子様。



◇◆◇



 夫からの離婚宣告を受けてから、私は夜会の招待状を吟味した。


 とにかく、三ヶ月後にはこの邸を出されてしまう。それまでに急いで再婚相手を探さないといけないからだ。


 何故かというと、亡くなった父のいないクインシー公爵家に半分だけ貴族の私と、単に母の子なだけのダニエルの居場所なんてあるはずもなく、私は現在の当主である兄からとんでもない男との再婚を命じられる可能性があるのだ。


 その前に、再婚相手を決めてしまっておけば、兄とて頷かざるを得えない。


 貴族は体面を気にする。再婚相手を既に決めてしまってからだと、あまりに他の縁談を強引に話を進めれば、その人から貴族社会に伝わり評判が悪くなってしまうかもしれないからだ。


 こずるい作戦かもしれないけれど、とにかく私は一刻も早く、次の再婚相手を探して兄からの命令を無効化出来るようにしなくては……華やかに思われるかもしれないけれど貴族令嬢など、当主の政略結婚の道具でしかない。


 私だって自分の立場は、ちゃんと理解しているのだ。


「おい」


 真剣に夜会の招待状を吟味していたら、突然背後から声を掛けられ、私は驚き過ぎて飛び上がりそうになった。


「……わ! もう、ダニエル。驚かさないでよ。私いま、すっごく真剣なのよ!」


 これから先の人生がかかっていると言っても過言ではないというのに、真剣に招待状を選ぶ妹に何をしてくれると睨めば、ダニエルは悪気ない顔で両手を挙げていた。


「ごめんごめん。いや、クラウディアには伝えておいた方が良いかなって、そう思うことがあってさ」


「何なの?」


 私は大したことがなかったら許さないと言わんばかりに視線を強めれば、ダニエルはへらっと笑って頭を掻いていた。


「……なーんか最近、ジャレッド様は不機嫌で、ピリピリしてて小さなことで怒るから、使用人を困らせているらしいよ。皆、戦々恐々としているらしい」


「あら。そうなの? 何か気に入らないことでもあったのかしらね」


 ジャレッド様の機嫌など無関係の私は肩を竦めて、手に持っていた招待状へと目を戻した。


「いや、それって……わかんない? 何か、感じない? 俺は感じるんだけど、ビンビン感じるよ。クラウディア」


 楽しそうなダニエルは私の肩を叩いたけれど、彼の方を見なかった。


「はあ? もう、ダニエル。気持ち悪い。そういう下ネタ止めてよね。本当に気持ち悪いの。あのね。妹の目から言わせてもらえれば、いくら外見が良くても許されない程度の気持ち悪さよ。私とずっとくっついているわけにもいかないんだから、ダニエルも夜会で未亡人でも引っかけたらどう?」


「はああ。そうだな。そういう手があったな。そうするか……けどなー、なんかなー」


 ダニエルは独り言をぶつぶつ言っていたけれど、肉親の気安さで私はそれを完全に無視をした。


 実の兄の恋愛事情なんて、妹からすると生々しくて知りたくもない。連絡事項があるとするならば、付き合いましたと結婚しましたの二回程度で良い。


 ……うーん。この夜会であれば、主催者の伯爵は手広く商売をしていて商人たちがたくさん来るし、血統主義の男性は少ないかもしれない。


 今夜には招待状に返事を書いて……夜会用ドレスも用意しなくてはいけないわね。ジャレッドとの離婚までにすべきことが一杯有りすぎて、本当に目がまわりそうだわ。



◇◆◇



 夜会ともなれば、夫婦同伴が常識だけれど、一人での参加だってままある。火遊び相手を求める夫婦も良く見る。


 私はマクティア侯爵家を口上されて会場へと入り、主催者である伯爵と挨拶を交わして、周囲をチラチラと確認した。やはり思った通り、今夜の夜会は生粋の貴族ばかりではない。


 そうなれば、半分の貴族の血しか持たない公爵令嬢にも価値があると見て、結婚相手に選ぶ男性も多いはずだわ。


 私は目論見通りと、ほっと息をついた。流石に夜会へ護衛騎士同伴というわけにもいかない。ダニエルはダニエルでクインシー公爵家の遠縁として入り込んでいるはずだ。


 さて、知り合いを見付けて誰かを紹介してもらわねば……一人身分の高いとっかかりになる人物が居れば、そこから繋がっていくはずよ。


 ……あら。信じられない。


 あそこにいらっしゃるのは、私の夫ジャレッド様ではないかしら?


 私が形ばかりとは言え、夫を見間違えるはずもない。どうやら、彼も私に気が付いたようで、こちらへと近付いて来た。


 ……どうしてかしら。ジャレッド様は夜会は、あまり好きではない。だから、私も結婚してから、数回しか彼と同伴していない。


 それなのに、平民の商人も呼ばれるような夜会に彼が用事なんてあるはず……。


「……クラウディア。君が夜会なんて、珍しいね。しかも、一人で」


 ジャレッド様の美しい金髪は照明の光を弾いて、間近でそれを目にするとなんだか目が眩みそうになった。


 夜会で既婚者が一人で居るということは、火遊びの相手を求めているという意味になり……いえ。私の場合は、真剣に再婚相手を求めているのだけど、そういう異性を求めているのだろうという目で見られてしまうことは仕方ない。


 ……誰のせいだと言いたいところを、ぐっと飲み込み、私は肩を竦めて手に持っていたワインを口にした。


「あら……私に何かご用ですか?」


 三ヶ月後に離婚する妻だというのに、何の用もないだろう。そういう気持ちを込めて言えば、ジャレッド様の緑の目には傷ついた光が見えた。


「……まだ夫婦なのだから、質問する程度の会話は許されるのでは?」


 確かに私は離婚宣告を受けたとは言え、ジャレッド様の邸に住み、彼のお金で生活をしている。ちなみにこのドレスも彼のお金で作った。


 結婚時には父に持たされた持参金があったとしても、それは、離婚時には返して貰うことになる。ジャレッド様の言い分は、もっともだった。


「そうですね。私が一人で夜会に来るのは、とても珍しいですわね」


 彼の言う通りなので、それには、一応同意しておいた。ジャレッド様の望んだ答えではなかったせいか、彼はよりムッとした表情になっていた。


 ……何が言いたいのかしら。まったく考えが読めずに、私は戸惑った。


「今夜はどうするつもりだ? 別に宿泊してくると言ったらしいが」


 ああ……そうだった。会場が遠方であったので、私はお気に入りの別荘に泊まることにしたのだ。


 離婚してしまえば、二度と宿泊することもないのだから、最後の別れにと思っただけだった。


「今夜は、別荘へと泊まろうかと……ええ。離婚の時にいただけなかったあの別荘ですわ。私が、あの別荘を気に入っていることは、ジャレッド様もご存じなのでは?」


 開き直って私がそう言うと、ジャレッド様は気に入らない顔をして黙り込んだ。


 ええ。貴方が手切れ金代わりにもくれなかった、あの別荘ですよ! 私はとても気に入っているんです!


「……では、僕も共に泊まろう。それで良いだろう? 主催者に挨拶は済ませたのか?」


「え? ええ。それは構いませんわ。挨拶は早々に済ませました」


「……そうか、僕はまだだから、少しここで待って居てくれ」


 爵位は上とは言え、夜会の主催者へ挨拶をしない訳にはいかない。ジャレッド様はいそいそと進み、私は手持ち無沙汰になりその場に留まった。


 ……しかし、離婚間近とは言え、現夫の前で再婚相手を吟味するわけにもいかない。それが出来る人も居るかもしれないけれど、私には無理なだけだわ。


 ……一体、何なの? 三ヶ月後に、別れると言ったくせに。それも一年間もほったらかしだった癖に。


 夫の考えが読めず私はイライラとしながら何杯かワインを呷り、そこを止めるような手が現れた。


 ジャレッド様だ。こうして見ると、私の夫は本当に姿が良い。素敵な男性だ。完璧と言って良い。


 ……妻の私に冷たいことを除いては。


「……クラウディア。君は酒にあまり強くないのでは?」


 私はそこで、どうしても抑えきれずにイラッとしてしまった。


 ジャレッド様は私との夫婦関係をもうすぐ終わらせようとしている。だというのに、私の行動について何かを言う権利などないのに。


「一体、何なのです。私はもう……貴方にとって、何の価値もない存在なのでは?」


 そうでなければ、離婚宣告などしたりしないはずだ。私は覚悟を持って彼を睨めば、不意に視線を逸らした。


「クラウディア……君のお気に入りの護衛騎士は、そこでお楽しみのようだが」


 ジャレッド様の視線の向ける方向を見れば、確かに胸元をだらしなく開いたダニエルが色っぽい未亡人らしき女性へ気障っぽく言い寄っていた。


 頬にキスをされて、それを仕返して……こんな所で、みっともないわね。


 わ……もう、本当に気持ち悪い。ダニエルは幼い頃から女性にだらしない兄だとわかりつつも、肉親のこういう姿を直視するには、キツいものがあるわね。


「……ああ。別に勤務時間外は、知りませんわ。彼にだって、楽しむ時間は必要でしょう」


 私は素っ気なく目を背けながら、そう言った。だいだい、妹は兄の女遊びなんて見たくないものだ。


「クラウディア……気にならないのか」


 ジャレッド様はなおもしつこく聞いたので、私はムッとして答えた。


「しつこいですわね! ……なるわけないですわ。兄の恋愛事情など! 出来れば知りたくもないし、まったく見たくもないですわ!」


「そ……それもそうか……兄?! 兄だと!」


 私の言葉を聞いて一時納得して頷いたジャレッド様は、目を見開き驚いて顔を上げていた。


 何を驚いているのかしら。


 護衛騎士ダニエルは、私と半分血が繋がっていて……それで、正体は明かせないけれど護衛騎士をしていることは……。


 あら……言ってはいないかもしれないわね。だって、ジャレッド様は結婚する前は仕事が忙しく、ほとんど会えなかったし、結婚後はとてもとても冷たい対応が続いた。


 そんな人に、兄ダニエルの素性を明かす必要などはなかったのよ。


「はい。あれは、私の父違いの兄なのですわ……知っているでしょう。私の父は未亡人の踊り子を後妻に迎えたと……ダニエルは母の連れ子で、半分血が繋がった兄なのですわ。なので、今夜どこの未亡人と火遊びを楽しもうが、私の知ったところではないですわね」


 吐き捨てるように言い、もう一度チラッと不肖の兄を見れば、ダニエルは女性の肩を抱いてどこかに消えていこうとしていた。


 ……私と同じ馬車で来たくせに、どうやって帰るつもりかしらね。ダニエル待ちなんて、絶対にしないわよ。


「クラウディア……君と話したいことがある」


 なんとも言えない気持ちでダニエルの背中を見ていたら、肩を叩いたジャレッド様は真剣な眼差しで私にそう言った。


「はい? ……あの、何でしょう?」


 ……一体、何の話なのかしら。


 三ヶ月後には離婚する予定の妻になど、特に話すこともないでしょうに。


「いや、そうだな。場所を移しても? 今夜は別荘に行くつもりだったのだろう?」


「え? ……もちろん、構いませんが、今日は旦那様が宿泊されると聞いていないので、お迎えの準備に手間取るかもしれませんよ」


 いくら多くの財産を持つマクティア侯爵家と言えども、常には使用しない別荘へ割く使用人はそう多くはない。


 それは管理もする現当主であるジャレッド様ご本人が、一番に理解していることだろう。私は先んじて宿泊することを伝えているけれど、ジャレッド様の使用する寝室など十分な出迎え準備は整っていないはずだ。


「ああ。それは僕も理解している……とにかく、ここから帰ろう」


 来たばかりだと言うのに、どうしたのかしら。私は不可解な思いを抱きながらも背中を押した彼に従い、会場を後にすることにした。


 火遊び中の不肖の兄ダニエルは、徒歩ででもなんとかして帰って来るはずだわ……多分。



◇◆◇



 別荘は私が今夜泊まることを先触れしていたので、準備は整っていた。けれど、ジャレッド様の姿を見て使用人たちは慌てて準備をしに行ったので、彼の部屋の準備もほどなく整うだろう。


 ジャレッド様は私の使う部屋へ自然に通され、ソファへと腰掛けたので、窮屈な夜会用のドレスから早く着替えたい私はふうと大きく息をついた。


 ……良いわ。ジャレッド様の話とやらが済んだら、すぐに着替えましょう。


「……なあ。クラウディア。君と結婚して一年になるな」


「ええ……そうですわね。なんだか、長かったようで早かったような……不思議なものですわ」


 私は窓の近くに立ちジャレッド様と目を合わせた。私たちがこうして話すなんて、今更のようでいて、なんだか不思議なものだった。


「どうして、僕に離婚の理由を聞かなかった。君は僕に何も聞かないな。クラウディア」


「まあ……聞いたところで、何になるでしょうか。ジャレッド様。ジャレッド様が私と離婚したいというなら、それは決定事項。私にはどうすることも出来ません。離婚理由を聞いたところで、何が出来るでしょうか」


 私が『普通の』公爵令嬢であれば、また違ったかもしれない。けれど、私は半分の血しかクインシー公爵家の血を持たぬ半端者。実父は亡くなり、義兄様は私をあまり良く思っていない。


 強力な後ろ盾がない……何をどうすれば良かったと言うのかしら。


「何も聞かれなければ、何も言えない。クラウディア。僕が君について大きな誤解をしていたと言うと、君は驚くだろうか」


「……? 何のお話ですか。ジャレッド様」


「君の護衛騎士についてだが、僕は君に近しい人物であろうと思って居た」


「ですので、兄ですわ……その、どういう意味なのですか?」


「だから、僕は嫁ぎ先へ愛人を連れて来たのだと思ったのだ!」


「はっ……え?」


 いきなり、この人は何を言い出したのかと思った。


 そして、ジャレッド様がダニエルのことを兄だったのかと、驚いていたことを思い出したのだった。


 ……ダニエルが愛人に見えた!? ですって! そして、それを誤解していたですって!?


 もしかして、結婚式の時から?


「待って下さい。あり得ないですわ。だって、護衛騎士ですし何も……そう、そんな関係ではなかったですもの」


 絶対に、そんな関係ではあり得ない。だって、ダニエルは私の兄で、恋愛関係になどなるはずがない。


「……結婚式にも、護衛騎士と、親しそうにしていただろう! それに、君は初夜に行かなくても、僕に何も尋ねなかった。だからその方が、君にとって都合が良いと思ったんだ……」


 ジャレッド様は頭を抱えて項垂れた。どう見ても、自尊心(プライド)の高そうなこの方が、こんな風に不安そうにするなんて……私だって、今まで見た事が……なくて……。


「な、なにをおっしゃっているのです! 初夜に夫に来て貰えなかった妻が、何を聞けるというのでしょうか。私の立場は! ……ジャレッド様だって、良くわかっているのではないですか? 私はもう……実家になんて、戻れないのです」


「わかっていた。わかっていたが……そういう女性なのだと思った。別荘をもらいたいというのは、あの護衛騎士と移り住むことが目的だと思ったのだ」


「なっ……!」


 私はここでそれは違いますとも言えなかった。実の兄なのだから、ジャレッド様と離婚して別荘を貰えば一緒に住んだだろうと思うからだ。


 ええ。それは、その通りね。


「ああ……実の兄だと! なんということだ」


 ジャレッド様は顔を覆い、悲壮な嘆きを口にした。


 ……そして、流石の私もここまでの話の流れで、彼が何を言いたいのかと理解は出来ていた。


「あの、ジャレッド様。ダニエルが愛人だと思ったから……私にこれまで冷たくしていたのですか?」


「……冷たくしていたつもりはない……ただ、愛人を連れ込むなどとふざけるなと思って居たのは、事実だ」


 私の言葉通りで合っているでしょう。


「ですから、兄ですわ。兄です。半分ですが血が繋がっております。ですが、肉親は護衛騎士とおおっぴらには言えません。それは、ジャレッド様も知っての通りでは?」


「君たちは……兄妹と言うには、あまりにも似て居なさすぎるだろう」


「それは、仕方ありません! 兄は父に似ているので、私は母似で、似ようがありませんもの!」


「ならば、離婚については、僕が勘違いをして悪かったので一旦取りやめてくれ!」


 言い合いになった私たち二人はそこで、ようやくお互いに真っ直ぐ見つめ合った。


 ……ああ。そうか。ジャレッド様はダニエルのことを、私の愛人だと誤解していたのだ。


 だから、初夜にも来なかった……おそらくは、私はあの日に……何故、来てくれなかったのですかと私が聞けば、そうすれば、私たちこんな風にすれ違うこともなく居られたの?


 私も悪かったと思う部分はある。


 ジャレッド様は私に物言いたげだと思った時も、見て見ぬ振りをした。


 そして、私たち誤解し合ったまま一年間が過ぎて……お互いに向かい合うこともままで、そのまま離婚してしまうところだったのだわ。


 なんて……悲しいすれ違いかしら。未遂で済んで良かったわ。


「……その、ジャレッド様。幼い私にとって、ジャレッド様は、救いの王子様に見えたのです。貴方と結婚する日を待ち望んでいました」


「……クラウディア」


「ダニエルを私の愛人に間違われたなんて、驚きましたけど……けれど、私たち一年間ずっと二人で意地を張ったままだったのですね」


「ああ。そういうことだ。驚くべき事実だが」


 私が彼へと近付くとジャレッド様は私の手を取って、いきなり横抱きにした。


「……っえ?」


 もちろん、私たちはずっとそういう関係ではなかったので、こんなにも彼の顔が近くになるのは初めて。


「クラウディア。君を愛している。愛人のことを確かめられずにいたことは、おそらくは君への好意があるために、それを軽々しく確認出来なかったんだ……今では、それを悔いている」


 ジャレッド様の吐息を感じるまでに近付き、顔に熱が集まってきた。


「……私たち二人とも意地っ張りですけど、似たもの同士で……ええ。きっと、相性が良いのですわね」


 二人とも同じように意地を張って、確認することを避けていたのだから。


「ああ。くだらぬ意地を張らずに、君にあの護衛騎士は誰なんだと……そう言えば良かったよ」


「まあ、あれは兄ですわ……で、終わってしまいますわね。ふふふ」


 私たちは顔を近くして微笑み合い、翌日遊び疲れたダニエルが別荘へ帰り付いた時にも、ずっと仲良くしていたのでした。


Fin

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