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五年後の連立方程式

作者: 星賀勇一郎
掲載日:2025/10/13






「ねぇ、この問題わかる……」


君がそう言った時の僕にかかった吐息、今でも覚えているよ。

僕は君が指さす問題も見ずに、わからないって言ったよね。

でもね、それはもっと君の吐息を感じ取っていたかったからなんだ。


「これってさ、葛原が言ってたあの解き方で解けるのかな……」


君が綺麗な字で書いたノートをパラパラと捲っていくのがすごく絵になって、僕は君を見てた。

そう、僕は君をずっと見ていたかったんだ。


「葛原の授業って解りにくくない。私、本当に葛原の数学嫌い」


僕は仕方ないよって言ったけど、実は僕も同じ様に思ってた。

けどね、僕はどうしても君の前では大人ぶって格好つけていたかったんだ。

だからあまり君に同調した事はなかっただろう。


こうやって二人で勉強する時間が僕は本当に好きだった。

君の唇の動き、君の瞳の潤み、君の髪の香り。

それだけを僕はその二人の時間に求めていたのかもしれない。


でも、何故そんな大切な時間を僕は壊してしまったんだろう。

今でも後悔しているんだ。

あの日、君に言ったあの一言を……。







「ちょっと休憩していくか……」


木下先輩の声で、僕は我に返る。

トラックはゆっくりとサービスエリアに入る。


「腹減ったろう……。ラーメンでも食おう。ここのラーメンは結構いけるんだ」


トラックはアスファルトに浮く油混じりの雨水を巻き上げながらサービスエリアの駐車場に停まった。


木下先輩が雨に濡れないようにフードコートへの扉へと走る。

僕もその後を追いかける。


フードコートへ入ると木下先輩は自動販売機で二人分のラーメンの食券を買って僕に渡してくれた。

僕は先輩に礼を言ってそれを受け取る。


すぐにカウンターから番号が呼ばれ、木下先輩と僕はラーメンをトレイに乗せてテーブルに座った。

冷えた身体には温かいラーメンはこの上ないご馳走だった。


木下先輩はその甘い香りのする醤油ラーメンにありえない程の胡椒をかけ、割り箸を割った。

先輩が渡してくれた胡椒を僕は二振りだけかけてラーメンをすすった。


「な、なかなか美味いだろ」


木下先輩は満面の笑みで僕に微笑む。

僕は先輩に頷いて、ラーメンを食べる。


「この仕事してて、楽しみなんて美味いモン見つけて食う事くらいしかないからな……。ここのラーメン。この先のサンドイッチ、いつも食うあのソフトクリーム。本当はそんなに美味くないけど、サービスエリアで食うから美味く感じるのか、美味いけどサービスエリアだから知られてないのか……どっちなんだろうな」


先輩はそう言って身を乗り出した。


「お前、学者の卵なんだったらその辺の答え出せるだろう」


そう言うと悪戯っぽく笑う。


そんな難しい事、僕には答えなんて出せない。

少し困っている僕の表情を見て、木下先輩はくっくっくと笑った。

この笑い方は木下先輩の癖だった。


「冗談だよ。ほら、早く食え……。ラーメンと女はさっさと食っちまうに限る」


先輩はズルズルと音を立てて麺をすすった。

僕はその先輩を見ながら湯気の立つラーメンをすすった。


学者の卵。

そう言われると聞こえも良い。

だけど、本当はそんな良いモノではなく、数学者になりたくて大学院に残っただけの普通の男。

数学が好きだった訳でもない。

ただ、一つしかない答えに向かって数式を並べて行く。

そんな行為が自分には合っている気がして。

でも、それだけでは食う事もままならず、長距離トラックの横乗りのバイトをやっている。

この木下先輩と組んで、トラックに乗り、週に三日程超距離を走り、荷物を運ぶ。

トラックの運転が出来る訳でもないので、木下先輩の話し相手になるのが僕の仕事だったりする。


食べ終えた二人分のラーメンの器を返却口に返して、サービスエリアの中にあるコンビニに入る。

木下先輩はコンビニの籠に缶コーヒーとピーナッツを放り込んでいた。

木下先輩は運転しながらピーナッツを食べる。

モノを噛んでいると眠くならないらしい。


「何か欲しいモンないか」


先輩は僕の横に来て小声で訊く。

僕はその気遣いに礼を言って、首を横に振った。


「遠慮するなよ。お前が居て俺は助かってるんだから……」


先輩は僕を肘で突くと、無作為にお菓子の類を籠に放り込んでレジに向かった。

深夜のサービスエリアのコンビニには殆ど人も居ない。

すぐに会計をして先輩はコンビニの電子マネーで支払いをした。


二人で雨の中をトラックまで走り、乗り込む。

肩に付いた雨粒を払うと、先輩はコンビニの袋から買ってきたモノをドリンクホルダーに置いて、袋をシートの後ろに付けたフックに掛けた。


「俺たちみたいに一年中、走り回っているドライバーはコンビニのポイントも良く貯まる。こんなデカい箱転がしていると飯なんてコンビニくらいでしか食えないしな……。高速乗ってるとサービスエリアで温かい飯が食える。それだけが楽しみなんだよ」


木下先輩は僕に微笑むとエンジンをかけた。


「さあ、一気に行くぞ。ションベン……大丈夫か……」


僕は頷くとシートベルトをかけた。

トラックはゆっくりと走り出し、本線へ出た。

トラックにはタコメーターという走行を記録する機械が付けられていて、速度超過などの記録が残る。

木下先輩もそのせいでスピードが出せないと常に文句を言っている。


「時速百キロで走ると六百キロの距離は六時間で走る事が出来る……。それは算数の上の話だ。実際には休憩も取らなきゃいけないし、渋滞も信号もある。六百キロを走るのに九時間はかかる。それが俺たちの計算。数学ばっかりやっているお前の計算とはズレがあるだろう」


先輩は僕の方をチラチラと見ながらそう言う。


確かにそうだ。

数学上では時速百キロで走れば六百キロの距離は六時間。

しかし現実はそうではない。

トラックに乗ってみて初めて分かった事で、それ以前は六百キロは時速百キロで六時間としか思っていなかった。


僕は雨の打ち付ける窓の外をじっと見つめた。







「AからBへ時速一キロで移動する箱にCの地点でボールを入れる。ボールを箱に入れる準備をするのに八分かかるとして、いつの時点でその準備を始めたらいいか」


君はシャープペンシルの先をトントンとノートに落としながら、その問題を読み上げた。


「この問題さ……。数学の問題なの……」


僕は君の怪訝な表情を見て少し笑ったね。


「だってさ、前の日に準備していれば、箱がスタートする時には既にボール入れておけるじゃない」


君の言う事はもっともな事で、間違っていない。


「こんな問題出す方がおかしいんだよ……。きっと」


君はそう言いながら、解答欄に「前日の夜」って書き込んでたね。

僕はそれがおかしくて声を出して笑ってしまったよね。

君はそれが気に入らなかったのか、僕に「馬鹿にしてる」って少し膨れてたよね。


君と僕が知り合ったのは高校に入学した時。

その時点で僕は君とこうやって一緒に勉強するなんて考えてもみなかった。

それどころか当時の君は僕の事を避けてたしね。

たまたま三年間クラスも一緒で、やっと話す様になったのも三年生になってから。

あからさまに嫌われている事もわかってたし、僕から話しかける事なんてないし、一緒に勉強しようって言われた時は本当に驚いたよ。


高校に入ってから卒業まで。

好きな相手に告白しようとする。

その場合、入学前から告白の準備ってするのかな……。


僕は意地悪な質問を君にした。

ノートにシャープペンシルを走らせる君の手が止まった。


「うーん……。その場合の好きな相手ってどんな人……。勉強できる人……。スポーツマン……。イケメン……」


君は身を乗り出して僕に訊いた。

その場合、彼女の聞いて来る要素が数学的なモノでない事は予測できた。

ちなみにその三つの要素を僕はどれ一つ持ち合わせていない。


「そうか……。恋愛ってのも方程式なんだ……」


僕はそれを否定しようとしたが止めた。

恋愛が方程式なら答えは一つしかない。

それって恋愛がもっと単純になるって事に繋がる気がした。


「告白するタイミングってあるじゃんか……。女の私からだとバレンタインをメインにして、相手の誕生日とか……。クリスマス前とか、夏休み……冬休み……春休み……。卒業前ってのもあるかな……」


そんな話をする二人を、広げた数学の問題集が笑っている気がした。


「あ、って事はさ、もうそのチャンスもそんなに残っていないって事じゃんか……」


彼女は声を上げる。

僕は静かな図書館で周囲を気にして、唇に指を当て君に静かにするように言ったね。

君もそれに気付いて、肩を竦めてた。


僕はそんな君がおかしくて俯いて声を殺しながら笑った。







「何をニヤニヤしてるんだよ」


木下先輩はチラチラと僕の顔を見て言う。


僕は何でもないと言うと、缶コーヒーを飲んだ。


「何でもないって事は無いだろう……。何だ、女の事か」


先輩は袋からピーナッツを掴むと口に放り込んだ。


「若いんだから、女の事考えて当然なんだよ……」


そう言うとそのピーナッツを甘い缶コーヒーで流し込む。


「そう言えばお前、彼女いるのか」


僕は首を横に振っていないと答えた。


「そうだよな……。彼女いたらこんな長距離トラックの横乗りなんてしてる時間ないわな……。トラック乗ってる時間があるなら彼女に乗れってな……」


合間に挟んで来る木下先輩の下ネタにはいやらしさが無い。

それも先輩の人柄なのかもしれない。

僕は笑った。


「もうすぐバレンタインだって言うのに、チョコレートなんか期待出来ないか……」


僕はそれに答える事もなく、また窓の外を見た。

山間を走る高速道路は、雨がいつ雪に変わってもおかしくなかった。







「バレンタイン……」


突然君が口を開く。

僕はゆっくりと顔を上げた。


「もらった事あるの……」


僕は目を伏せて首を横に振り、母と妹からしかもらった事が無い事を君に言ったね。


「じゃあ、私が今度あげるよ」


ニコニコしながら君は僕に言うけど、それって義理チョコってヤツだよね……。


今年のバレンタインは受験だから難しいよって君に言うと、君は少し考えて、顔を上げた。


「じゃあ、五年後」


僕は首を傾げて訊き直す。


「うん。五年後……。五年後に渡すよ」


君の満面の笑みに、どうして五年後なのか……それを聞く事も出来なかった。






トラックはゆっくりとその倉庫の中に入って行く。


木下先輩と僕はトラックを降りて、荷台のロックを外した。

先輩がリモコンを操作しながら荷台を開いて行く。


「すまないね。こんな時間に来てくれなんて言うと嫌な顔されてね……」


倉庫の担当者が木下先輩にそう言う。


高速道路を下りた頃に雨は雪に変わった。

倉庫の屋根の間から雪が吹き込んでくる。


「荷下ろししこっちでやるから、中で休んでて……。温かいコーヒーでも入れるよ……」


そう言われて、先輩と僕は事務所の中に入った。

大きなやかんの乗せられた石油ストーブが狭い事務所の中を暑い程に暖めていた。


小さな窓からトラックヤードを見ていると分厚いジャンパーを着た老人がフォークリフトでトラックの荷台から積荷を手際よく下ろし、コンベアに乗せて行く。

僕はそれをじっと見つめていた。


「こうやってな、俺たちが運んだモノは誰かの手に届く。誰かの役に立ってるんだよ、俺たちの仕事もな……」


木下先輩は横に立ち、コーヒーのマグカップを僕に渡した。

僕は小さく頭を下げてそれを受取り、また窓の外を見た。


「仕事ってのはさ、誰かの役に立って初めて仕事なんだと俺は思っている。俺たちが運ぶ、お菓子もジュースもトイレットペーパーも、豚の餌や牛の餌だって……。誰かの役に立つんだよ」


しみじみと言う先輩の言葉が心地よく聞こえた。


「お前のやっている数学だって、誰かの役に立つんだろう……。俺は学が無いから分かんねぇけどさ。何かのためにそんな研究をしてるんだろう」


木下先輩はそう言って振り返ると伝票を受取り胸のポケットに捻じ込んだ。


僕は自分のやっている数学が誰かの役に立つなんて、正直一度も考えた事は無かった。

ただ自分がやりたいから数学を研究する。

そんな感覚しかなかった。


僕は、何のために数学者になろうとしているんだろうか……。






木下先輩は珍しくトラックのカーナビから音楽を流した。

聴き慣れない音楽だった。

先輩は僕の顔をチラチラ見ながら微笑む。


「スライ・ストーン」


僕は先輩の横顔を見た。


「知らないか……。スライ・ストーン」


スライ・ストーンどころか木下先輩がこんな音楽を聴く事さえも初めて知った。

僕は首を横に振った。


「有名なソウルシンガーなんだけどな……。まあ、もちろん俺もリアルタイムで聴いた事なんて無いけどな……」


高速道路を走るトラックはフロントガラスに当たる雪を急ピッチにかき分けていた。


普段から音楽なんてあまり聴かない僕は、ノリノリでスライを聴く先輩の姿がおかしくて微笑んだ。


「当時はさ、アメリカも人種差別が酷くてさ、その中で黒人のスライはバンドのメンバーに白人を入れて、人種の垣根なんて取っ払おうとしたのさ。それ以前に、白人のメンバーも黒人のスライに惚れ込んでさ……。ただスライは人種がどうのなんて事を言いたかった訳じゃなくて、ただ、めんどくさい事は考えないで良いじゃないかって……。スライからしたら好きな音楽やってりゃ同じで、難しい事は難しい事を考える奴に任せておこうってなもんでな……」


先輩は雪道を慎重に走りながら、話してくれた。


「同じだよ。こんな荷物を運ぶような単純な仕事は俺たちに任せて、お前はお前にしか出来ない難しい事を考えておけって事だ」


僕は木下先輩の言う事がわかった気がした。

そして思い出した。







「あーやっぱりダメだ……。私には数学は無理だわ……」


君はそう言うと広げたノートの上に顔を伏せたね。


どうしたのって僕が訊くと、君は、


「私、数学向いてないみたい……。答えが一つだけしかないってところが特に……」


僕は煮詰まる君を図書館の外に連れ出して、自販機で冷たいジュースを買い渡した。


「世界史が苦手だから数学でって思ったけど、やっぱり世界史の方がまだ頭に入るかもしれないわ……」


君は図書館の前の公園で遊ぶ子供たちを目で追っていた。


「数学なんてさ、社会に出たらそんなに使う事もないし、受験のためだけにこれをやるって地獄だよ……」


君は項垂れてベンチにストンと座ったね。

僕はそんな君が可愛く見えて仕方なかったんだ。


「こんな難しい事は、それに向いている人がやればいいんだと……思う」


君がそう言って顔を上げた時、僕は君との時間が終わってしまう気がしたんだ。


「明日から世界史やる事にするよ……。今から間に合うかどうかわからないけど……」


君は立ち上がってカップに残るジュースを一気に飲み干した。







「君が言う様に、答えは一つじゃないさ。君は君が思う様にやればいいさ……」


僕はその日、君にそう言ったね。

そしてそれが君と話した最後の言葉だったんだ。






目が覚めると、窓の外は見慣れた風景だった。


「やっと起きたか……。横乗りで眠られちゃ適わないな……」


木下先輩は高速道路を下りながら寝てしまっていた僕に嫌味を言った。


「会社には内緒にしといてやるから、事務所着いたらコーヒーおごれよ」


そう言うとくっくっくと笑っていた。


トラックはゆっくりと会社の中に入り、いつもの場所にトラックを止めた。


駐車場には雪が残り、この街にも雪が降っていたのがわかった。


僕は事務所の中の自販機で温かい缶コーヒーを買って木下先輩に渡した。


「おう、さんきゅ」


先輩はそう言うと経理の女性に胸ポケットから出した伝票を渡していた。

そして振り返ると、僕の肩を力強く叩いた。


「お前……。もっと自分に合った仕事しろよ……。いつも頭使う事やってるから、何にも考えなくていい事したくて横乗りやろうって思ったのかもしれないけどさ……」


木下先輩は僕にニコニコ笑いながらそう言った。

けど、そこで表情を変えた。


「俺たちだって、この仕事を誇りを持ってやってるんだよ。偉い学者の卵の息抜きと一緒にされちゃ堪らんのだわ……。生き方に正解なんて無い。正解が無いだけに沢山の道がある。お前はその答えを出す事から逃げている様にしか俺には見えない」


木下先輩の手が僕の肩を強く掴む。


「悪いけど、今日でクビだ」


先輩は缶コーヒーを飲みながら事務所から出て行った。






僕は、朝早くにアパートを出て、研究室へと向かった。

研究室の外にある自販機で缶コーヒーを買い、誰も居ない部屋の鍵を開けて中に入る。

トラックの横乗りのバイトをクビになり、塾の講師のバイトの面接に行った。

その結果も今日明日中に出る予定になっている。


研究室に出て来たのは良いが、教授は今日も出てこない筈で、ひたすら自分の研究を進めるだけだった。


数学なんて社会に出たら役に立たない。

本当にそうなのかもしれない。

一緒に数学を学んだ奴らは教師になった者が多く、中には理系の会社の研究員として就職した者も居た。

僕は大学を出る時にその答えを出す事が出来ず、こうやってまだ大学に残っている。


答えなんて無いモノの方が多い。

それが僕にもわかった気がする。

バイトをクビになった理由も僕にはわからず、それも答えなんて無いモノなのかもしれない。


木下先輩が良く飲んでいた甘い缶コーヒーを僕も飲む様になった。

脳を使うには糖分が大事だと脳科学者も言っている。


何人かの生徒が研究室に入って来たが、数学なんてモンをずっと一人で研究しているせいか、誰も挨拶さえなく、一人でパソコンの前に座り、黙々と何かを入力している。


机の上の電話が鳴った。


「お客様が来られています」


受付の女性からそう言われた。


僕に客……。

何かの間違いだろう……。


僕はそう思いながら研究室を出てエントランスへと向かった。


受付の小窓を開けて女性に確認した。

エントランスにあるパーティションで区切られた打合せスペースにその客はいると言う。


僕は受付の女性に言われたそのスペースへと足を運んだ。

僕に客と言うのは間違い無いらしい。






そのパーティションの向こうを覗き込むと、そこには君が座っていた。







「久しぶりね……」


君はニコニコと微笑みながら僕に言う。

僕は照れ臭くて、目を伏せて頷く。

五年ぶりに会う君は少し……、いや、かなり大人になっていて、少し眩しく見えた。

嫌われたと思っていた君が五年ぶりに僕の前に座っている。

制服姿の君とは別人の様にも思えて、僕は緊張している。


「連立方程式の答えを……」


君は脇に置いた紙袋をテーブルの上に置いた。


「見てもらおうと思って……」


連立方程式……。


「やっと解けたの……。ううん……解けてたんだけど……ずっと前に」


僕はそのテーブルの上の紙袋を見た。

有名なチョコレートブランドの袋だった。


そうか……。

バレンタインか……。

そして、あれから五年目の……。


「約束の五年……」


君はそう言って冷めたお茶を口にした。


僕は小さく何度か頷くと、約束の「義理チョコ」を受け取り、礼を言った。


君は一浪して大学に入り、今年卒業した事を僕に話した。

仲の良かった子が僕と同じ大学に居る事で、僕がどうしているかを知っていた事も教えてくれた。


一時間くらいかな、久しぶりに君と話をして、君を学校の門まで送る事にした。


二人でこうして歩いている事が五年前を思い出させた。

そして最後に君に言った言葉が何度も何度も頭の中でルフランする。







「君が言う様に、答えは一つじゃないさ。君は君が思う様にやればいいさ……」







「じゃあ……」


君は頭を下げると歩き出した。

僕はその君の背中をじっと見つめていた。

このまま僕の前から消えてしまう君……。

それは僕の中の正解なのか……。







「待って」


大声で君の背中に叫ぶ。

そして無意識にグレーのコートの君を追いかけた。

何度も「待って」と叫ぶと君は僕の声に気付き、足を止めた。


「どうしたの……」


君の笑顔はあの頃と変わらなかった。

息を切らす僕を支える様に手を添えると、君は白い息を吐きながら微笑んでいた。


「僕も……答えが出たんだ……。五年前の連立方程式の……」


僕は微笑む君の顔を覗き込む。

そして抱きしめた。


僕は君への最後の言葉を塗り替えようと思った。

それが正解だろうが間違いだろうが、そんな事はどうでも良い。


深呼吸をして君に言う。


「君が好きだ……」









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