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銘の者  作者: 笹暮崔
一章
8/31

8話 初任務 

 

 時雨日々生(しぐれひびき)の訓練は順調に進み、4月になった。時雨は大学を無事に卒業し、初任務の朝を迎えることとなる。


 出勤前、時雨は支給された特注の真っ黒のスーツに腕を通した。このスーツは特課専用仕様で、防刃防弾加工等が施された優れ物だ。といっても、万能ではないので過信するなと注意を受けている。全身を覆っている訳でもないし、銘力の前には無力な場合もあるのだろう。


 さらに時雨は、班長の流師善彦(ながしよしひこ)に渡された警棒も忘れずに装備した。内ポケットには警察手帳を忍ばせ、これで晴れて警察デビューだ。


(よし、忘れ物なし)


 初任務は副班長の白南風喜己(しらはえきき)と二人で、銘力者と思われる人物の調査を行うことだった。


 時雨は上司を待たせるわけにもいかず、予定時刻の10分前に特課ビルの前で白南風を待っていた。


 10分後、彼女は時間通りに現れた。


「お待たせ」


「いえ、僕も今来たところです」


「そう? 上から見てたけど、10分前には来てたでしょ?」


(見てたんだ……)


 特別対策課の待遇は良く、特課ビルには居住区画が用意されている。時雨も自室を用意してもらい、数日前からそこで暮らしていた。


 白南風は自室のベランダから、待機している時雨のことを見ていたんだろう。


「副班長をお待たせしてはいけないと思いまして」


「気遣いありがとう。でも、私のことは白南風でも喜己でも好きに呼んでくれて構わないわ。ヨシさんと違って変なこだわりもないし、あなたとは歳も近いしね」


「そうなんですか? なら、白南風さんと呼ばせてもらいます」


 歳は近くとも上司は上司。時雨はあくまで敬語で話すことにした。


「ええ、私も日々生くんって呼ばせてもらうわ。準備はできてる?」


「はい」


「それじゃ、行きましょ」


 二人が出発しようとしたとき――特課ビルから出てきた男に強めの関西弁で呼び止められた。


「お! なんやなんや、キキちゃん今から任務?」


 振り返ると、明るい声で陽気に話しかけてくる金髪オールバックの男がいた。彼は時雨達と同じ黒のスーツを着て、中にサスペンダーを付けていた。彼も特課の一員なのだろう。その男は高価そうな装飾品をいくつも身につけ、左手に銀色のアタッシュケースを握っていた。


「はい、今から新人と銘力者の調査に向かいます」


「あ、この子が噂のカエルくん?」


(カエルくんって……しかも、噂になってんのか)


 その男は目をキラキラさせて時雨を見つめてきた。


「日々生くん、この人は一班班長の……」


「お金大好き、油田金時(あぶらだかねとき)や! 名前が油田(ゆでん)て、石油王かってな! お金大好きマンにとっては最高の名前やで! どう? 覚えやすいやろ? よろしくな、カエルくん!」


 白南風の紹介を半ば強引に割り込み、独特な早口で油田は個性的な自己紹介を済ました。そして、時雨に握手を求めた。


「初めまして、油田班長。これからお世話になります。特課第二班時雨日々生です」


 時雨は握手に応じて、自身も自己紹介をした。


「そんなかしこまらんでいいよ! あぶさんでも、きんときでも好きに呼んで!」


(どこの漫画のキャラクターやねん……)


「油田さん、新人の身にもなってあげてください。困っています」


 少々ノリにクセがある油田から、白南風は時雨を守ってくれる。案外、白南風が油田のことを苦手なだけかもしれないが。


「なんや、キキちゃん。相変わらずつれへんなー。あ、せや、ええこと思いついた! 今から俺も二人に着いてく! な? ええやろ?」


「一班班長にわざわざ来ていただくような任務ではありません」


 白南風の不満げな態度など気にも留めず、油田は携帯を操作していた。


(一班班長って、そんなに凄いんかな。うちの班長と同等か、もしかしてそれ以上の実力者なんか?)


「もしもし、ヒコちゃん? 俺俺、かねとき。今日、ヒコちゃんとこの二人任務やろ? 俺着いてってもいい? いいよな? おっけい、ありがとう!」


 時雨と白南風の班長である流師に、要件だけを強引に伝え、油田はそそくさと携帯をしまった。


「ってことで、俺も着いてくことなったからよろしく!」


「もう……仕方ないですね。よろしくお願いします」


(白南風さんは、この強引さ大丈夫なんかな)


「よろしく! そうと決まれば、時間が勿体無い。さっさと行くで、着いといで!」


 そう言うと油田は、早足でズカズカと二人の前を歩いていく。


 油田の自由奔放さに困り顔の白南風は、絵画から飛び出してきたような優美さを漂わせていた。


「で、どこ向かうん?」


「はぁ……私についてきてください」


 呆れた顔で白南風が油田の前に出て誘導してくれた。


(初任務、この三人で大丈夫かな……班長が恋しい……)


 こうして、愉快な一班班長の油田を加えた三名で任務に赴くこととなったのであった。


 ***


「ここの商店街の近くに銘力者らしき人物の目撃情報があります」


 白南風の情報を元にとある商店街にやってきた三人。しかし、若干一名は仕事を忘れ、まるで遠足のようにはしゃいでいた。


「どうやって銘力者を探すんですか?」


「ま! まずは食べ歩きでもして、商店街を満喫しよや!」


「油田さん、任務ということをお忘れなく」


「はいはーい」


 どうやら、白南風の忠告も油田には届いていないようだ。副班長の彼女も他の班、ましてや班長クラスのコントロールはできないらしい。


「めっちゃいい匂いやん! おばちゃん、パン頂戴! 二人とも何食べる?」


「油田さん! 任務なんですよ!」


「時間もったいないでキキちゃん。即断即決や! 腹が減ってはなんとやら。ほら、二人ともどれにする? お兄さんが奢ったるで」


 どうやら、油田は言い出したら止まらない性格のようで、二人は注文するしかないようだ。


 商店街に面したショーケースに並ぶ商品は、どれも魅力的で美味しそうだった。


「私はメロンパン」


「僕はカレーパン」


「俺はお腹パンパン」


「「……」」


「なんかツッコんでや! そんなにおもんなかった!?」


「いいから早くしてください」


(正直、今のボケ好きやったな……でも、白南風さんはあんまりこういうの好きじゃないんか。それとも、真面目なだけかな?)


「キキちゃん、ほんまノリ悪いなぁー。おばちゃん! メロンパンとカレーパンとあんぱん1つずつ頂戴!」


「毎度あり! 3つで500万円ねぇー!」


「はい、おばちゃんこれ500万円」


 油田は持っていたアタッシュケースから帯付きの札束を五つ取り出し、店員に渡した。中には一億円ほどだろうか、実際に時雨はそんな大金を目にしたことはないが、それくらい入っているように見えた。


「なっ……兄ちゃん、冗談やんか!」


「アハハ! 知ってるわ! これも冗談やんか!」


「何してるんですか!?」


「これ、本物ですか……?」


「なんや二人ともこんな大金見たことないんか?」


 油田以外、パン屋のおばちゃんを含め一同は騒然とした。そのどよめきから商店街の注目を浴びてしまっている。額が額なだけに急いで油田にお金をしまわせた。


「そんなこといいから、早く戻してください!」


「おお、すまんすまん。はいこれ、500円」


「毎度おおきに!」


 少しトラブルはあったものの、無事に会計を済ませた。先ほど買ったパンを食べ歩きながら、三人は商店街を奥に進んでいく。


「もう、いきなりあんなところで大金を出さないでくださいよ。取られたりでもしたらどうするつもりなんですか」


「ん? まーでも、それが一番手っ取り早いと思うんやけどな」


「どういうことですか?」


 ドンッ! ダダダ!――若い男が油田の持っていたアタッシュケースを奪い、走り去っていく。


「あ、油田さん! アタッシュケース取られましたよ!」


 動揺する時雨とは裏腹に、油田は不敵な笑みを浮かべて答えた。まるで獲物が思惑通り罠に引っかかった様に。


「さあ、食いついたで。本命やとええけどな。追いかけるで二人とも」


「「はい!」」


 油田の目つきが変わった。気圧されるように二人は自然と返事をしていた。


 時雨と白南風は顔を合わせて、先に走り出した油田の後ろにつく。飄々としている印象の油田だが、底知れない雰囲気を時雨は感じ取っていた。


(まさか、これが油田さんの作戦? これで、銘力者を見つけだすんか……?)


 一抹の不安を抱え、アタッシュケースを奪った男を三人は追いかけていく。




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