反撃開始
有田と流師の会話に、度田は痺れを切らした。有田に掴まれていたシャツの裾を振り払い、抑えていた衝動を解き放つように叫んだ。
「どうでもええ。
んなもんどうでもいいんや!
血が俺を待ってる!
肉が俺に呼びかける!
殺す、殺すコロスころす!!!
やらせろ。もっと俺にやらせろやあ!」
そう言いながら、度田は流師へと走った。
有田にも、誰にも、口を挟む余地を与えず、血肉踊るところへと走った。
度田に振り払われ、行き場を失った手で髪をかき上げながら、有田も口を開く。
「はぁ、分かった分かった。好きにせえや!
なんか俺もメタメタにしたい気分やし!」
有田も度田の隣を並走した。
向かう先は同じ。
流師の元へ。
“アウェイキング”の策略により、流師は銘力を存分に使えない。操作できるのはスキットルから出したコーヒー、200ml。一息に飲み干してしまえそうなほどに心許ない水量。それをさらに、半分に分けた。一方を度田に、もう一方を有田に。流師の意のままに動くそれらは、彼等二人の決定打を確実に防いでいた。
――よくも私の部下を馬鹿にするような言葉を。
流師は、警棒を使った体術で二人の攻撃を凌ぐ。“シロガネ”を使用して銘力を増強した二人。そんな彼等の左右から挟みこむような攻撃を、洗練された体術によって、流師は見事に捌いた。
――よくも彼等の努力を嘲笑うような真似を。
不幸中の幸いだろうか。数的有利をとっている度田と有田であったが、意思疎通はおろか、連携をとらない。互いが思い思いに、ただやりたいように、奥底から込み上がる破壊衝動のまま暴力を振るっていた。
度田はまるで思考を放棄したように、本能的な攻撃をするが、単調。ナイフによる死に直結する一撃を、操る液体で防げば造作もなく。流師は容易く彼の手を読み、さらに自身が次の動作に繋げやすいよう、度田の攻撃を誘導していた。
――こんな攻撃。今の時雨君なら……!
有田は言動から想像ができないような、基本に沿ったキックボクシングの動き。身体に染み込んだ動作を無意識に行う。しかし、あまりに忠実であり、彼の座右の銘“有言実行”のデメリットである行動の宣言のおかげで、流師は有田の攻撃も難なく処理していた。
――この程度の体術。白南風君の足元にも及ばない……!
度田と有田は、銘力とシロガネにより身体能力を向上させていた。そんな二人の攻撃を、馬鹿正直に真正面から受けるようなことは、さすがの流師にも不可能。それゆえ、荒れ狂う力を逃すように、流麗に受け流し続けた。
――私が銘力に依存している?
私を誰だと思っている。
銘力をほとんど封じられている流師。対するは、“シロガネ”により銘力を強化された度田と有田。数でも、力でも、速度でも劣る圧倒的な不利。
しかし。
流師は、一歩も引かなかった。
「私は特課第二班班長、流師善彦!
私達を侮るなッ!」
流師は、積み上げてきた己の技術で戦況を拮抗させていた。
流師の喝に鼓膜を揺らした度田と有田。そして度田は、何か考えるように動きを止めた。少しの間をおいて、彼は涎を垂らしながら顔を綻ばせた。
「決めたあ。全部ナイフで殺る!」
瞬間、跳ねるように度田は流師との間合いを詰める。まるで赤い閃光。先刻までとは桁違いの速度で、黒ずんだ刃が流師に迫る。
――急加速! 銘力ですか……。
液体を分散させたままでは、防げない……!
分散していた液体では、速さを増した度田のナイフを防げないと判断した流師。有田の攻撃に割いていたコーヒーを呼び戻し、200mlを全集中させ、度田の凶刃を耐える。
――度田……! 威力も段違いに跳ね上がった……!!!
度田が刃物を振るうたびに、黒い液体が激しく散る。
それをすかざす流師が再度一つの塊に戻す。
戻った途端にまた度田がナイフで黒い塊を切り裂く。
それを幾度も繰り返した。
「あああ! これウザイすぎるっ!!!」
苛立つ度田を尻目に、液体操作の邪魔が無くなった有田も攻撃の手を加速させる。
有田の攻撃を体術と警棒のみで巧みに凌ぐ流師。その間も二人を常に視野に入れて、一挙手一投足を慎重に、決して詰むことのないように立ち回る。
しかし、有田のギアも上がっていく。
「ジャブ! ジャブ! 右ボディー!!!」
――有田も徐々に、しかし確実に、力と速さが増している……!
一手違えれば死。背水で臨む流師の戦局は、度田の予想だにしない一手でさらに追い詰められる。
度田が切り裂きから、体重も速度も乗せた渾身の突きに転じた。それを、流師が銘力で防いだ後のことだった。
「ああああ! 邪魔やこれ!」
「おま! アホか!」
度田が流師が操るコーヒーを飲み干した。
――なっ!?
青天の霹靂だった。圧倒的水量に閉じ込められた者が水を飲むことはあった。流師の意図で飲ませて、溺れさせることもあった。しかし、今、目の前にいる度田は、自らの意思で操られる黒い球体を飲み干したのだ。
――普通なら操られる液体を飲むなど、よほど追い込まれでもしない限り、とらない行動! 体内で何をされるかわからない恐怖がそうはさせないのだから! なのに、なのにこいつは、有利な立場に関わらずやってのけたのか!?
事実、この度田の行動は最適解であった。なぜなら、体内に取り込まれた液体は、流師の操作対象外となり、ただのブラックコーヒーと化していたからだ。
しかし、度田はそんなことは知らない。流師の効果範囲を知れど、操作権限については無知。単なる思いつき。後先考えずに身体が動いてしまっただけであった。
「苦っ!!!」
慣れないブラックの渋さに顔を顰めた度田。
そんな度田が作った好機。
流師の虚を突く決定機を、有田は見逃さなかった。
「度田! たまにはやるやん。ファインプレーや!」
右利きの有田がスイッチ。
右脚を前に出し、軸とする。そこから左のハイキック。右腕は頭部のガードにしっかりと残し、左腕を大きく後方に振った。その反動が身体を捻り、速度と威力を左脚へと導く。鋭く、しかし柔らかくしなる左脚が、風を裂き、曲線を描いて、流師の右側頭部、テンプルへと迫る。
流師は有田の攻撃を警棒で受け流そうと、上段で構えた。しかし、警棒の耐久力と流師の受け流す技術が有田のそれに凌駕される。
――警棒が! もう受け流せるような力じゃないっ……!
有田の左ハイキック一閃。
特課特製の合金警棒を切断した。
その見事なまでに滑らかな断面図が、今の有田の強さを物語る。
流師は液体も警棒も、自らを守る要を失ってしまった。
「邪魔はなくなった。
ほな、さいなら。ヨシさん」
有田は左のハイキックの勢いそのまま回転を辞めない。軸足にしていた右のつま先は、流師とは逆へ向いていた。円を描く蹴りを放った左足の終着点は一周回った地面。此度、有田は左脚を軸に、右の後ろ回し蹴りを繰り出した。伸びるように、首を刈る鎌のように、流師に襲いかかる。
流師に有田の踵が衝突する零コンマ数秒。流師の思考が最高速で駆け巡る。
――左もしくは後方に避けるか?
いや無理だ! 度田の間合いに入る!
どっちに転んでも致命傷!
ならば、有田の打撃をガード越しに受けるか。いや、耐えれる可能性はかなり低い。だがしかし、そこにかけるしかないっ!
流師が決死の判断を下した。
そのときだった。
頬に雨が落ちた。
「お待たせしました。班長」
そこには、有田の足首の裏に自身の左腕を入れて、悠然と立つ時雨の姿があった。
「時雨君……!」
「お前……なんで起きてんねんっ!」
時雨は、後ろ回し蹴りを防いだ左腕で思い切り有田の右脚を振り払う。
その反動で、有田が先ほどとは逆回転して、時雨に正面を向けた瞬間。
時雨が今しがた振った左腕を、脇を締めて戻す。体を捻じ戻す動作を利用して、右掌底を放った。
「《無風掌・発勁》」
「かっ……!」
その砲撃のような一撃が有田の鳩尾を撃ち抜いた。唾液混じりに吐血し、眼球を裏返した有田は鉄骨のもとまで吹き飛んだ。
一方、有田が吹き飛んだことなど気にもせず、流師に突っ込む度田。勢い任せの突きを繰り出していた。
「ぎいやゃあああ!」
流師は、突き刺す度田の勢いを利用した。度田の手首を掴み、胸元を掴み、背を向けた。腰を支点に、お辞儀をするように背を曲げながら度田を放り投げる。一本。度田を地面に叩きつけた。
「班長。反撃開始です」
真っ直ぐな時雨の瞳は、全てを飲み込むような黒い瞳孔を金色が環状に包み、宝石のように輝く。
――時雨君、強くなったんですね。
流師はそっと頷いた。
「ええ、お仕置きしてあげましょう」
戦場に落ちる雨音の勢いが増していく。




