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銘の者  作者: 笹暮崔
二章
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反撃開始


 有田と流師(ながし)の会話に、度田(どだ)は痺れを切らした。有田に掴まれていたシャツの裾を振り払い、抑えていた衝動を解き放つように叫んだ。

 

「どうでもええ。

 んなもんどうでもいいんや!

 血が俺を待ってる!

 肉が俺に呼びかける! 

 殺す、殺すコロスころす!!!

 やらせろ。もっと俺にやらせろやあ!」


 そう言いながら、度田は流師へと走った。

 有田にも、誰にも、口を挟む余地を与えず、血肉踊るところへと走った。


 度田に振り払われ、行き場を失った手で髪をかき上げながら、有田も口を開く。

 

「はぁ、分かった分かった。好きにせえや!

 なんか俺もメタメタにしたい気分やし!」


 有田も度田の隣を並走した。

 向かう先は同じ。

 流師の元へ。

 

 


 “アウェイキング”の策略により、流師は銘力を存分に使えない。操作できるのはスキットルから出したコーヒー、200ml。一息に飲み干してしまえそうなほどに心許ない水量。それをさらに、半分に分けた。一方を度田に、もう一方を有田に。流師の意のままに動くそれらは、彼等二人の決定打を確実に防いでいた。


 ――よくも私の部下を馬鹿にするような言葉を。


 流師は、警棒を使った体術で二人の攻撃を凌ぐ。“シロガネ”を使用して銘力を増強した二人。そんな彼等の左右から挟みこむような攻撃を、洗練された体術によって、流師は見事に捌いた。


 ――よくも彼等の努力を嘲笑うような真似を。


 不幸中の幸いだろうか。数的有利をとっている度田と有田であったが、意思疎通はおろか、連携をとらない。互いが思い思いに、ただやりたいように、奥底から込み上がる破壊衝動のまま暴力を振るっていた。


 度田はまるで思考を放棄したように、本能的な攻撃をするが、単調。ナイフによる死に直結する一撃を、操る液体で防げば造作もなく。流師は容易く彼の手を読み、さらに自身が次の動作に繋げやすいよう、度田の攻撃を誘導していた。


 ――こんな攻撃。今の時雨君なら……!


 有田は言動から想像ができないような、基本に沿ったキックボクシングの動き。身体に染み込んだ動作を無意識に行う。しかし、あまりに忠実であり、彼の座右の銘“有言実行”のデメリットである行動の宣言のおかげで、流師は有田の攻撃も難なく処理していた。


 ――この程度の体術。白南風君の足元にも及ばない……!

 

 度田と有田は、銘力とシロガネにより身体能力を向上させていた。そんな二人の攻撃を、馬鹿正直に真正面から受けるようなことは、さすがの流師にも不可能。それゆえ、荒れ狂う力を逃すように、流麗に受け流し続けた。

 

 ――私が銘力に依存している?

   私を誰だと思っている。


 銘力をほとんど封じられている流師。対するは、“シロガネ”により銘力を強化された度田と有田。数でも、力でも、速度でも劣る圧倒的な不利。


 しかし。

 流師は、一歩も引かなかった。


「私は特課第二班班長、流師善彦(ながしよしひこ)

 私達を侮るなッ!」


 流師は、積み上げてきた己の技術で戦況を拮抗させていた。


 


 流師の喝に鼓膜を揺らした度田と有田。そして度田は、何か考えるように動きを止めた。少しの間をおいて、彼は涎を垂らしながら顔を綻ばせた。


「決めたあ。全部ナイフで()る!」


 瞬間、跳ねるように度田は流師との間合いを詰める。まるで赤い閃光。先刻までとは桁違いの速度で、黒ずんだ刃が流師に迫る。


 ――急加速! 銘力ですか……。

   液体を分散させたままでは、防げない……!


 分散していた液体では、速さを増した度田のナイフを防げないと判断した流師。有田の攻撃に割いていたコーヒーを呼び戻し、200mlを全集中させ、度田の凶刃を耐える。


 ――度田(こいつ)……! 威力も段違いに跳ね上がった……!!!


 度田が刃物を振るうたびに、黒い液体が激しく散る。

 それをすかざす流師が再度一つの塊に戻す。

 戻った途端にまた度田がナイフで黒い塊を切り裂く。

 それを幾度も繰り返した。


「あああ! これウザイすぎるっ!!!」


 苛立つ度田を尻目に、液体操作の邪魔が無くなった有田も攻撃の手を加速させる。

 有田の攻撃を体術と警棒のみで巧みに凌ぐ流師。その間も二人を常に視野に入れて、一挙手一投足を慎重に、決して詰むことのないように立ち回る。


 しかし、有田のギアも上がっていく。


「ジャブ! ジャブ! 右ボディー!!!」


 ――有田(こっち)も徐々に、しかし確実に、力と速さが増している……!


 一手(たが)えれば死。背水で臨む流師の戦局は、度田の予想だにしない一手でさらに追い詰められる。


 度田が切り裂きから、体重も速度も乗せた渾身の突きに転じた。それを、流師が銘力で防いだ後のことだった。


「ああああ! 邪魔やこれ!」


「おま! アホか!」


 度田が流師が操るコーヒーを飲み干した。


 ――なっ!?


 青天の霹靂だった。圧倒的水量に閉じ込められた者が水を飲むことはあった。流師の意図で飲ませて、溺れさせることもあった。しかし、今、目の前にいる度田は、自らの意思で操られる黒い球体を飲み干したのだ。


 ――普通なら操られる液体を飲むなど、よほど追い込まれでもしない限り、とらない行動! 体内で何をされるかわからない恐怖がそうはさせないのだから! なのに、なのにこいつは、有利な立場に関わらずやってのけたのか!?


 事実、この度田の行動は最適解であった。なぜなら、体内に取り込まれた液体は、流師の操作対象外となり、ただのブラックコーヒーと化していたからだ。


 しかし、度田はそんなことは知らない。流師の効果範囲を知れど、操作権限については無知。単なる思いつき。後先考えずに身体が動いてしまっただけであった。


「苦っ!!!」


 慣れないブラックの渋さに顔を顰めた度田。

 

 そんな度田が作った好機。

 流師の虚を突く決定機を、有田は見逃さなかった。


「度田! たまにはやるやん。ファインプレーや!」


 右利きの有田がスイッチ。

 右脚を前に出し、軸とする。そこから左のハイキック。右腕は頭部のガードにしっかりと残し、左腕を大きく後方に振った。その反動が身体を捻り、速度と威力を左脚へと導く。鋭く、しかし柔らかくしなる左脚が、風を裂き、曲線を描いて、流師の右側頭部、テンプルへと迫る。


 流師は有田の攻撃を警棒で受け流そうと、上段で構えた。しかし、警棒の耐久力と流師の受け流す技術が有田のそれに凌駕される。


 ――警棒が! もう受け流せるような力じゃないっ……!


 有田の左ハイキック一閃。

 特課特製の合金警棒を切断した。

 その見事なまでに滑らかな断面図が、今の有田の強さを物語る。

 流師は液体も警棒も、自らを守る要を失ってしまった。


「邪魔はなくなった。

 ほな、さいなら。()()()()


 有田は左のハイキックの勢いそのまま回転を辞めない。軸足にしていた右のつま先は、流師とは逆へ向いていた。円を描く蹴りを放った左足の終着点は一周回った地面。此度、有田は左脚を軸に、右の後ろ回し蹴りを繰り出した。伸びるように、首を刈る鎌のように、流師に襲いかかる。


 流師に有田の踵が衝突する零コンマ数秒。流師の思考が最高速で駆け巡る。


 ――左もしくは後方に避けるか?

   いや無理だ! 度田の間合いに入る!

   どっちに転んでも致命傷!

   ならば、有田の打撃をガード越しに受けるか。いや、耐えれる可能性はかなり低い。だがしかし、そこにかけるしかないっ!


 流師が決死の判断を下した。

 そのときだった。

 頬に雨が落ちた。


「お待たせしました。班長」


 そこには、有田の足首の裏に自身の左腕を入れて、悠然と立つ時雨の姿があった。


「時雨君……!」


「お前……なんで起きてんねんっ!」


 時雨は、後ろ回し蹴りを防いだ左腕で思い切り有田の右脚を振り払う。

 

 その反動で、有田が先ほどとは逆回転して、時雨に正面を向けた瞬間。

 

 時雨が今しがた振った左腕を、脇を締めて戻す。体を捻じ戻す動作を利用して、右掌底を放った。


「《無風掌・発勁むふうしょう・はっけい》」


「かっ……!」


 その砲撃のような一撃が有田の鳩尾を撃ち抜いた。唾液混じりに吐血し、眼球を裏返した有田は鉄骨のもとまで吹き飛んだ。


 一方、有田が吹き飛んだことなど気にもせず、流師に突っ込む度田。勢い任せの突きを繰り出していた。


「ぎいやゃあああ!」

 

 流師は、突き刺す度田の勢いを利用した。度田の手首を掴み、胸元を掴み、背を向けた。腰を支点に、お辞儀をするように背を曲げながら度田を放り投げる。一本。度田を地面に叩きつけた。


「班長。反撃開始です」


 真っ直ぐな時雨の瞳は、全てを飲み込むような黒い瞳孔を金色が環状に包み、宝石のように輝く。


 ――時雨君、強くなったんですね。


 流師はそっと頷いた。


「ええ、お仕置きしてあげましょう」


 戦場に落ちる雨音の勢いが増していく。


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