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銘の者  作者: 笹暮崔
二章
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激流


 特課の2名。副班長の白南風(しらはえ)時雨(しぐれ)をほんの数秒で倒した有田は、次の標的を班長の流師善彦(ながしよしひこ)と定め、歩みを進めていた。

 

度田(どだ)、この班長やるぞ」


「おおお、おれに指図すんなやっ!」


 血塗られた二人は、禍々しい不吉な圧を放ち、有田の合図と同時に流師の元へと走る。大きな血痕が彼等の辿った道をそれぞれに描き、流師の元で重なり合った。




 つい先刻まで激しい死闘を繰り広げた“リリッカー”の面々は満身創痍。彼等は動くことができなかった。ただ現在地から戦場へと視線を送ることしかできない。


 ただ一人、無傷だった皐月(さつき)を除いて。


 たが、先ほど有田が皐月の横を通り過ぎた光景が、彼の脳裏にフラッシュバックしていた。一瞬、皐月は有田と目が合った。しかし有田は、皐月など見ていなかった。


 視界には捉えど、有田は決して皐月を認識していなかったのだ。皐月の奥に位置した白南風へと、ただただ一直線だった。皐月など彼の脅威の外側の存在。皐月は、路傍の石、ただの塵芥(ちりあくた)と同等に扱われた。


 (なんやねん……あいつ…………)


 有田は血の涙を流し、鼻血を垂れ、口元からも赤が溢れていた。なのに彼は笑っていた。無邪気な子供のように。獲物を狩り、弄ぶ獣のように。陶酔した狂人のように。たかが外れたそれに、人間以外の何かを見出した皐月は、現状、有田を視界に収めることが精一杯であった。


 (なんで、なんで、なんで…………)


 自分が参加できる次元ではないことを本能が察していた。流師の元へ駆けつけたくとも、体が言うことを聞かない。恐怖に心が支配されていた。なんとかしようと、皐月は太ももを叩き、己を鼓舞した。


 (動けよ俺!

 つむぎの仇が目の前におるんやぞ、今動かんでいつやんねん!

 頼む、頼むから、動いてくれッ!)


 それでも皐月は動けなかった。

 大腿筋に拳の衝撃を感じても、頑なに脚は前に進むことを拒む。


(動け……動け、動け動け動けやッ!)

 

 有田の表情が再び、脳内を埋め尽くす。


 (あんなん……人間ちゃう。

  なんで、あんな顔ができんねん。

  なんで、人を傷つけることに喜びを見出せんねん……。

 ごめん……つむぎ……俺に、勇気を…………)

 

 ズボンを握り締め、一人。

 皐月は、咽び泣いていた。




 その頃戦場の中心では、流師と有田・度田の戦いが始まっていた。鉄の骨組みの外で、三人の足が忙しなく移動するたびに、粉塵が巻き上がる。空気は張り詰め、湿り気を失い、乾いた香りは鼻腔に突き刺さるようにヒリヒリとしていた。


 スキットルから出したコーヒーは流師の命に従順に応え、有田と度田の執拗な攻撃を懸命に防いでいた。しかし、圧倒的質量の不足。有田の鋭い打撃と、度田の思い切りのいいナイフの斬撃の全てを防ぐにはスキットル一本、200mlでは足りない。


 なんとか流師自身の体術で致命傷を避けてはいたものの、特課特注の防弾防刃スーツの性能を上回る二人の破壊力。裂傷に打撲の跡が数を増していた。

 

 ややあって、一呼吸置くかのように、勝利を疑わない自信に満ちた笑みを浮かべ、有田が開口した。


「なあ、班長。お前、もうとっくに気付いてんのやろ? 俺らの完璧な作戦に」


 まるで勝利宣言をするかのように、声高らかに有田が言った完璧な作戦。

 流師には1つ違和感があった。“アウェイキング”のアジトに到着したときから感じていた違和感。その正体が彼等の策略だと、有田の言葉から確信した。


「やはり、偶然ではなかったんですね。私の効果範囲に水が全くないのは」


「その通りっ!

 第二班班長の流師善彦。液体を操る銘力者。水源から離れた位置にアジトをこしらえて、ここには水道も引いてへん。

 製薬に使う水も、カメラでお前を確認したときに全部処理した!

 水を得られへんかったお前は怖くない!」


 ――なぜ? なぜそこまで正確に把握されている? 私の銘力だけならまだしも、効果範囲まで正確に……。


 流師の脳内に浮かび上がる当然の疑問。流師は持ち前の冷静さで、瞬時に答えを弾きだした。


「誰かが我々特課の情報を“アウェイキング”へ流していたと……」


「正解」


 ねっとりとした有田の答え。

 しかし、情報漏洩にも、流師の心は小波(さざなみ)1つたてなかった。だが、その答えの先に新たな問いが生まれた。


 ――誰が? 目的は?


 しかし流師は一息吐き、疑念を捨てた。


 ――戦闘中に不要な思考ですね。

   全て終え、コーヒーブレイクのときにでも考えましょう。


 圧倒的不利な状況に追い込まれた流師だったが、実に落ち着いていた。大河の中の巨石のようにドッシリと構えられた彼の精神は、動じない。歴戦の雄であり、積み上げてきた経験と実績が、彼の自信を揺るがすことはなかった。


 だが、それもあくまで流師本人の話に限って。有田の言葉の続きを聞き、流師の心境に淀みが顔を覗かせた。


「そんで、副班長の白南風喜己(しらはえきき)。風を生み出し、操る銘力者。対策するのに厄介な相手やけど、力の制御に難がある。咄嗟でコントロールが効かへんうちなら余裕や」


「白南風君の不調まで……」


「銘力頼りの戦いって結局依存やねん。水がないと何もできん。まるで中毒者や。

 ほら、クスリと一緒やろ?

 どうなん? 頼ってた銘力が使われへんってどんな感じなん?

 あ! 銘力を自由に使われへんことなら、あっちで寝転んでる副班長に聞いた方がいいかな!?」


 ギリっと、流師が奥歯を噛み締めた。

 

「特課の副班長のくせに、ろくに銘力も操られへん間抜けは、倒すのも簡単やったわ。

 万事休すやな、()()()()


「…………。

 ……………………。

 お前が気安くそう呼ぶな」


 ヨシさん。

 有田が呟いたその一言で、流師の体内を巡る血の流れが濁流のように加速した。渦巻く急流は瞬間的に体温を上げ、流師から表情のコントロールを奪う。湯煙のように立ちこめる彼の無言の怒りは、肌を突き刺されたと錯覚するほどに刺々しかった。


「お〜怖ぁ、さすが班長。仲間二人守れんかったハンチョウ。あー、前の副班長入れて三人か。そうやんな? 無能なはんちょ〜?」


 挑発するようにおどける有田に向かい、流師は感情を押し殺すのを辞めた。


「吐いた唾は飲むなよ――」


 病室で横たわる元第二班副班長・黒石の姿が流師の記憶から掬い上げられた。隠す気のなくなった流師の怒気の奔流が氾濫を起こし、有田と度田へと向かう。


「愚図が」


 重々しく呟いた流師は、タイトに締めたネクタイをほどき、荒々しく投げ捨て、射殺(いころ)すような視線を飛ばしていた。


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