狂乱
静寂に包み込まれた戦場。
そこへ、不吉をはらんだ2つの叫び声がこだました。音の鳴る方。そこには、紅に染まった度田と有田の姿があった。
「きぃええええええ!!!」
「どうせ特課に捕まるなら、ここでお前ら皆殺しや!!!」
顔面の穴という穴から血を流している度田と有田。開口すれば、言葉と共に血塊を吐き出した。
二人の異変にいち早く布川が気付いた。
「あいつら、“シロガネ”を使った……?」
布川の顔から色が抜けていく。蒼白になった表情で、すかさず声を張り上げた。
「届山、今すぐ逃げろ!
シロガネは銘力を強制的に増強する!
今のお前らじゃ、あいつら二人には勝たれへんッ!」
「……!」
布川の剣幕と耳に飛び込んできた情報から、届山響の目が見開いた。
そんな響の隣で横たわる布川は、仲間達へと思いを馳せていた。狂気に侵され、正気を失ってしまった仲間達へと。
(有田、度田。もう辞めてくれ……。
俺らの負けなんや。こんなこと、何も意味ないことに気付いてくれ……!)
有田と度田の発狂に一同が呆気に取られた一瞬。ほんのわずかな時の流れの中で、有田の血濡れた口元が歪み、床を力強く蹴り飛ばし、駆けた。
布川の願いは、二人に届かなかった。
「女の顎に、ピンポイントヒット――」
「来羅を守れッ!」
響の咆哮に、来羅の一番近くにいた皐月の身体が咄嗟に動いた。来羅と有田の線上に立ちはだかり、大の字で構える。
しかし、有田が巻き起こす風は二人を横切っていく。頬を打つ空気の流れ、その鉄臭い残り香が、呪縛のように皐月の身体を硬直させた。
(なんや……今のあいつは…………)
“リリッカー”から手出し無用、と告げられた特課の班員は、流師と白南風・時雨に分かれて、彼等の死闘を見守っていた。しかし、もうそれどころではない、と判断した班長の流師。
白南風と時雨の方へ振り向きながら、内ポケットのスキットルに手を伸ばし、流師は大声で指示を飛ばした。
「二班各員戦闘準――」
しかし、その間に目の当たりにする。
もう既に、有田の拳が部下に差し迫っている光景を。
(間に合わない……!)
有田の狙いは、白南風だった。
狙われた当の本人もそれを承知した。
「日々生! 下がっ――」
白南風は戦いに巻き込まないために、部下である時雨を、庇うように自身の後方へと押し退けた。
瞬間――手に力を集中。
白南風は銘力を一気に全開放した。風を操る彼女の銘力ならば、能力発動と同時に嵐のような激しい旋風が空間を支配する。
そのはずだった。
しかし、空気が死んだ。
風を操る彼女の周りは静かで。
銘力は彼女の思いに応えなかった。
(どうして! こんな大事なときにっ!
出ろ! 吹き荒れろっ!!!)
部下を庇うような素振りを見せなければ、あるいは、彼女が本来の力を存分に発揮できれば、結果は違ったのかもしれない。
だが、嘲笑う有田は“有言実行”を見事にやってのける。彼の速度と体重を乗せた右の拳が風を断ち、端正に整った白南風の顔を撃ち抜いた。
「え? 白南風……さん…………?」
白南風に押され尻餅をついた時雨の隣を、意識を失った白南風が弾丸のような速さで通り過ぎていく。
(俺を庇って……?)
白南風の身体が時雨を横切る、瞬きの間。彼女の虚になった瞳が、骨が折れ歪む顔が、軌跡を残し漂う血の流れが、スローモーションのように時雨の目に映った。
「あんな虫の息のリリッカーより、まずは特課からや!」
時雨の目の前に立つ有田。二人の遥か後方から白南風が落下し、地面と擦れる摩擦音が聞こえる。しかし、時雨はそれを見ることができなかった。
「お前……よくも白南風さんを……」
地面を握りこんだせいで爪に入りこんだ土の温度は異様に冷たい。四白眼に見開いた時雨は、有田を見上げる。一矢報いようと、音もなく腰を浮かした。
だがその時雨の挙動を、有田は良しとしなかった。
「顔面に右ミドル!」
荒々しい宣言とは裏腹に、有田の構えは静かで、基本に沿った美しいものだった。滑らかな重心移動が可能にした骨盤の回転が、延長線上の脚をしならせる。中腰の体勢となっている時雨が、咄嗟に上げたガードの上から一撃。
(俺のせいで……
俺が守られたせいで…………)
たった一度の蹴りだった。
しかし、銘力を発動していない時雨にはあまりに重い一撃。
時雨はわずか一手で沈んだ。
「しゃしゃんなや。新人の雑魚に用はない」
倒れる時雨を背に、有田は吐き捨てた。
彼の身体は既に次の標的。
流師へと歩を進めていた。




