大好きなみんなへ
「うちの座右の銘は、“単糸、線を成さず”」
つむぎがそう言うと、縄が生き物のように彼女の周りを蠢きだした。床に擦れる音は、虫の群れが走るような不快な音を奏でていた。
「度田。あの縄に注意しろ。俺がサポートする。合わせろ」
「わわわかった」
――俺らの力じゃ、分が悪すぎる。しかもなんや、この異様な雰囲気は。
布川と度田は同時に、つむぎへと突撃を開始した。
――縄は一本。片方がぶたれても、もう一人がつむぎちゃんの意識を刈り取ればいい。
「糸はな、一本じゃ弱いんよ。
でもな、何本も集まって強くなんねん」
――何言うてんや。ハイになってんのか?
つむぎは遠い目で縄を見つめ、飼い犬を撫でるように網目を指で愛でる。
「人もそう。一人じゃ生きていかれへん。うちがそうやもん。みんなのおかげでここまで来れた」
――そういうことか……!
「うちがみんなの未来をつむぐよ。安心して。うちが大好きなみんなのために……!」
縄が2本に裂け、鞭のようにうねる。
音速を超えたそれは、パチンと音を弾き、布川と度田を吹き飛ばした。
「度田、大丈夫か」
「な、なんとか……」
――危ない。二分されて威力が弱まってなければ、今ので終わってた……。
「うん。帰る。みんなのこと大好きやもん」
――大丈夫。1本は度田の方向いてるし、もう同じ攻撃は俺には効かん。
布川は再度つむぎに向かい駆け出した。
先刻と同じ攻撃を受けるも、無傷。
――想定通り。2回目は効かん……!
1本では布川に対応できないと判断したつむぎは、度田に狙いを定めていたもう1本を呼び戻した。そして、布川を2本の縄の連携で襲う。
だが、フリーになった度田はその隙を逃さなかった。悟られないよう、静かに、しかし素早くつむぎに近づき、背後から無防備な彼女をナイフで突き刺した。
「えへ」
度田は、頬を紅潮させ恍惚の笑みを浮かべた。
「きっしょ」
侮蔑を含む眼差しで、つむぎは振り返る。
「避けろ! 度田ぁあ!」
「ひえ、……?」
2本の縄がミチミチと音を鳴らし、螺旋を描いた。長さはない。しかし、太く巨大な一本の綱となり、度田を無慈悲に薙ぎ払う。
「ラスト一人。あんたには……特別」
布川とつむぎの視線が交わる。
つむぎの異質な雰囲気に気圧された布川。
戦意が削がれ、布川は呆然と立ち尽くした。
「どこにおってもうちらは繋がってる――」
つむぎはそっと手を動かした。その動きに呼応するように綱が布川目掛け駆ける。
「《相糸奏愛》」
――終わった……
結局、何も成さずに終わるんかー。
しろね……
今会っても、あんときみたいに笑ってくれるんかな……。
天井を仰ぎ見る布川に、巨大な一本の綱が襲いかかる。それが眼前に迫ったとき。そこで糸は解けた。数千、数万のか細い糸が宙を舞い、視界いっぱい放射状に広がる。終わりを告げるように、糸は弱々しく地べたへと散った。
「助かっ……た?」
布川の視線の先。
糸井つむぎが、血の海の上に伏していた。
「にいにはうちおらな、また無茶するやろ?
皐月はまだうちとの約束あるもんな……」
指先を僅かに動かし、今にも消えそうな細い声で、一人、呟いていた。
「来羅は強い子やのに、まだまだ……うちにべったりやし。響は……響とは、なんか上手く言葉にできひんけど……一緒におりたい……ねん」
嗚咽が室内に響く。
「みんな……うちの家族……バイバイしたくないよ…………」
乾いた赤の上を一筋。
キラキラと澄んだ一線が、幕を下ろす。
「ほん……ま、みんなありがとう…………」
そう言い残すと、つむぎは糸の切れた人形のようにピクリとも動かなくなった。
「つむぎちゃん……」
彼女の言葉が、無惨な姿が、布川の心を揺らしていた。
――俺は、俺は一体なにをしてるんや。
こんなことがしたかったんか……?
自問自答する布川。
そこに不快な音が反響した。
「ひゃやあああ!」
奇声をあげて狂乱した度田が、徐々に冷めてゆくつむぎに跨った。そして何度も、刺しては切り、刺しては切り。とろけた瞳で彼女を弄ぶ。
「辞めろ。度田」
「止めんなやあああ! お前も、お前もやったろか!!!」
振り返った顔面に、布川は何かを振り払うように思い切り拳を叩き込み、度田は崩れ落ちた。
「いったい、どういうことなんや……」
残されたのは血の臭いと止まらない動悸。そして、なんともいえないやるせなさだった。
***
「これが、ことの顛末。
何が“痛みなくして得るものなし”や。俺は大切なもんを得るどころか、失ってた……」
布川の声は震えていた。取り返しのつかない過去を振り返り、虚しく吐いた言葉が空気に溶けていく。
「そうでもない」
低い声が返ってきた。響が血で汚れた頬を向ける。
「え……?」
「そのナイフで俺を殺さんかった。お前の中にはまだ大事なもんが残ってる」
その響の言葉に布川は言葉を失った。
「届山……」
「勘違いすんな。お前を許すわけない。お前らを許せるわけない。でも、これ以上はつむぎが望まへん。つむぎの最期を見たお前なら、なんとなくわかるやろ」
響の声は淡々としていた。だが、瞳の奥には確かな憤りと、どうしようもない悲しみが同居していた。
「ほんまに……
ほんまにすまんかった……!」
「黙れ。もうこれ以上、なにも言うな……」
響は冷たく言い放った。許しでもない。拒絶でもない。ただ、ここで区切りを打つように、目を閉じ静かに喉を震わせた。
響はその場で力無く項垂れていた。痛み以外の感覚もない手。握りしめることもできないほどに腫れ上がったそれに力が籠る。胸を締め付けるのは、怒りか絶望か。ただ音もなく咽び泣いた。
静寂に包み込まれた戦場。
そこへ、不吉をはらんだ2つの叫び声がこだました。音の鳴る方。そこには、血に染まった度田と有田の姿があった。




