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銘の者  作者: 笹暮崔
二章
48/52

大好きなみんなへ


「うちの座右の銘は、“単糸、線を成さず”」


 つむぎがそう言うと、縄が生き物のように彼女の周りを蠢きだした。床に擦れる音は、虫の群れが走るような不快な音を奏でていた。

 

度田(どだ)。あの縄に注意しろ。俺がサポートする。合わせろ」


「わわわかった」


 ――俺らの力じゃ、()が悪すぎる。しかもなんや、この異様な雰囲気は。


 布川と度田は同時に、つむぎへと突撃を開始した。


 ――縄は一本。片方がぶたれても、もう一人がつむぎちゃんの意識を刈り取ればいい。


「糸はな、一本じゃ弱いんよ。

 でもな、何本も集まって強くなんねん」


 ――何言うてんや。ハイになってんのか?


 つむぎは遠い目で縄を見つめ、飼い犬を撫でるように網目を指で愛でる。


「人もそう。一人じゃ生きていかれへん。うちがそうやもん。みんなのおかげでここまで来れた」


 ――そういうことか……!


「うちがみんなの未来をつむぐよ。安心して。うちが大好きなみんなのために……!」


 縄が2本に裂け、鞭のようにうねる。

 音速を超えたそれは、パチンと音を弾き、布川と度田を吹き飛ばした。


「度田、大丈夫か」


「な、なんとか……」


 ――危ない。二分されて威力が弱まってなければ、今ので終わってた……。


「うん。帰る。みんなのこと大好きやもん」


 ――大丈夫。1本は度田の方向いてるし、もう同じ攻撃は俺には効かん。


 布川は再度つむぎに向かい駆け出した。

 先刻と同じ攻撃を受けるも、無傷。


 ――想定通り。2回目は効かん……!

 

 1本では布川に対応できないと判断したつむぎは、度田に狙いを定めていたもう1本を呼び戻した。そして、布川を2本の縄の連携で襲う。

 

 だが、フリーになった度田はその隙を逃さなかった。悟られないよう、静かに、しかし素早くつむぎに近づき、背後から無防備な彼女をナイフで突き刺した。


「えへ」


 度田は、頬を紅潮させ恍惚の笑みを浮かべた。


「きっしょ」


 侮蔑を含む眼差しで、つむぎは振り返る。


「避けろ! 度田ぁあ!」


「ひえ、……?」


 2本の縄がミチミチと音を鳴らし、螺旋を描いた。長さはない。しかし、太く巨大な一本の綱となり、度田を無慈悲に薙ぎ払う。


「ラスト一人。あんたには……特別」


 布川とつむぎの視線が交わる。

 つむぎの異質な雰囲気に気圧された布川。

 戦意が削がれ、布川は呆然と立ち尽くした。

 

「どこにおってもうちらは繋がってる――」


 つむぎはそっと手を動かした。その動きに呼応するように綱が布川目掛け駆ける。


「《相糸奏愛(そうしそうあい)》」


 ――終わった……

   結局、何も成さずに終わるんかー。

   しろね……

   今会っても、あんときみたいに笑ってくれるんかな……。


 天井を仰ぎ見る布川に、巨大な一本の綱が襲いかかる。それが眼前に迫ったとき。そこで糸は解けた。数千、数万のか細い糸が宙を舞い、視界いっぱい放射状に広がる。終わりを告げるように、糸は弱々しく地べたへと散った。


「助かっ……た?」

 

 布川の視線の先。

 糸井つむぎが、血の海の上に伏していた。


「にいにはうちおらな、また無茶するやろ?

 皐月(さつき)はまだうちとの約束あるもんな……」


 指先を僅かに動かし、今にも消えそうな細い声で、一人、呟いていた。


来羅(らら)は強い子やのに、まだまだ……うちにべったりやし。(きょう)は……響とは、なんか上手く言葉にできひんけど……一緒におりたい……ねん」


 嗚咽が室内に響く。


「みんな……うちの家族……バイバイしたくないよ…………」


 乾いた赤の上を一筋。

 キラキラと澄んだ一線が、幕を下ろす。


「ほん……ま、みんなありがとう…………」


 そう言い残すと、つむぎは糸の切れた人形のようにピクリとも動かなくなった。


「つむぎちゃん……」


 彼女の言葉が、無惨な姿が、布川の心を揺らしていた。


 ――俺は、俺は一体なにをしてるんや。

   こんなことがしたかったんか……?

 

 自問自答する布川。

 そこに不快な音が反響した。


「ひゃやあああ!」


 奇声をあげて狂乱した度田が、徐々に冷めてゆくつむぎに跨った。そして何度も、刺しては切り、刺しては切り。とろけた瞳で彼女を弄ぶ。


「辞めろ。度田」


「止めんなやあああ! お前も、お前もやったろか!!!」


 振り返った顔面に、布川は何かを振り払うように思い切り拳を叩き込み、度田は崩れ落ちた。


「いったい、どういうことなんや……」


 残されたのは血の臭いと止まらない動悸。そして、なんともいえないやるせなさだった。

 

 ***

 

「これが、ことの顛末。

 何が“痛みなくして得るものなし”や。俺は大切なもんを得るどころか、失ってた……」


 布川の声は震えていた。取り返しのつかない過去を振り返り、虚しく吐いた言葉が空気に溶けていく。


「そうでもない」


 低い声が返ってきた。(きょう)が血で汚れた頬を向ける。


「え……?」


「そのナイフで俺を殺さんかった。お前の中にはまだ大事なもんが残ってる」


 その響の言葉に布川は言葉を失った。

 

届山(とどけやま)……」


「勘違いすんな。お前を許すわけない。お前らを許せるわけない。でも、これ以上はつむぎが望まへん。つむぎの最期を見たお前なら、なんとなくわかるやろ」


 響の声は淡々としていた。だが、瞳の奥には確かな憤りと、どうしようもない悲しみが同居していた。


「ほんまに……

 ほんまにすまんかった……!」


「黙れ。もうこれ以上、なにも言うな……」


 響は冷たく言い放った。許しでもない。拒絶でもない。ただ、ここで区切りを打つように、目を閉じ静かに喉を震わせた。


 響はその場で力無く項垂れていた。痛み以外の感覚もない手。握りしめることもできないほどに腫れ上がったそれに力が籠る。胸を締め付けるのは、怒りか絶望か。ただ音もなく咽び泣いた。


 


 静寂に包み込まれた戦場。

 そこへ、不吉をはらんだ2つの叫び声がこだました。音の鳴る方。そこには、血に染まった度田と有田の姿があった。

 

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