シロガネ
布川が倒れた拍子にポケットからナイフが落ちた。
響はナイフに目をやり、布川に問いかけた。
「メリケンサックの代わりにそれ使えば、序盤で勝負はついてた。なんで使わんかってん」
「さー、なんでやろなー」
「ここまできて茶化すな。お前とやってわかったんや」
「なにがー?」
「お前は偽者じゃない。避けることもできたはずの俺の攻撃を受け止めた」
「…………」
「俺にはお前が人を殺したとは思われへん。教えてくれ、何があったんかを」
「……俺は人殺しやで。既に二人殺してる。
今更一人増えたとこで何も変わらんのに、何を躊躇ったんやろうな。お前も殺せばよかったのに」
「くだらんこと言うな!」
「くだらん?
これでも、すべて俺の目標のためや」
「目標?」
「どこからやろう。俺がこないなってしもたんわ……」
布川断の脳裏に遠い過去の記憶が蘇る。
「始まりはあの頃や――」
***
幼馴染のしろね。
両親を亡くしたストレスから色の抜けた白い髪。栄養の行き届いていない弱々しい身体。いつも彼女のことが心配で見守ってたら、俺はいつの間にか彼女から目が離されへんくなってた。
小学生の頃。しろねは心臓の病に侵された。彼女の兄さんから『心臓の移植さえできれば治る』って教えてもらって安堵した。でも、金額を聞いて俺は絶望した。
しろねの家は、しろねと兄さんの二人。兄さんは高校も諦めて働いてたけど、お金なんかあるはずもない。
俺は親に頼んだ。せやけど、うちも母子家庭で俺の下にはまだ二人おる。余裕なんかどこにもなかった。そんな俺にできたことは、毎日しろねに会いに行くことだけやった。
「断くん、今日もきてくれたん? ホンマに毎日ありがとうな」
「当たり前やん。しろねが元気なるまで毎日来るって、俺約束したもん」
「断くんのおかげで、毎日元気もりもりやで」
病室でしろねは笑ってくれた。俺の前ではいつも気丈に振る舞ってくれてた。せやけど、枕のシーツの端に涙の跡が残ってたのを俺は見逃さんかった。
ただでさえ細かったしろねが、とうとう骨と皮だけになったころ。彼女は帰らぬ人となった。
――金さえあればしろねは死なんかってん!
金がなくても、俺に技術があれば……!
俺は単純やったから医者を目指してん。しろねのことは救われへんかったけど、同じような人を救いたいって思った。しろねと同じ思いをして欲しくなかったし、俺と同じ思いを誰かにして欲しくなかった。あと、いつか向こうでしろねに会ったとき、喜んでくれそうやったから。それだけが俺を動かした。
でも、そんな簡単にはいかんもんや。学力と資金力の壁が俺を邪魔した。医学部に特待生で入れるほど、俺は賢くなかった。
――また金か?
なんでやねん。おかしいやろ。
誰かの命を救いたいだけやのに。
笑顔を守りたいだけやのに……!
やる気だけじゃ、学ばせてもくれへんのか!?
チャンスすら貧乏人には与えてくれへ
んのか!?
また金やった。
誰かを救いたいだけやのに金が要るんやって。不思議やな。金がなければ、したいこともできん世の中に、あの頃から嫌気がさした。
それでも俺は諦められへんかった。医学部が無理ならと、薬学部を目指した。幸い、特待で学費免除で入れてん。
卒業してからは、心臓病に効く薬の開発に没頭した。来る日も来る日もそれだけを考えて、研究に研究を重ねた。
そんなある日、ある物質の調合に成功した。雪のように美しかった、しろねの名を冠して、俺はそれを『シロガネ』と名付けた。
シロガネの正確な作用は、作った俺にもわからんかった。せやけど、心臓には影響を及ぼす。それは確かやった。シロガネがしろねみたいな人達を助ける鍵になると、そう思った。
でも、もっと研究を進めんと誰も助けることはできん。もどかしかった。俺は研究を更に進めるために、アメリカの研究者に協力を打診した。
すると、連絡があった。『援助だけはするから研究を続けてくれ』と。不審には思った。けど、そんなもん関係ない。資金と研究環境を与えられて、なんも文句はなかった。目的さえ叶うならなんでもいい。金がないと何もできんことは痛いほど知ってる。
しろねとおんなじような人を救う未来がその先にあるなら、蛇の道でも構わんかった。
援助を受ける過程で銘力について教わった。シロガネが銘力に作用するってことで俺は取り込まれてた。そんときに特課やその辺の事情を聞いてん。保険として銘力者である度田と有田が遣わされて、俺らは“アウェイキング”を結成した。
少しして、『自分らでも金を作れ』と言われた。シロガネはヤクとしても効果が期待されたみたいで、気は乗らんかったけど、俺はヤクの売買にも手を出すようになった。
それがシロガネの可能性を探るものになると、心臓病に役立つ成果を得られるものになると信じて。
普通のヤクから、シロガネを組み込んだ新作の完成が近づいた頃。邪魔者があらわれた。“リリッカー”や。ほんのお灸を据える程度のつもりやったのに、まさかあんなことになるとは、俺も思わんかった。




