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銘の者  作者: 笹暮崔
二章
43/52

For victory

 

 たどたどしく話す度田一(どだはじめ)と、渋谷言葉(しぶやことは)は鉄の柱に囲まれ向かい合っていた。度田の呼吸音は不規則で、離れた位置に立つ言葉の耳に入るほどうるさかった。


「あなた、あなたはつむぎさんとはどんな関係、関係だったんですか」


「つむぎの兄貴や」


「ほんと、ほんとですか!?」


 度田は興奮に息を振るわせ、吐き出す息は熱を帯びる。目は見開いて光を宿していた。笑みの端がピクピク動き、ポケットに手を入れた。


「……?」


「これを、これを見てください」


 度田が大事そうにポケットから取り出したのは、一本のナイフだった。しかしその刃は光沢を失い、闇を吸い込むように鈍く暗い。表面には黒ずんだ痕跡がこびりつき、鉄の臭気を放っていた。


「良い、良いでしょ。あのときの感動が忘れ、忘れられなくてそのまんまにしてます。最初は綺麗な赤でした。ベトベトして張り付いたのが乾いて、カピカピなって、濃い焦げ茶色になって……」


 度田は恍惚とした表情で刀身を見つめて、舌舐めずりすらした。身体は小刻みに震え始め、異様な喜びを滲ませる。


「……!」


 言葉の眉が僅かに動いた。冷静を保つように呼吸を一定に保ったが、キャップに隠れた瞳だけは氷のように冷たかった。


「……匂い、匂いを嗅ぐとね。鮮明に、鮮明に思い出すんです。鉄臭いこの香りっ!

 ハっハっハ~、つむぎちゃんの!

 つむぎちゃんの香りっ!

 刺したときの柔らかい肉に食い込むあの感覚。切りつけたときの飛び散る血潮。

 また、またまたまたまた、もう一回!」


 狂気を含む度田の声。自らの言葉に酔い、目を血走らせ、刃を高らかに掲げた。


「シャブ中が……」


 言葉はバキッと音を立て強く歯を食いしばった。舌を転がし欠損した一部を見つけると、怒気と共に吐き捨てた。


「兄ちゃんと混ざればどうなるん。つむぎちゃんっんんん!」


 度田は興奮で全身を痙攣させた。昂りでナイフの先を震わせ、とろけた瞳で言葉を見た。


「ぶっ殺す」


「やるよ? やるよ!? やるよ!!!

 たのち、たのちみぃいいいいいい!」


 度田の喚声が響く。だがその前に、言葉の眼差しはすでに冷え切っていた。


 次の瞬間。

 先に動いたのは言葉だった。


「度田。消えろ消えろ。――――――」


 言葉の閉口と同時にリボルバーと弾丸の束が現れた。スピードローダー、――円盤状の道具に整列した弾薬を開放した弾倉に押し当てる。すると5つの薬莢は滑りこむように装弾された。


 右手のスナップで弾倉と銃身を固定し、撃鉄を倒し構える。迫りくる狂人へと標準を定めた。


 すかさず発砲。

 オレンジに光る銃口から煙が上がる。


 しかし、度田に弾丸はかすりもしない。

 言葉が装填の準備を始めたのと同時に、度田も走り出していた。柱を盾に忍び寄る魔の手。一気に距離を詰めない様子は、まるで銃弾を避けるスリルに快楽を見出しているようだった。


 ――あいつ……楽しんでやがる……。


「ラッパーが弾込めていいん、いいんか!」


「これはラップバトルやない。

 それに弾丸(これ)は、あくまでもフリースタイルや」


 柱と柱を縫うように、言葉へと度田が再度走りだした。


 度田が柱から身体を出した瞬間を狙い、言葉は銃口を光らせる。


 二発目は柱に当たり、金属がぶつかり合う甲高い音を響かせた。


 ――外れ……。


 度田と言葉の間に遮蔽物はなくなった。

 一直線上の勝負。

 撃鉄を倒し、支えるように左手を添えた。


「最高最高最高、サイコォオオウゥウウ!」


 奇声をあげて度田が走る。

 真っ直ぐ、最速最短距離。

 左右に蛇行などしない。

 度田の全力疾走だった。


 ――いける。

 もっと近くまで引きつけて、確実に。


 3発目。

 轟音が響く。

 言葉が引き金を弾いた瞬間。

 銃口から硝煙が立ちこめる先。

 度田は地面に滑りこんでいた。


 ――スライディングで回避!?


 にゅっと上体を起き上がらせる度田。

 奇声をあげ、ナイフで言葉を切り刻む。


「ギャハ! ギャハハ!」


 言葉は()退()しながら、致命傷を紙一重で避け続けた。

 しかし、それは度田の思惑通りだった。


 ――こいつ……わざと俺がギリギリ避けられる位置と速さで……舐めやがって……。


 皮一枚。

 神業のような斬撃が言葉を襲う。

 言葉が皮膚に鋭い痛みを感じるたびに赤い血飛沫が飛び散り、床を朱に染めていく。


「お兄ちゃん。たのちー?

 ぼくは、ぼくはね! とのちいぃい!!」


 表情筋のコントロールも効かなくなった度田は、よだれを撒き散らしながらナイフを振り続けた。


 切り傷が増える中、なんとか言葉は避け続ける。

 しかし、徐々に傷は深くなる。


 ――冷静に、冷静に。

 勝つために、クールに……!


 そのとき。

 縦に一閃。

 言葉のキャップのつばが裂けた。


「あ? なんやねんその目の色……」


「チッ……」


 現れたのは、普段帽子のつばとフードで隠されていた言葉の素顔。

 そこには、白い肌に青い瞳。

 つむぎとは似ても似つかない遺伝子。

 血が繋がっていないどころか、人種すらも超越していた。


「お前。嘘ついたな……

 つむぎと兄妹ちゃうやろおおお!」


 明らかに西洋人の顔つきをした言葉を見て、狂乱した度田が刃を振う。


「せっかくのお楽しみ。楽しま、楽しまなやのに。嘘つきは、嘘つきは大嫌いや!」


 兄妹殺害というお楽しみを取り上げられ、怒りを滲ませた度田は、言葉へ深く切り込んだ。その一刀一刀は言葉の筋肉を裂き、骨へと到達する。


 ――クソ……潮時か。


 たまらず言葉は引き金に指をかけた。

 そして、破裂音が響き、言葉の腕は大袈裟に天めがけブレる。


「おもんない。おもない。おもんない」


 狂気の熱は冷め、代わりに度田の顔に冷笑が張りつく。


「銃も下手くそでヒリヒリ、ピリピリもない。もいいや。つまらん。死んでいいよ」


 一瞬、脱力して度田はナイフを握りなおす。握る指には骨が軋むほど力が込められた。それは、最後を告げる合図だった。


「そ。ならお言葉に甘えて」


 言葉は自分の顎に、ゆっくりと銃口を押し当てた。


 その仕草に度田の瞳に血が走る。


「それは一番おもんないやろクソがあ!」


 鬼気迫る形相で、度田が踏み込んだ。

 一直線に言葉の心臓目掛けて突き込む。

 空気が、悲鳴をあげた。


 ――そう。これでええんや。

 全ては勝利のため……。


 直後。

 銃口が光り。

 銃声が響いた。


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