For victory
たどたどしく話す度田一と、渋谷言葉は鉄の柱に囲まれ向かい合っていた。度田の呼吸音は不規則で、離れた位置に立つ言葉の耳に入るほどうるさかった。
「あなた、あなたはつむぎさんとはどんな関係、関係だったんですか」
「つむぎの兄貴や」
「ほんと、ほんとですか!?」
度田は興奮に息を振るわせ、吐き出す息は熱を帯びる。目は見開いて光を宿していた。笑みの端がピクピク動き、ポケットに手を入れた。
「……?」
「これを、これを見てください」
度田が大事そうにポケットから取り出したのは、一本のナイフだった。しかしその刃は光沢を失い、闇を吸い込むように鈍く暗い。表面には黒ずんだ痕跡がこびりつき、鉄の臭気を放っていた。
「良い、良いでしょ。あのときの感動が忘れ、忘れられなくてそのまんまにしてます。最初は綺麗な赤でした。ベトベトして張り付いたのが乾いて、カピカピなって、濃い焦げ茶色になって……」
度田は恍惚とした表情で刀身を見つめて、舌舐めずりすらした。身体は小刻みに震え始め、異様な喜びを滲ませる。
「……!」
言葉の眉が僅かに動いた。冷静を保つように呼吸を一定に保ったが、キャップに隠れた瞳だけは氷のように冷たかった。
「……匂い、匂いを嗅ぐとね。鮮明に、鮮明に思い出すんです。鉄臭いこの香りっ!
ハっハっハ~、つむぎちゃんの!
つむぎちゃんの香りっ!
刺したときの柔らかい肉に食い込むあの感覚。切りつけたときの飛び散る血潮。
また、またまたまたまた、もう一回!」
狂気を含む度田の声。自らの言葉に酔い、目を血走らせ、刃を高らかに掲げた。
「シャブ中が……」
言葉はバキッと音を立て強く歯を食いしばった。舌を転がし欠損した一部を見つけると、怒気と共に吐き捨てた。
「兄ちゃんと混ざればどうなるん。つむぎちゃんっんんん!」
度田は興奮で全身を痙攣させた。昂りでナイフの先を震わせ、とろけた瞳で言葉を見た。
「ぶっ殺す」
「やるよ? やるよ!? やるよ!!!
たのち、たのちみぃいいいいいい!」
度田の喚声が響く。だがその前に、言葉の眼差しはすでに冷え切っていた。
次の瞬間。
先に動いたのは言葉だった。
「度田。消えろ消えろ。――――――」
言葉の閉口と同時にリボルバーと弾丸の束が現れた。スピードローダー、――円盤状の道具に整列した弾薬を開放した弾倉に押し当てる。すると5つの薬莢は滑りこむように装弾された。
右手のスナップで弾倉と銃身を固定し、撃鉄を倒し構える。迫りくる狂人へと標準を定めた。
すかさず発砲。
オレンジに光る銃口から煙が上がる。
しかし、度田に弾丸はかすりもしない。
言葉が装填の準備を始めたのと同時に、度田も走り出していた。柱を盾に忍び寄る魔の手。一気に距離を詰めない様子は、まるで銃弾を避けるスリルに快楽を見出しているようだった。
――あいつ……楽しんでやがる……。
「ラッパーが弾込めていいん、いいんか!」
「これはラップバトルやない。
それに弾丸は、あくまでもフリースタイルや」
柱と柱を縫うように、言葉へと度田が再度走りだした。
度田が柱から身体を出した瞬間を狙い、言葉は銃口を光らせる。
二発目は柱に当たり、金属がぶつかり合う甲高い音を響かせた。
――外れ……。
度田と言葉の間に遮蔽物はなくなった。
一直線上の勝負。
撃鉄を倒し、支えるように左手を添えた。
「最高最高最高、サイコォオオウゥウウ!」
奇声をあげて度田が走る。
真っ直ぐ、最速最短距離。
左右に蛇行などしない。
度田の全力疾走だった。
――いける。
もっと近くまで引きつけて、確実に。
3発目。
轟音が響く。
言葉が引き金を弾いた瞬間。
銃口から硝煙が立ちこめる先。
度田は地面に滑りこんでいた。
――スライディングで回避!?
にゅっと上体を起き上がらせる度田。
奇声をあげ、ナイフで言葉を切り刻む。
「ギャハ! ギャハハ!」
言葉は後退しながら、致命傷を紙一重で避け続けた。
しかし、それは度田の思惑通りだった。
――こいつ……わざと俺がギリギリ避けられる位置と速さで……舐めやがって……。
皮一枚。
神業のような斬撃が言葉を襲う。
言葉が皮膚に鋭い痛みを感じるたびに赤い血飛沫が飛び散り、床を朱に染めていく。
「お兄ちゃん。たのちー?
ぼくは、ぼくはね! とのちいぃい!!」
表情筋のコントロールも効かなくなった度田は、よだれを撒き散らしながらナイフを振り続けた。
切り傷が増える中、なんとか言葉は避け続ける。
しかし、徐々に傷は深くなる。
――冷静に、冷静に。
勝つために、クールに……!
そのとき。
縦に一閃。
言葉のキャップのつばが裂けた。
「あ? なんやねんその目の色……」
「チッ……」
現れたのは、普段帽子のつばとフードで隠されていた言葉の素顔。
そこには、白い肌に青い瞳。
つむぎとは似ても似つかない遺伝子。
血が繋がっていないどころか、人種すらも超越していた。
「お前。嘘ついたな……
つむぎと兄妹ちゃうやろおおお!」
明らかに西洋人の顔つきをした言葉を見て、狂乱した度田が刃を振う。
「せっかくのお楽しみ。楽しま、楽しまなやのに。嘘つきは、嘘つきは大嫌いや!」
兄妹殺害というお楽しみを取り上げられ、怒りを滲ませた度田は、言葉へ深く切り込んだ。その一刀一刀は言葉の筋肉を裂き、骨へと到達する。
――クソ……潮時か。
たまらず言葉は引き金に指をかけた。
そして、破裂音が響き、言葉の腕は大袈裟に天めがけブレる。
「おもんない。おもない。おもんない」
狂気の熱は冷め、代わりに度田の顔に冷笑が張りつく。
「銃も下手くそでヒリヒリ、ピリピリもない。もいいや。つまらん。死んでいいよ」
一瞬、脱力して度田はナイフを握りなおす。握る指には骨が軋むほど力が込められた。それは、最後を告げる合図だった。
「そ。ならお言葉に甘えて」
言葉は自分の顎に、ゆっくりと銃口を押し当てた。
その仕草に度田の瞳に血が走る。
「それは一番おもんないやろクソがあ!」
鬼気迫る形相で、度田が踏み込んだ。
一直線に言葉の心臓目掛けて突き込む。
空気が、悲鳴をあげた。
――そう。これでええんや。
全ては勝利のため……。
直後。
銃口が光り。
銃声が響いた。




