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銘の者  作者: 笹暮崔
二章
42/52

最終ラウンド


「《悲しみの雨(レイニーブルー)》 借りを返すまで空を覆え」


 灰色の雲が三人の頭上を覆った。

 日光を遮るそれは、どんよりと広がっていく。

 ポツポツと雨が降る中、声の主。皐月(さつき)が、有田(ありた)と倒れた来羅(らら)の元へ歩み寄る。

 

「意外や。お前も雨に何か感じれるんやな」


 皐月の声が湿った空気の中、柔らかに弾む。空から垂れる雨粒が床に小さな拍子を刻んでいた。


「あ? セコンドが何の用や。降参か? 却下や」


 有田は侮蔑を含んだ笑みを返す。雨が彼の汗を流し、余裕すらも感じられる。


「そんなんちゃうよ。俺が相手したるからかってこい」


 皐月は言葉少なく、動じない。

 彼の目には揺るがぬ決意が宿っていた。


「調子乗んなよ……雑魚が!」


 有田は声を荒げた。

 いもしないオーディエンスがいると錯覚するほどに、空気が張り詰める。


「おんなじこと2回も聞きたくないわ」


「……? まあ、ええわ。お前も殺したる」


 床に伏す来羅から皐月へと、有田は標的を変えた。

 よほど自信があるのだろう。

 歩みは静かだった。


 ――来羅、タイマンに首突っ込んでごめん。俺らの美学には反するかもしれん。

   でも、仲間の命より大事なもんなんか、俺は知らんねん。


 皐月と有田の戦いが始まった。


「ワンツー、右ハイ」


 有田が先に動いた。動作に無駄はなく正確で、飛沫を跳ねさせながらパンチとキックをリズムよく繋いでいく。


 一方、皐月は戦意がないのか。

 構え一つ取らず、有田に一切の攻撃を加えない。


 それなのに有田の攻撃は皐月へ届かない。

 有田の拳が走り、蹴りが唸る。

 だが、皐月はそれら全てを紙一重のところで躱していた。


「……なんでお前に攻撃が当たらんねん」


 困惑する有田に、皐月は冷たく告げる。


「俺はお前の考えが読める。口にするよりも先にお前の行動を把握すれば、避けられる」


「そういうことか。でも、お前が避けれるのは現時点での俺のスピード。このまま俺のギアが上がり続ければ、お前なんかワンパンや」


「その通り。

 やけど、そんなもん俺には関係ない」


「は?」


 思わず口をあんぐりと口を開いた有田。

 刹那――背筋が凍る。


「俺はあくまで時間稼ぎやから」


 皐月はチラリと有田の背後に目をやった。


「まさか……」


 有田の表情が歪む。

 振り返った瞬間。

 左のこめかみを撃ち抜く一閃。

 意表を突かれた有田は大きく吹き飛んだ。


「おかえり、来羅。ファイナルラウンドや」


 二人はハイタッチを交わした。

 軽快なクラップ音と裏腹に、皐月から遠ざかっていく来羅の背中からは、静かな圧が放たれていた。


(ありがとう皐月)


「礼はいいよ」


 声を発せない来羅だが、皐月の銘力により二人は意思の疎通を可能にしていた。


(――――――。この作戦どう思う?)


「来羅らしくていいと思う」


(よし。今度は私がぶっ倒してくる)


「行ってらっしゃい」


 彼女の背に、皐月は小さく呟いた。


 


「っ! いってえな。ラッキーパンチで調子乗んなよ。無能が」


 来羅に殴られたこめかみを抑えながら、有田が立ち上がる。

 そこへ、瞳を燃やした来羅が近づいていく。


 ――能力上昇率で負けてんのに、同じキックボクシングスタイルで戦おうとしたのがあかんかった。


 有田の間合いに来羅は踏み込んだ。


 ――私はダンサー。気持ちも、闘いすらも踊りで表現する!


 有田の右ストレートが、稲妻のように一直線に突き出された。

 

 来羅は大きく動かず、肩をすくめるように上体を滑らせる。腰を軸に、頭を小さく左右へ振る。有田の拳は来羅の髪の毛をかすめる距離を通過し、空気が頬を打つ。


 視界の端で拳が抜けるのを確認すると同時に、重心をずらして一歩沈む。

 

 それは回避でありながら、次の反撃への布石。


 来羅は力強くステップを踏み、流れるように身体をシェイクする。美しく流線を描く彼女の四肢の動きを有田は捉えることができず、放つ拳は次々に空を舞う。


「……! なんで当たらんのやあああ!」

 

 有田の鼓膜は震えていない。

 そのはずが、脳に直接音楽が流れ出した。

 来羅の動きが創り出す世界に有田は翻弄された。


「なんやねん。なんやねんこの音は!」


(いけ、来羅。お前が終わらせろ)


 皐月の願いに応えるように、来羅は動き出す。


 呼吸を整えるようなステップの後。

 フードを被り、彼女は周りだす。


 ――もう、悩まへん。

   もう、止まらへん。

   もう、私は弱くない!


 来羅は床に両手を突き、勢いよく身体を回転させた。右の掌で支点を作り、左手で地面を弾き加速を得る。遠心力に乗った脚が鞭のように唸り、有田のガードを容赦なく弾き飛ばした。


 彼女の勢いは止まらない。

 

 そのまま体勢を崩さず、来羅は背中へと回転を繋ぐ。床を滑る背中から再び彼女の両脚が大きく円を描き次の瞬間。刃のような両脚が雨粒を弾き、風車のごとく襲いかかる。回転のたび脚に重さと速度が乗り有田の胴を、肩を、顎を無差別に薙ぎ払った。


「ぐっ……!?」

 

 有田の体が押し戻される。

 しかし、来羅は回転を止めず、連撃の波をさらに畳みかけていった。


「調子乗んなや! ローキックや!」


 回転の軸をへし折るべく、来羅の猛攻の嵐の中、有田は無理矢理右の蹴りを放つ。


 ――有田。“有言実行”よりも、“不言実行”の方がカッコいいって知ってた?


 有田のローキックが来羅へ迫る。

 

 瞬間。

 来羅は手のひらで地面を強く押し、空に舞った。

 

 無理に放った有田の蹴りは、空振りに終わり体勢を崩す。


 来羅は空中でくるりと身を翻し、前転。

 すると、視界が一瞬床と天を入れ替える。


 回転の頂点に達したとき、来羅は鋭く片脚を伸ばした。まるで天を貫くように真っ直ぐと伸びたそれは地表の敵へ標準を定める。

 

 踵を突き出し、重心を一点に乗せ、重力をも一体とした踵落としが、有田の脳天を穿つ。


 ――《沈黙の武闘曲(サイレントワルツ)》!


 地面まで突き抜けた衝撃は、一瞬にして有田の意識を刈り取った。


 


 雨音が弱まる中、有田との決着はついた。

 そう考えていたのは皐月だけだった。


 倒れた有田に満身創痍の来羅は足を引きずり近づいていく。それを、皐月は静かに引き留めた。


「来羅、その先は行動に移したらあかん」


(なんで? こんな奴生きててもしゃーないで)


「それでもあかん。その考えは、不言不実行にせなあかん」


 能力のせいか、あまりに深い悲しみのせいか。来羅が握りしめた指先が手のひらを貫通してしまうのではないかと、肉に食い込み血を流していた。


(皐月は、つむぎが殺されてなんにも思わんの……?)


 来羅は振り返った。

 皐月を睨みつけようと思った。

 

 だが、できなかった。

 

 雲の隙間から差し込んだ陽光が皐月の影を一層濃くする。能面の様に色のない表情。彼の唇の端からは一筋の赤が滴っていた。


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