4話 命を賭ける覚悟
「そもそも銘力ってなんなんですか?」
「なんや流師、そこを省いて連れてきたんか?」
矢峰は核心を語っていなかった流師と、それでもここまできた時雨に驚愕していた。
「まだ詳細は語っていません」
流師が申し訳なさそうに言った。普段の仕事上手な雰囲気とは少し異なる、末っ子のような姿から矢峰との関係性が良好なことが伺われた。
そうして、矢峰は時雨に銘力について語り始めた。
「銘力が座右の銘により引き起こされる不思議な力、ということは流師さんからお聞きしたんですが。あまりイメージができなくて」
「その認識でおおよそは合っていますよ」
流師が覚えていて偉いですね、ご褒美ですと言わんばかりに時雨にスマイルを送る。
(流師さんに、何歳やと思われてるんや……)
「座右の銘ってのは自分にとって大切な言葉。特別な言葉のことや。そんな言葉と自分が真に共鳴したとき、自分の一番近くに刻まれるんや。その結果、銘力が生まれ、そいつは銘力者になる」
(あの雨の中、"井の中の蛙大海を知らず"って自分に刻まれたって考えたらなんか切ないな……そんなに強く共鳴してもうてたんか……)
「銘力は、十人十色、千差万別。人それぞれに大切にしてることが違うように、言葉が違えばその力も異なる。同じ言葉でも、解釈によって力が異なることもある。言葉との共鳴が強いほど銘力も強くなる。ここの一員になるにはある程度の強さが必要や。その点は流師が連れてきたから、お前さんは合格なんやろな」
(てことは、自分は意外と強かったりすんのかな?)
「強さが見込めなくてはこの仕事は務まらないので」
何かを思い出すように伏目で流師が呟いた。
なぜだか分からないが、今の流師の中に渦巻く感情はとても大切なものだと時雨は感じ取った。
「強さが必要なのは、銘力を悪用する人に対抗するためにですか?」
「ええ、そうです」
「おいら達の仕事はそんな輩から、人を守ること。安全な仕事やない。文字通り命を賭けなあかん場面が必ず訪れる」
矢峰が放つ圧倒的なプレッシャーによって、気がつけば部屋の空気は重たくなっていた。
矢峰は真剣な眼差しを向けて、時雨に問いかける。
「それで、お前さんどうするよ? 命を賭ける覚悟はあるんか?」
昨日から今までのことを振り返り、時雨は思考を巡らせた。
数秒の後、矢峰の目を見据えて時雨は答える。
「正直、まだ考えが追いついてません。痛いのは苦手です。死ぬのなんて、絶対に嫌です。でも、こんな僕でも、誰かを守ることができるって知りました」
昨日、時雨が救った子供の笑顔、温もり、小さな手が思い出される。銘力がなければ子供を助けることはできなかった。目の前で幼い命を失い、また自分の無力さを嘆くだけだったかもしれない。
だが、今は違う。
時雨は人を助けることができる力を得たのだ。ただ悲痛な思いをするだけの自分から変わる力を得たのだ。
時雨は決心した。
「傷ついた誰かを見て涙を流すよりも、自分が傷ついてでも誰かの笑顔を守りたいです」
「うむ、よう言いよったわ」
いい目をしていると満足そうに矢峰は頷いた。
「まだまだ知らないことも多いですが、これからよろしくお願いします」
席を立ち、時雨は腰を曲げ深いお辞儀をした。
「流師、お前さんのとこでこいつの面倒見てやってくれ」
「はい、そのつもりです。時雨君、あなたは今日から特課第二班の一員です。改めて、二班班長の流師です。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします……」
流師の微笑みを見て何かされるのではと、時雨は少し背中が寒くなった。
「二班にはあと副班長がいるんですが、また会ったときにでも紹介します」
「はい、楽しみにしてます!」
「後は、訓練あるのみやな」
「銘力のコントロール訓練と、あとは対人格闘ですね」
「僕も戦うかもしれないんですもんね。体育の柔道くらいしか経験がないんですけど、できるでしょうか」
「できるようにするしかないです。自分と他人の命が左右されると思えば、自ずと身につきます」
(そうや、自分だけじゃない。人の命もかかってんねん。やるしかない。強くなるしかないんや。)
「今日はこれで解散です。また連絡します、それでは」
「時雨日々生! 励め、期待している」
矢峰の腹から出た声は時雨の気持ちに更に火をつけるのに十分な力強いものだった。
「はい! ありがとうございました!」
昨日から瞬く間に時間が流れる。有意義な時間を過ごせていると感じたのはいつぶりだろうか。
時雨の心は晴れ渡っていた。
(母さんに、就職決まったって伝えな。でも、どこに決まったって伝えたらええんや……)