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銘の者  作者: 笹暮崔
二章
39/52

誓い

 


 大阪の中心から和歌山の山間部に向け、時雨日々生(しぐれひびき)は自身を含む七人を乗せた黒いワンボックスカーを走らせる。出発前、助手席には皐月(さつき)が乗ろうとしたが、副班長だからとよくわからない理由で白南風喜己(しらはえきき)が隣に座っていた。


 特課二班の三名は捜索していた銘力者の元へ、"リリッカー"の四人は殺された糸井つむぎの()()を返すために、"アウェイキング"のアジトへ向かう道中だった。車内の会話は白南風と時雨が順路について話す程度で、後部座席に座る面々はそれぞれが思いを馳せていた。


 届山響とどけやまきょうはつむぎとの思い出をゆっくりとなぞっていた。そして、彼女の通夜の記憶で立ち止まる。それは彼の決心を更に強めるものであった。


 ***


 参列者がいなくなった式場はとても静かだった。

 明日の葬儀はこの場にいる"リリッカー"の四人だけ。元々身寄りのないつむぎにとって、"リリッカー"のメンバーこそが、かけがいのない家族であった。


 つむぎの親友の来羅(らら)は音もなく涙をこぼし、皐月は最前列で魂が抜けたように座していた。血の繋がりはないがつむぎの兄として共に過ごしてきた言葉(ことは)は、この場に耐えられないのだろう。しばし席を外している。


 響はただ一人で棺の側から離れられずにいた。


 糸井つむぎ。

 少しでも彼女の近くに身を置きたかった。


 棺の中のつむぎは穏やかな寝顔とは呼べないものであった。顔には痛々しい痣と傷が残る。白装束で隠れた身体にも無数の見るに堪えない跡が残されていた。


 司法解剖の結果を踏まえて、死因は覚醒剤の過量摂取後に引き起こされたバイクによる事故死と断定された。


『いつかみんなで何千、何万人って入る箱を埋めてさ。そんで、響の作った音楽聴けたら、うちはもうなんも思い残すことないと思うねん』


 いつか、つむぎが響に語った夢が脳内によぎった。


(なあ、つむぎ。

 薬に頼らなあかん何かがあったんか?

 俺は薬よりも頼りなかったか……?

 俺はそんなにお前にとって……

 こんなん考えても、もう遅いよな。

 お前は……もう、おらんねんから)


 響は軋むほど強く棺桶の端を握りしめた。


(俺はな……俺は、俺が作った音楽が“お前に届いて欲しかった。お前の心に響いて欲しかった。”何万人が聞いてくれたとしても、その中につむぎがおらな、なんも意味なんかないねん………………)


 つむぎへの想いを止めることができない。


 時間が経つごとにつむぎの死を実感する。最初はただ茫然と何も考えることができなかった。受け入れることができなかった。だが、通夜を執り行い、明日には葬儀が控えている。そうした一連のつむぎを送り出す儀式が、彼女の死を響の中でより鮮明にしていった。


「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 響の叫びが悲しみで静まる部屋にこだまする。


 恥も外聞などかなぐり捨て、ただ泣き叫んだ。


(“お前に届いて欲しかった。お前に響いて欲しかった。”ただそれだけやった……!)


 泣いても止まらない。

 叫んでも収まらない。

 もう想いは届かない。


 彼女の死を覆すことはもうできない。

 響の胸は引き裂かれるように痛んだ。


 どれくらいの時間泣き喚いたのかわからなかった。数分だったかもしれないし、数秒程度だったかもしれない。虚無感に襲われ、つむぎを入れた白い箱にしがみつき、響は動けなくなっていた。そこに言葉の声が響の耳に入ってきた。


「おい、来羅、皐月! 大丈夫か! どうしたんや!」


 慌てふためく声を聞き、響はやっと我に返った。


「言葉、お前やっと戻ってきたんか……」


 振り返ると、気を失っている来羅と皐月を必死な顔で揺らす言葉がいた。


「なんや……これ……」


「なんやって、お前が一緒におったんちゃうんかい!」


「俺はずっとここにおって……」


「ん、んん……」


 唸り声を上げながら皐月が目を覚まし、続けて来羅も無事に目を覚ました。

 目をこすり、寝ぼけたような顔をする二人を見て、言葉と響は胸をなでおろす。


「よかった。二人とも目覚(めぇさ)ました。一体何があったんや?」


 言葉の問いに、皐月を記憶の最後を振り返り、答えた。


「響が叫んだと思ったら鼓膜が痛くなって、なんかグワングワンして、気付いたら今になってた」


「どういうことや……」


「まさか、響もなんか……」


 皐月の説明を全く理解できなっかた響に対して、言葉は心当たりがあるように震えた声で呟いた。


「俺もってどういうことや、お前らなんか知ってんのか?」


「俺もやねん」


「えっ!? 言葉もなん?」


「皐月もなんか!?」


 私も私もと、来羅が自身を指さした。


「来羅もか?」


 状況を呑み込めない響。三人の会話についていけず、蚊帳の外。割り込むように声を発した。


「待ってくれ、俺を置いていかんといてくれ」


「ごめん、ごめん」


 落ち着きを取り戻した三名。言葉が代表して事情を説明した。


「俺ら四人とも、心に残る言葉に関する不思議な力の持ち主みたいなんや」


「心に残る言葉に関する不思議な力……?」


「俺も詳しいことはわからん。つむぎに教えてもらって、周りには言わん方がいいって言われたんや」


 突拍子のないことを言われ眉をひそめた響だったが、つむぎの名を耳にして疑念を振り払った。


「俺のその力で二人は気絶したってことか?」


「そうなる」


 信じがたいことであるが、事実は事実。持ち前の頭脳で響は理解に努めた。そして何より、響はつむぎのことを信じていた。


「なんでつむぎはそんなこと知ってたんやろ」


 皐月が不思議そうに呟いたが、響はそれを一蹴した。


「今それを知っても何も変わらんやろ。他にやることがある」


「なんや、やることって」


 一同が響に注視した。

 水滴の跡で汚れたレンズを几帳面に拭きながら言葉、皐月、来羅の顔を何か確認するように鋭く見つめて、響は冷たく、そして重々しく話した。


「よく考えたらわかることやった。冷静に考えて、つむぎがシャブ使うなんて考えられへん。絶対になんかある。それを調べるんや。こんな力があるなら、できることもあるやろ」


「たしかにな」


「うん。いいと思う。調べてみよう。多分、俺の力は役に立つと思うし」


 言葉と皐月に続き、来羅も深く頷き同意した。


「決まりや。このまま終わらせるわけにはいかん」


 決意を1つにした四人はつむぎが眠る棺に集まり誓った。つむぎの好きだった真っ赤な薔薇を一輪ずつ添えて。


 ((この借りは必ず返す……!))

 

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