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銘の者  作者: 笹暮崔
一章
3/31

3話 大阪府警特別対策課

 

 昨日、流師善彦(ながしよしひこ)に渡されたメモが記す住所にやってきた時雨日々生(しぐれひびき)


 そこは大阪の中心部から徒歩十数分のところにある綺麗なマンションだった。中はゆったりとしたエントランスが広がり、普通のマンションには似つかわしくない重厚な自動扉の隣に管理人室があった。


 各部屋に通じるインターフォンらしきものは見当たらず、時雨はキョロキョロしていると管理人室から声が聞こえた。


「こちらでご用件を伺います」


 受付のガラス越しに、警備員の制服を着た愛想の悪そうなお爺さんがいた。受付というにはガラスは分厚く、会話ができるように空気穴が空いている程度だった。


「本日、面接を受けに来ました。時雨日々生です。流師様に通していただけますか」


「面接の子か、話は伺ってますよ!前方のエレベーターに乗って、5階で降りたら流師くん待ってはると思うわ!肩の力抜いて、頑張っといで!」


(怖い人かと思ったら、気さくでめっちゃ優しい管理人さんやん)


「はい!行ってきます!ありがとうございます!」


「おう、行ってらっしゃい!」


 実は気さくな管理人に見送られ、広々とした昇降機に乗り5階のボタンを押す。操作盤を見る限り、この建物には地下が5階まであり、地上は10階まであるようだ。


(こんな地下が多いマンションって見たことないな。てか、マンションで合ってんのか?こんなとこに警察の部署があんのか?)


 エレベーターの扉が開くと、デスクと椅子が綺麗に並んでいた。ごく一般的なオフィスの風景だった。


 一般的でない点は、時雨を待っていた上品な男、流師以外に誰もオフィスには居ないという点だろうか。流師は立ち姿から洗練されており、ここまで見事な紳士ぶりに男の時雨も惚れ惚れとする。


「こんにちは、時雨君。昨日はよく眠れましたか?」


「いえ、一睡も。誰かのせいで国家権力を敵に回すことが怖くて寝れませんでした」


「それは効果があってなによりです」


(なによりちゃいますよ……)


 微笑む流師を見て、この人は油断ならないぞと時雨はまた少し緊張する。


「それでは今から私と課長によるあなたの面接を行います。こちらの部屋です」


 案内されたのはフロアの一番奥の部屋だった。


「課長、失礼します。本日面接を受ける時雨君をお連れしました」


「入れ」


 流師が扉をノックし、用件を伝えると中からは年季を感じさせるしわがれた声が聞こえた。


 流師の後について、恐る恐る部屋に入る。構造的に道路に面しているはずの部屋には窓はなく、奥には大きな机と椅子があり、白髪混じりの男性が腰掛けていた。


 部屋の中央には来客用の机と一人がけの黒革の椅子が二つずつ机を挟み並んでいた。


「失礼します。時雨日々生です。本日はよろしくお願いします」


「大阪府警特別対策課課長の矢峰(やみね)与一(よいち)だ。よろしく頼む。でもな、今日はそんなに畏まらんでくれや」


「はい…」


 矢峰と流師が中央の椅子に腰掛け、どうぞと時雨を座らせた。


「お前さんが面接に連れてこられた時点で、合否は決まってんや」


「どういうことですか?」


「騙したみたいで悪かったね。面接といっても、今日は説明と確認に近いものなんだ」


 どうやらこの面接は今まで時雨が受けてきたどの面接よりもイージーだぞと思いがよぎった。しかし、そんなにうまい話もあるまいと時雨はすぐに気持ちを切り替えた。むしろ、警戒心を強めることにした。


「銘力に目覚めて間もないお前さんに、おいら達の仕事を知ってもらう。そんで、納得して働いてもらうためってわけよ」


「なら、僕はもう採用されたも同然ということですか?」


「ああ、ここで働くかどうかはお前さんの判断次第。せやけどな、よう考え。自分の命をかける覚悟があるかどうかをな」


「命をかける覚悟…」


 命をかける覚悟。

 それはつい先日まで普通の就活生だった時雨にとって、イマイチピンとこないものだった。しかし、この覚悟が何より大切なのだと直感した。


「うむ。そのためにもまず何から話すかな」


 矢峰は何かを確認するかのように横目で流師を見る。


「まずは、私達の組織についてお話しするのはどうでしょうか」


 矢峰は流師の言葉に深く頷き、組織のあらましを語り始めた。


「そうやな。おいら達、大阪府警特別対策課。略して特課(とっか)は、銘力(めいりょく)に関する事件を扱ってる。特に、西日本で起こる事案を担当しとる。東のことは警視庁特別対策課が担当しとる」


「私達特課の実態についてはごく一部の人しか知りません」


「知ってるんは、おいら達特課の(もん)と一部の偉いさん方だけや」


「普通の人は銘力なんて知らないし、銘力を知らなければ特課を知ることもないからですね」


(やから、流師さんは昨日あんなふうに脅してきたんか。てか、ほんまに他言無用の内容やな)


「ああ、そうや。特課の扱う事案は銘力に関するもんやからな。主な任務は、お前さんみたいな新しく銘力者になった(もん)を保護することと、銘力を悪用する(もん)への対応になる」


「保護というのは、どうするんですか?銘力に目覚めた者はみんな、特課の隊員になるんですか?」


「いえ、銘力といっても力の強弱は人それぞれです。弱い力なら銘力者として登録し、監視のもとになりますが日常生活を送っていただきます」


「特殊なチップを埋め込んで、どこにおるか、銘力に関することを話していないか、銘力を使っていないか、悪いことしてないかを分かるようにするんや」


 二人が随時補足をしてくれることにより時雨の理解は捗ったが、内容には疑問符を抱かずにはいられなかった。


「そんなこと、人権侵害じゃないですか……許されるんですか」


「人権()()とでも言って欲しいもんやな。せやけどな、大勢の安全ためにこの力はコントロールせなあかん。こんな力が公になれば、どんな輩が何をしでかすか分かったもんやない。世界の秩序を維持するためにも、許す許されへんじゃなく、受け入れるしかない」


(理屈はなんとなく、分かるけど……)


 大勢のためとはいえ、銘力者が監視されていることにあまり気は進まないと時雨の顔は少し曇った。


「それに、おいら達も鬼ちゃう。悪させんかったら何もせんし、納得して登録してもらってるんや。綺麗ごとだけでは残念ながらどうにもならん」


(綺麗ごとだけではどうにもならんか……確かに現実はそうやけど……)


 時雨は心を切り替えることに努めた。そして気になったことを尋ねていくことにした。


「世界の秩序って、世界中に銘力者はいるんですか?」


「はい。先進国には私達のような機関が存在し、情報を共有することもあります」


「そんなに銘力者は多いんでしょうか」


「自分と強く共鳴する言葉を見つけることができれば誰しもが銘力者になることは可能や。せやけど、実際はそんなに(おお)ない。日本で登録されている銘力者は100に満たん。野良の銘力者がどんなけおるかはわからんけどな」


 自分は特別なのかもしれないと時雨は少し気持ちが高揚した。


「なるほど。あの……ここまできて、恥ずかしいんですけど……」


「時雨君、疑問に思ったことは遠慮なくお聞きしてください。今日はそういう場ですので」


 流師は時雨の気持ちがほぐれるように優しく語りかける。


「はい、ありがとうございます。では、そもそも銘力ってなんなんですか?」


「なんや流師、そこを省いて連れてきたんか?」


 矢峰は核心を語っていなかった流師とそれでもここまできた時雨に驚愕していた。


「まだ詳細は語っていません」


 流師が申し訳なさそうに言った。普段の仕事上手な雰囲気とは少し異なる末っ子のような姿から矢峰との関係性が良好なことが伺われた。


 そうして、矢峰は時雨に銘力について語り始めた。




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