届かへんねんから
渋谷言葉の次に名乗りを挙げたのが、谷口来羅だった。彼女は喋ることができないので、彼女の手話を言葉が通訳してくれた。
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私とつむぎはクラスは違うけど、同じ中学校やった。
一つ上の学年に言葉がおったけど、あんまり学校に来るようなタイプじゃなかったのを覚えてる。
私は生まれつき話すことができんかった。
そのせいか、あんまり人と関わりがなかった。
ううん、それは違うな。
私の方から人との関わりを避けて、独りでおることにしてた。
どうせ手話なんて分かる人はおらんかったし、筆談なんかテンポが悪くて誰もしたがらんと思ってたし、実際にそうやったから。
教室でただ真面目に授業を受けて、一日が終わるのを待ってた。
ほんまに、あの頃は毎日おもんなかったな。
周りからのちょっかいにはいつの間にか慣れた。
幼稚園の頃から「なんで来羅ちゃんは話せんの?」「なんでみんなとちゃうの?」って言われ続けてきたから、からかわれるのが私には当たり前になってたんかな。
まだそんときはいじりってより、彼等の純粋な疑問やったから耐えれてた。
成長と共に慣れていった。
慣れていったはずやった。
中学生っていう多感な時期やったからかな。
私は日々が憂鬱になってった。
(なんで話せへんの? なんでみんなと違うん?
そんなん、私が一番知りたいに決まってるやん。
私からは、みんなに何もせえへんから。
お願いやから、みんなも私に何もせんとってや……)
自分の内に秘めた叫びも、私は声に出すことができん。
ただただノートに書き殴るしかなかった。
綺麗な海を見ても、こだましそうな青々とした山を見ても、私はみんなと一緒に「やっほー」なんて言われへん。
だって声が出やんねんから。
そんなんしても、虚しいだけやろ?
いじってくる人達に言い返すことができひん日々が続いた。
最初はごく一部の悪質ないじりが、徐々にエスカレートして、クラスの皆んなに伝播していったあの恐ろしさを今でも覚えてる。
今思えば、私の限界はとうの昔に超えてたんちゃうかな。
部活で良い結果が出せなかった腹いせか、はたまた勉強のガス抜きか。
クラスに渦巻いた不平不満の吐口にされた感覚がしておざましかった。
こいつになら石を投げてもいい。
だってみんな投げてるんやから。
こいつになら何を言ってもいい。
だって何も言い返さんねんから。
だってこいつは、みんなができるはずの話すとことができひん、みんな以下の存在なんやから。
女子の集団は日に日に勢力を拡大して、やれ誰々の彼氏を狙ってるだの、やれ万引きしただのと、私のありもしない陰口をたたいてた。
それまで、ほんの一言二言だけで、ぼそっといじってくる程度やった男子がある昼休み、皆んながおる教室で私を標的にして遊び始めた。
彼等はクシャクシャに丸めたプリントと一緒に、心無い言葉も私にぶつけてきた。
何回も、何回も、何回も、何回も。
見て見ぬふりをする者。
居心地の悪さから退室する者。
面白いことが起きたと好奇の目を光らす者。
皆、一様に加担したことに気付いてへんかったん?
私は全部気付いてたよ。
あんたらの顔も忘れてへんで?
「おい、谷口、なんか言ってみろよ? あっ! そっか、言えへんか! お前話されへんもんな!」
「「ガハハ!」」
私は奥歯を噛み締め、スカートを強く握りしめた。
(私が。仮に、私が話せたら辞めてくれたん?
話されへんだけでこんなことされなあかんの?
私があなた達になんか酷いことした?
なんで。なんで、私がこんな目に遭わなあかんの?)
「やっぱり話されへん奴はつまらんな」
「お、おい有田、流石にそれは止めろよ……」
「大丈夫、大丈夫」
私はそのとき危険を感じた。
(さっきまで機嫌よく笑って私をいじめてた奴が止めることって、どんなこと?)
私が振り返ると、今まで私を見てたクラスメイトが、いじめを黙認してた奴らが、気まずそうに視線を逸らした。
その奥で、悪魔のように笑いながら私に照準を定め、鋭い彫刻刀を投げナイフの様に構えてる有田がおった。
(ああ……もう、どうでもいいや。
楽しいことも何もない。幸せな事も何もない。
もういいや。いっそ、それを喉にでも刺してくれたら、こんな私でも声。出るかもな)
「今から、この彫刻刀を谷口に向かって投げまーす。男に二言はありませーん。有言実行しまーす」
そのときは本気でここで死ぬんやって思った。
べつに死んでええわって思った。
誰にも私の言葉はどうせ届かへんねんから。
そんなときやった――私が初めてつむぎと出会ったのは。




