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銘の者  作者: 笹暮崔
二章
26/52

にいに

 

 口を閉ざした、響の代わりに渋谷言葉(しぶやことは)は続けた。


「俺の妹――糸井つむぎが"アウェイキング"に殺された」


 糸井つむぎ――その名は"リリッカー"の五人目のメンバーの名と一致していた。


 気づけば、先程まで室内を満たしていた殺意は悲しみへと姿を変えていた。"リリッカー"の四人は俯いており、彼等になんと言葉をかければいいのか、時雨はわからなかった。


「話してはくれませんか? 糸井つむぎさんのことを」


 ポカポカとしたお日様が包み込むような、柔らかい声で流師は彼等に頼んだ。


「ああ、そうやな話しとこか」


 少し鼻声になった言葉が答える。言葉の表情は隠れていて見えないが、抑揚から必死に明るく振る舞おうとしているのが伝わった。


「必要ない。こいつらにつむぎのこと話す必要なんかない」


 言葉とは対照的に響は怒気を含んだ声で、刺々しく反対した。


「必要ある。"アウェイキング"の強さがわからん以上、助けになってくれる存在は必要や。今回のことで、俺らの強さがどんなもんかわかったやろ」


「……」


「それに、つむぎなら『うちのこともっとみんなに知ってもらわな!』くらい言いそうやろ?」


 言葉は寂しそうに口元を緩めて言った。


「でも、こいつら警察やぞ」


「俺らが嫌いな普通の警察とちゃう。警察の一言でこいつらはラベリングできるもんちゃうやろ。それに、一般人の俺らだけの力やったら、どうしても限界がある」


「やけどな……」


「ええ加減にせえや!」


 二人の語気が強まる。

 一触即発の状態を周りの者は見守るしかできない。


「響、流師と戦ったお前が一番分かってるやろ。いや、戦わんくてもお前なら分かるやろ。しっかりしろや、感情の矛先を間違えんなや」


「……」


「つむぎならなんて言うか、なんて思うか。俺たちならわかるやろ?」


 静まり返った部屋に響の深い呼吸音が響く。


「ありがとう、言葉。ダサかったな。俺」


 響の昂った感情は落ち着いたようだったが、溢れ出る悲しみを隠すことはできていない。


「この人らに知ってもらお。つむぎのことを、あいつがどんな奴やったかを、確かに俺らと生きてたことを」


 そう言うと、渋谷言葉は静かに語り出した。


 糸井つむぎのことを。


 もうこの世にはいない、最愛の妹との出会いを。


 ***


 糸井つむぎは俺の妹や。


 妹といっても、俺達は同じ施設で育っただけで血の繋がりはない。


 俺は物心ついたときから、周りには疫病神扱いされてた。


 今、考えればそらそうやろうな。


 気に食わんかったら殴るし、そうでなくても殴ってた。

 とんだ暴れん坊やった。

 同じ施設の奴も、職員さえも、誰も俺とは関わろうとせんかった。


 世界には、俺一人やった。


 そんな中、つむぎだけが俺のことを『にいに』って呼んで、しつこくついてきた。


 俺はあいつがウザくて、寄ってくるたびに突き飛ばしてた。


 一個下の女の子にも手あげるなんか、当時の俺はほんまにクズもいいところや。


 それでもあいつは『にいに!』って、学校でも施設でも俺の後を追ってきてん。

 数回繰り返して学んだんか、突き飛ばされへんように離れてやったけど。


 昔からつむぎは明るくて、優しい奴やった。

 人に好かれる、俺とは正反対の奴やった。


 そんなつむぎが、なんでわざわざ俺なんかに付き纏うんか、理由がさっぱりで気に食わんかった。




 俺は当時から腕に自信があってん。


 同い年には数人相手でも喧嘩は負けたことなかったし、中学生相手でも、高校生相手でも、タイマンなら負けることはなかった。


 俺が小学校五年のある日のことや。


 施設の近くの公園で、うるさくて癇に障った高校生二人を不意打ちでボコボコにした。

 そしたら次の日、五人がかりで仕返しされた。


 相手はみんな俺よりも10センチも20センチもタッパがあって、体重もずっと重い。

 とにかく体格が違いすぎた。

 文字通り子供と大人くらいの差があったわ。


 当然、勝てる訳もなく。

 俺は血まみれで、骨も折れてただ亀のように丸まってた。

 最小限の怪我でなんとか耐え凌ぐしかなかった。


 そんなときにあいつ――つむぎがやってきた。


「辞めて! にいにをいじめんとって!」


 いきなり幼い女の子が喧嘩の仲裁に現れて、高校生はみんなあっけに取られてた。


 でも、あいつら以上に俺が驚いた。


 だって、ずっと俺の世界には俺一人だけで、誰かに助けてもらうなんて知らんかったから。


 つむぎが俺に覆い被さってくれたおかげで、あいつらは俺を蹴るのをやめて帰ってくれた。


 ボロボロになった俺を見て、つむぎはワンワンと煩いくらいに泣き叫んでた。


 でも俺は、それが気に入らんとは思わんかった。

 めっちゃ煩かったのに、嫌悪感はなかった。

 ほんま、不思議な気分やったわ。

 あの感情の名前をあのときの俺は、まだ知る由もなかってんけどな。


 その帰り道、つむぎが手を繋いできた。


 俺は身体中、骨の芯までジンジンと痛かった。

 ほんまなら、手を触られるのも痛くて、ウザいはずやった。


 やのに、徐々に痛みが和らいだ。


 身体中のジンジンとしたものはなくなってた。


 でも、殴られたり、蹴られたりしてないはずの心だけはジンジンと苦しなった。


「なんで……あんなことしたんや」


「だって、うちのにいにやもん」


「なんでや、なんで俺についてくんねん」


「うちがここの施設に移ってすぐのとき。男の子にいじめられたけど、にいにが助けてくれたから。そんときに、この人がうちのお兄ちゃんなんやって思ってん」


「覚えてへん。それだけか。そんなん、ただの気まぐれやし、そのあと俺は……お前に手あげたりしたし……」


「うん。でも、それでも……にいにはうちが一番辛くて、寂しくて、悲しいときに助けてくれた。

 それに、にいにがあのとき助けてくれたから、うち、いじめられへんくなってんで!

 やから、にいにが辛いときはうちが側から離れへんねん!」


「そーか」


「うんっ!」


 俺は初めて誰かに笑顔を向けられた。


 初めて誰かを笑顔にできた。


 この日から、俺の世界には妹が増えた。


 土足で俺の心に踏み込んでくる妹が。


 自分を危険な身にさらしても懸命に兄を守る、強くて弱い妹が。


 それがなんなのかよくわからんかったけど、悪い気はせんかった。


 叶うなら、もう一度つむぎに会いたい。


 そのためなら、俺はまたあの頃にも……戻れる。

 

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