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銘の者  作者: 笹暮崔
二章
23/52

Some people feel the rain. Others just get wet.

 

「命の恩人と戦いたくないんです。でも、許してください」


 以前、特課ビルの前で時雨(しぐれ)が助けた人物――皐月(さつき)はそう言いながら、時雨にタックルをした。


「べつにいいよ。助けたことは今も後悔してないしっ!」


 時雨はしがみつく皐月を振り払おうとしたが、なかなか動かない。


(服で気付かんかったけど、ガッチリした体格やなっ)


「俺の力はここじゃ使いにくいんで、一緒に外まで来てもらいます」


「俺の力……?」


 皐月は時雨を掴んだまま、勢いよく非常口を飛び出し、そのまま二人は階段から転げ落ちた。




「いったあー、無茶しすぎやろ」


「大丈夫? まだ生きてますか?」


 二人は痛む体の節々を押さえつつ、それぞれに起き上がった。


 転がり落ちた先は路地裏。そこは建物の窓から漏れた微かな光源しかなく、薄暗い。


(目が慣れるまで時間を稼いだ方がいいかもな)


「俺たち歳が近いと思うんやけど、お互い気楽に話さへん?」


 時雨はまるで友達に話しかけるように皐月に提案した。


「おっけい。話し方が変わると随分雰囲気も変わるな」


「さすがに上司にタメ口では話されへんからな」


「それはたしかに。ところで、命の恩人の名前くらい聞いときたいねんけど、教えてくれる?」


「俺は時雨日々生(しぐれひびき)。そっちは?」


保部皐月(ほべさつき)


 時雨の目は次第に暗闇に慣れていき、まもなく問題なく戦闘を行えるまで周りが見えてきた。そこで、一歩踏み込んで皐月に探りを入れることにした。


「ところで、さっき『俺の力』って言ってたけどなんのこと?」


「それは、日々生ならわかるんちゃう? 不思議な力の話してたし」


「やっぱり、皐月も銘力者(めいりょくしゃ)なんか」


「銘力者っていうんや。俺もってことは、日々生もなんやな」


(あ、班長にぼかせって言われてたのに言うてもうた)


 皐月に銘力者と呼ばれ、時雨は空を見上げる。月が微かに顔を出していた。今日の天気予報では降水確率0%。雨天時しか銘力が使えない時雨は、実質一般人と変わりなかった。


「そうかもな」


「なら、恩人相手でも俺も存分にやれるな」


 皐月はそう言うと、手の平を空に向け両手を広げた。


 路地裏が徐々に暗くなっていく。


(おかしい。暗さに目は慣れてきてたはずやのに)


 周りを見渡すと、さっきまではっきりと見えていた窓の明かりが弱まっている。


(室内の明るさを調節した? いや、違う。外部から、何かで物理的に光が遮られてる)


 ポツ――頭上から雫が一滴落ち、時雨の鼻を伝った。


「日々生は雨に濡れて、何か感じる?」


 ポトポトポト


 あたりが徐々に冷んやりとしていく。皐月はそれを楽しむように顔を綻ばせていた。


「自分の穢れとか過ちとかを洗い流して、綺麗にしてくれてるように感じるかな」


 ポツポツポツポツポツポツ


「つむぎと一緒やな」


 皐月が寂しそうに小さく呟いた言葉は、予報外れの雨の音に遮られ、時雨には届かなかった。


「なんでそんなこと聞くんや」


「俺の心に残ってる言葉は"Some people feel the rain. Others just get wet."そんで、銘力者? ってのは心に残ってる言葉に関する力を使う奴のことやろ?」


(皐月の銘力か。座右の銘は英語もありなんか)


「その言葉の意味は?」


「雨を感じられる人間もおるし、ただ濡れるだけの奴らもおる」


 さっきまで顔を覗かせていた月は、もうすっかり見えなくなっていた。


「なら、この雨は……」


「俺が降らした。どう? 洗い流されて綺麗になった?」


 皐月は爽やかに時雨に笑いかける。揉み合いながら、階段を共に転げ落ちたことが嘘のようだった。


「うん、気持ちいいわ。雨は自分が強くなったような気持ちにさせてくれるし好きや」


(だって俺は雨のときしか銘力が使えへんからな)


「そうなんや、日々生は雨のときしか力使われへんのか」


「おい……なんで、お前がそのこと知ってんねん」


 時雨の言葉から皐月に対する親しみが消えた。時雨の銘力の制限は、ごく一部の者しか知り得ない情報。その制約を皐月が知っていたからだ。


「そういう能力やから。俺が生み出した雨に打たれてる奴が何を考えてるかわかんねん。ここから先、嘘はよくないで」


 皐月の眼光がギラリと光った。

 皐月の眼差しから、直感的に彼が嘘をついていないと時雨は察した。


(一体どういうことや……)


「そんなに焦らんでいいって」


「おい! 勝手に話すな! それより、俺の考えていることがわかるなら、戦わずに話し合うこともできたやろ!」


「んー、それはちょっと難しいな。

 俺の力は"雨を感じられる人間もおるし、ただ濡れるだけの奴らもおる"や。

 雨に濡れても何も感じひん奴にはこの力は発動されへん。単なる物理現象が起こるだけやねん」


「実際使うまで効果があるか分からんから、プランには組み込まれへんってことか」


「そゆこと」


 時雨は皐月の発言を冷静に整理する。ここで焦っても、不利に働きこそすれ有利に働くことはない。思考を読まれるのなら尚更だ。いかなる銘力者相手にも冷静さを欠いてはならないのだ。


「日々生も教えてや、好きな言葉」


「別に俺の場合好きちゃうけど、"井の中の蛙大海を知らず"や」


 時雨は自分の銘力を話すのが恥ずかしかった。ただでさえ、"井の中の蛙大海を知らず"という言葉を座右の銘にしているのに、皐月の座右の銘はお洒落な横文字なのだから、口籠るのも仕方ない。


「なんでその言葉やねん!? 自分への戒めかなんかなん? ほんま、ますますおもろいな」


 案の定、皐月はケラケラと爆笑した。


「笑い事ちゃうけど、ええねん」


「気に入ってんの?」


「気に入るしかないねん」


「日々生は正直者やな」


「なんでや? あ、そうか、わかんのか」


「そういうこと。ちなみにこんなこともできるで」


 皐月が時雨の視界から姿を消した。

 

皐月の座右の銘である 

Some people feel the rain. Others just get wet.

は、レゲエの神様 ボブ・マーリー(Bob Marley)の言葉になっております。

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