Some people feel the rain. Others just get wet.
「命の恩人と戦いたくないんです。でも、許してください」
以前、特課ビルの前で時雨が助けた人物――皐月はそう言いながら、時雨にタックルをした。
「べつにいいよ。助けたことは今も後悔してないしっ!」
時雨はしがみつく皐月を振り払おうとしたが、なかなか動かない。
(服で気付かんかったけど、ガッチリした体格やなっ)
「俺の力はここじゃ使いにくいんで、一緒に外まで来てもらいます」
「俺の力……?」
皐月は時雨を掴んだまま、勢いよく非常口を飛び出し、そのまま二人は階段から転げ落ちた。
「いったあー、無茶しすぎやろ」
「大丈夫? まだ生きてますか?」
二人は痛む体の節々を押さえつつ、それぞれに起き上がった。
転がり落ちた先は路地裏。そこは建物の窓から漏れた微かな光源しかなく、薄暗い。
(目が慣れるまで時間を稼いだ方がいいかもな)
「俺たち歳が近いと思うんやけど、お互い気楽に話さへん?」
時雨はまるで友達に話しかけるように皐月に提案した。
「おっけい。話し方が変わると随分雰囲気も変わるな」
「さすがに上司にタメ口では話されへんからな」
「それはたしかに。ところで、命の恩人の名前くらい聞いときたいねんけど、教えてくれる?」
「俺は時雨日々生。そっちは?」
「保部皐月」
時雨の目は次第に暗闇に慣れていき、まもなく問題なく戦闘を行えるまで周りが見えてきた。そこで、一歩踏み込んで皐月に探りを入れることにした。
「ところで、さっき『俺の力』って言ってたけどなんのこと?」
「それは、日々生ならわかるんちゃう? 不思議な力の話してたし」
「やっぱり、皐月も銘力者なんか」
「銘力者っていうんや。俺もってことは、日々生もなんやな」
(あ、班長にぼかせって言われてたのに言うてもうた)
皐月に銘力者と呼ばれ、時雨は空を見上げる。月が微かに顔を出していた。今日の天気予報では降水確率0%。雨天時しか銘力が使えない時雨は、実質一般人と変わりなかった。
「そうかもな」
「なら、恩人相手でも俺も存分にやれるな」
皐月はそう言うと、手の平を空に向け両手を広げた。
路地裏が徐々に暗くなっていく。
(おかしい。暗さに目は慣れてきてたはずやのに)
周りを見渡すと、さっきまではっきりと見えていた窓の明かりが弱まっている。
(室内の明るさを調節した? いや、違う。外部から、何かで物理的に光が遮られてる)
ポツ――頭上から雫が一滴落ち、時雨の鼻を伝った。
「日々生は雨に濡れて、何か感じる?」
ポトポトポト
あたりが徐々に冷んやりとしていく。皐月はそれを楽しむように顔を綻ばせていた。
「自分の穢れとか過ちとかを洗い流して、綺麗にしてくれてるように感じるかな」
ポツポツポツポツポツポツ
「つむぎと一緒やな」
皐月が寂しそうに小さく呟いた言葉は、予報外れの雨の音に遮られ、時雨には届かなかった。
「なんでそんなこと聞くんや」
「俺の心に残ってる言葉は"Some people feel the rain. Others just get wet."そんで、銘力者? ってのは心に残ってる言葉に関する力を使う奴のことやろ?」
(皐月の銘力か。座右の銘は英語もありなんか)
「その言葉の意味は?」
「雨を感じられる人間もおるし、ただ濡れるだけの奴らもおる」
さっきまで顔を覗かせていた月は、もうすっかり見えなくなっていた。
「なら、この雨は……」
「俺が降らした。どう? 洗い流されて綺麗になった?」
皐月は爽やかに時雨に笑いかける。揉み合いながら、階段を共に転げ落ちたことが嘘のようだった。
「うん、気持ちいいわ。雨は自分が強くなったような気持ちにさせてくれるし好きや」
(だって俺は雨のときしか銘力が使えへんからな)
「そうなんや、日々生は雨のときしか力使われへんのか」
「おい……なんで、お前がそのこと知ってんねん」
時雨の言葉から皐月に対する親しみが消えた。時雨の銘力の制限は、ごく一部の者しか知り得ない情報。その制約を皐月が知っていたからだ。
「そういう能力やから。俺が生み出した雨に打たれてる奴が何を考えてるかわかんねん。ここから先、嘘はよくないで」
皐月の眼光がギラリと光った。
皐月の眼差しから、直感的に彼が嘘をついていないと時雨は察した。
(一体どういうことや……)
「そんなに焦らんでいいって」
「おい! 勝手に話すな! それより、俺の考えていることがわかるなら、戦わずに話し合うこともできたやろ!」
「んー、それはちょっと難しいな。
俺の力は"雨を感じられる人間もおるし、ただ濡れるだけの奴らもおる"や。
雨に濡れても何も感じひん奴にはこの力は発動されへん。単なる物理現象が起こるだけやねん」
「実際使うまで効果があるか分からんから、プランには組み込まれへんってことか」
「そゆこと」
時雨は皐月の発言を冷静に整理する。ここで焦っても、不利に働きこそすれ有利に働くことはない。思考を読まれるのなら尚更だ。いかなる銘力者相手にも冷静さを欠いてはならないのだ。
「日々生も教えてや、好きな言葉」
「別に俺の場合好きちゃうけど、"井の中の蛙大海を知らず"や」
時雨は自分の銘力を話すのが恥ずかしかった。ただでさえ、"井の中の蛙大海を知らず"という言葉を座右の銘にしているのに、皐月の座右の銘はお洒落な横文字なのだから、口籠るのも仕方ない。
「なんでその言葉やねん!? 自分への戒めかなんかなん? ほんま、ますますおもろいな」
案の定、皐月はケラケラと爆笑した。
「笑い事ちゃうけど、ええねん」
「気に入ってんの?」
「気に入るしかないねん」
「日々生は正直者やな」
「なんでや? あ、そうか、わかんのか」
「そういうこと。ちなみにこんなこともできるで」
皐月が時雨の視界から姿を消した。
皐月の座右の銘である
Some people feel the rain. Others just get wet.
は、レゲエの神様 ボブ・マーリー(Bob Marley)の言葉になっております。




