話し合いはまだ早い
扉の向こうには、男三人、女一人が革のソファーや椅子に、思い思い腰掛けていた。端の席には薔薇の傘の持ち主のドレッドヘアーの男も座っている。
黒を基調とした空間はワンフロアを贅沢に使用し、全体的に薄暗く、間接照明で視界が保たれている。タバコか何かを燃やした、バニラのような甘い残り香が充満していた。
部屋の正面の壁には、レコードとマイクを重ね、裂けた口が舌なめずりするロゴ入りの大きな旗が掲げられていた。そのマークは四人のパーカーにもそれぞれ描かれており、これが"リリッカー"の証だと即座に理解できる。
沈黙を破ったのは、キャップの上からフードを深くかぶり、目元が見えない人物。直接聞くと、さらにドスが効いていたが、入室前に通話した男だ。
「そんで、なに? 俺らにシャブやって?」
扉が開ききる直前に、副班長の白南風喜己から聞いた話によると、彼等"リリッカー"はアンチ覚醒剤派らしい。それなのに、覚醒剤をお勧めしたいという口実で会うことになったことを時雨は呪った。
「あの……えっと……」
時雨日々生がしどろもどろしていると、隣から班長の流師善彦が小さな声でささやいた。
「お任せします」
(助言じゃないん! てか、ここ下っ端任せですか!?)
下のフロアで白南風が「私に任せて」と意気込んでいたことを時雨は思い出し、彼女に目で助けを求める。
しかし、白南風は我関せずとゆっくり目を逸らした。
(まじか……なんとかせな。ここまできたら、なるようになってまえ!)
時雨は腹を括り、堂々とした態度で話し始めた。
「あれは、リリッカーの皆様に会うための口実です」
「あ?」
「待て、言葉。暇してたし、話くらい聞いたろ」
チェーンを垂らした眼鏡をかけ、インテリ感漂う人物がフードの男――言葉を諌めてくれた。おそらくこの人物が"リリッカー"のリーダーなのだろう。
そして端に腰掛けていた、ドレッドヘアーが特徴的な、見覚えのある人物を見つめて時雨は問いかけた。
「単刀直入に伺います。あなた、薔薇組の工場周辺で何をしていたんですか?」
そのとき初めて彼と時雨の目が合った。
「あ! あなた、俺のこと助けてくれた人! あのときは、ほんまにありがとうございます」
「皐月、こいつらと知り合いなんか?」
「ん? この人は俺の命の恩人やで」
先の二名とは違い、皐月は明るい声でとっつき易そうに話す。そのおかげか、時雨の緊張は徐々にほぐれていった。
「でも、なんで俺が工場おったこと知ってるんです? それとこれとは別ですよ」
「僕達はこういう者です」
時雨は内ポケットから警察手帳を出そうとした。
出したかった。
出せるはずだった……。
だが、いくら胸を弄っても、覗き込んでも、警察手帳が見つからない。
(あ……装備と一緒に手帳も置いてきてもうた)
「どういう者なんや?」
眼鏡の男がレンズ越しにギロリとこちらを睨んでくる。
これ以上彼を待たすと碌なことが起こらないと、時雨は直感した。
時雨は、助けを乞うように流師と白南風を見たが、二人も持っていないと仲良く首を振っている。
(落ち着け、落ち着け、深呼吸深呼吸。手帳がなんやねん。無くてもどうにかなる! てか、どうにかする!)
「僕達は警察です。ある事件の捜査で皐月さんにお伺いしたいことがあります」
「手帳は? 令状は?」
「ありません……」
「手帳もない。令状もない。話にならん。お前らほんまに警察なんか?」
「工場で薔薇組と警察が衝突し、その現場周辺に皐月さんがいたことを知っている。これが警察だという証拠です」
「それは証拠にならん。その程度の話は俺らも知ってる。警察がそんな格好してくるとも思わんしな」
せっかくの時雨達の変装が完全に裏目に出てしまった。
そして、眼鏡の男は更に疑いの目を時雨達に向け、話を続ける。
「それに、薔薇組の親団体っていう可能性もある。現場近くにおった皐月に悪さしようとしてるんかもしれへん。そうなったら、俺らは黙ってへんぞ」
男の迫力が増した。静けさと猛々しさが共存している。そんな印象を時雨は受けた。呼応するように他の三人の圧力も高まっていく。
「僕達が薔薇組を捕まえた本人です」
実際には時雨と白南風と油田で、流師ではないのだが、そんな些細なことは気にしないことにした。なんとか状況を変えたい一心で、時雨は本能的に相手の関心を引く情報を提示することに成功していた。
思惑通り、眼鏡の男は話に興味を持ったようで、続けろと、顎で時雨を促す。
「班長、手順が逆ですが、銘力について話してもいいですか?」
「そうですね。明確に伝えるのは禁止します。ですが、ぼんやりと伝える程度なら構いません。万が一情報が漏洩してもいくらでも対処できます。時雨君、頑張りなさい」
流師はそっと時雨の背中に手を添えた。流師の普段以上におっとりと優しい声が時雨を勇気付ける。
(これは、下っ端に任せてるんじゃない。俺を育てようと、見守ってくれてるんや)
班長の期待に応えるべく、時雨はこの話を上手くまとめるために気合いを入れ直す。目を瞑り、深呼吸をして再び話し出した。
「あなた方は不思議な力をご存じないですか?」
「不思議な力……ねぇ……」
その瞬間――部屋の空気が一変した。
さっきまでは緊張感の中に警戒や疑い、興味といった様々な感情に包まれていた。しかし、今は敵意一色。それもかなり高濃度の敵意。すぐに殴りかかられてもおかしくないと、二班の三人は身構えた。
「俺らもあんたらに聞きたいことができたわ」
"リリッカー"の四人はゆっくりと立ち上がり、二班の三人にジリジリと詰め寄る。突き刺すような殺伐とした不穏な空気が漂い始めた。
「なら、話し合いを」
「いや、殺し合いや」
時雨の説得虚しく、突如バトルのゴングが鳴り響いた。




