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銘の者  作者: 笹暮崔
一章
13/52

風向き

 

 銃弾吹き荒れる中、二班副班長の白南風喜己(しらはえきき)は立ち上がった。

 仲間を守るために。


 彼女の整えられた短い髪がなびき出す。


 閉ざされた工場内に、柔らかな風がさざめきだした。

 薄暗い灰色の室内のはずが、まるで、小高い丘の青々とした草木が風と共に歌っているような幻想的な景色のように感じた。


「これは……風の銘力……?」


「キキちゃんは涼しい(クール)な女やから」


 どこからともなく吹き荒れ出した風は、勢いを増す。

 窓が轟々と風を受け軋み、銃声さえも掻き消した。

 その暴風は銃弾すらも跳ね返す。


 ドン! ドン! ドンッ!――何かが壁に打ち付けられる音がした。


 風は止み、静寂が部屋を支配する。


 数秒の沈黙。

 時雨が恐る恐るあたりを見渡すと、組員達は壁際にうつ伏せに倒れていた。

 どうやら皆、気を失っているようだ。


「これは……」


「多分、死んではない……はず」


「白南風さんの銘力ですか?」


「ええ」


「いや〜さすが、キキちゃん! 圧巻や! でも、できるなら最初からさっさとやろか!」


「すいません……」


「ま、終わりよければ全てよし! お金もほら、全部無事やし! 銘力者は見つからんかったけど、今日はもう帰ろか!」


 油田は満足そうな笑みを浮かべ、アタッシュケースを開き、中に入っていた札束に頬擦りしていた。


 白南風の銘力によって、一瞬で全員倒した。


 一同が安堵した――その、一瞬の気の緩みを突かれてしまった。


「死ねぇ!」


 倒れていた組長が、近距離で白南風に向かい引き金を引いた。


「白南風さんっ!」


 時雨は身を挺して彼女を守ろうと手を伸ばす。

 しかし、その手は届かない。


 もう、間に合わない。


 銃弾は彼女に当たるはずだった。

 ズブの素人でもない限り、外すような距離ではなかった。

 命中するはずだったのだ。


 しかし、そうはならなかった。


(一体何が……)


 まるで、スッポリと時間が切り取られたような感覚。

 いや、実際は切り取られた感覚すらない。

 しかし、さっきまで意識があった組長がぐったりと気絶している光景を目の当たりにして、直感的に時間軸に穴が空いたと、時雨はそんな感覚を抱いた。


 倒れた組長のそばに、恍惚とした表情で油田が立っていた。

 一人だけ明らかに異質な、善も悪もないような。そんな雰囲気を放ち、油田は佇んでいた。


 (なんで、そこに油田さんがおるんや……

 ついさっきまで、いや、まさに今の今まで俺の隣におったのに……

 やのになんで、あそこに立ってられるんや…………)


 時雨は道中に感じた油田の底の知れなさを思い出し、背筋に冷たいものを感じた。

 得体の知れない何かが目の前にいる。

 そんな恐怖を彼の不敵な笑みから感じ取った。


「いや〜、危なかったな! ヒーローのためにわざと見せ場使ってくれたん? 気が利くな? キキちゃん」


「いえ……助けていただきありがとうございます」


「ん? かまへんで、こんくらい! 元は、俺が蒔いた種やしな! 二人には悪いことしたわ、ごめんやで! でも、カチョーには内緒にしててな!」


「それはできません」


「キキちゃん厳し!」


「あの、今のは…………?」


「ん? 俺の銘力"時は金なり"や」


「一体、何が……」


「俺以外の全ての時間を止めた」


「時間を、止めた……?」


「そう。時間はお金とおんなじように貴重なもん。

 例えば、徒歩やチャリで行ける所にも、お金を払って電車や飛行機で行く。そしたら、格段に早く着く。

 俺はこの浮いた時間を、金を払って買ったと考えてる。もちろん、ほんまに時間単体を金で買えることはない。普通の人間なら……な。

 でも、俺は買えると思った。真面目にな。せやから、こんな力になってしもた」


 油田が口にする一つ一つの言葉の意味は理解できる。そのはずが、全体を理解しようとすると、彼の力の突拍子のなさに、何かモヤのようなものがかかった。

 そしてそれが、時雨の理解の邪魔をする。時雨の想像を超えるデタラメな力を、脳が受け付けない。


「時間をお金で買う銘力。どんな状況でも一発で覆すことのできる力。油田さんは、この力で一班班長まで登り詰めたの」


「どう? 意外と俺、強そうやろ? 見直した?」


「でも、お金がないと何もできない」


「キキちゃん、それが命の恩人への態度か! 弱点やから、誰にも言うたらあかんで? 知られてもうたら、一発で敵さんにやられてまう、か弱い班長やねん」


「油田さんの力を知って、捕まってない人いないくせに」


「まーな! 敵を逃してまた捕まえるなんか二度手間や。時間の無駄は嫌いやねん」


 脱帽と戦慄。

 時雨は油田の銘力に度肝を抜かれ、空いた口が塞がらない。

 そして、魂の抜けたように呆然と二人の会話に耳を傾けることしかできなかった。


 ***


 その後、現場を一般の警察に任せ、油田は二人と分かれた。


 携帯を取り出し、今日の出来事について連絡をする。


「もしもし? 油田や。

 カエルくん? あれは伸びるで、ええ新人捕まえてきたわ。だいぶいかれてるけどな! こないだまで、ただの一般人やった奴が、銃もビビらんと自分が突っ込む言いよった。普通やない、命知らずすぎる。

 まー、危なっかしいけど、あんくらいやなかったらこれからやっていけんのも確かやな。

 キキちゃんの方も後輩のおかげで、トラウマ乗り越えられそうやわ。

 もしかして、ヒコちゃんこれ狙ってたんかな?

 俺の予想やと、こっからまた動きあると思うからあとは任せたわ。うぃ、ほんなら、おつかれさーん」


 携帯をしまい、一息つく。


「ほんま、これから楽しくなりそうやん♪」


 油田はシルバーのアタッシュケースと自身の手を手錠で固定して、口笛を鳴らしながら喧騒の街へと消えていった。


 ***


 襖を開けると、縁側でキセルを吹かす和服姿の老人がいた。皆から、会長やオヤジと呼ばれている人物だ。


「会長、お耳に入れておきたいことが」


「なんや」


「末端の薔薇組の奴らと薔薇組が使っていた輩が警察に捕まりました。覚醒剤の売買もしていたみたいです」


「本題は?」


「特課が関係あるようです」


「ほう。なんで特課(あいつら)が出張ってきたか調べとけ」


「新たな銘力者の調査のようです」


「そいつを見つけて先に連れてこい。特課(あいつら)の仲間入りするか、飼い犬にされるか、それだけやない選択肢も与えたらなあかんからな」


「かしこまりました」


特課(あいつら)の好き勝手にさせるのは気に入らんからな」


 老人の吐き出した煙が空へと道を伸ばし、ユラユラと消えていく。


 ***


 予報外れの雨の中、時雨達と薔薇組の争いがあった工場周辺。真っ赤な薔薇柄の傘をさした人物が、辺りの様子を伺いながら電話をしていた。


「もしもし。薔薇組やけど潰されてた。

 ううん、警察。たまには仕事すんねんな。

 でも、結構争ったみたい。そうそう、そのつもり。

 うん、調べる必要はありそう。分かった、一旦帰る。

 やな、"リリッカー"の仕事手伝ってくれるなら問題ないけど、要注意やな。

 おっけい、それじゃ、またあとで」


 電話を終えると傘をさした人物は現場をあとにした。


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