あの人と同じ言葉
一班班長の油田金時の突撃を合図に薔薇組との戦闘の火蓋が切られた。
油田と二班副班長の白南風喜己の二人は迷うことなく、次々にヤクザ達を倒していく。怒涛の攻撃はまさに圧巻の光景だった。
時雨日々生も負けじと警棒で応戦する。二人ほどとまではいかないが、時雨も一人一人確実に数を減らしていった。
人数は圧倒的に時雨達が劣っていたが、戦力ではこちらに軍配が上がった。時雨たち優勢で戦いは順調に進んでいた。
しかし、敵の組長の一声で、戦況は一変する。
「こいつら尋常やない。かまわん、撃ってまえ!」
号令を聞き、組員たちは一斉に銃を抜いた。弾丸の雨が三人に降り注ぐ。次々に工場の薄い鉄板の壁に風穴が開いていき、三人は厳しい状況へと追い込まれた。
「二人とも集合!」
油田が工場に転がっていた分厚い鉄板を盾にし、時雨と白南風を呼びよせた。一時凌ぎにはなりそうなものの、長い時間を耐え抜けそうにはない。
「アハハ! キキちゃんは相変わらず、さすがやな! カエルくんもなかなかいけるやん!」
「でも、これどうするんですか?」
危機的状況に時雨は二人に起死回生の作戦を求めた。しかし、油田から授けられた策は、時雨にとって実行不可能なものだった。
「そりゃ決まってるやろ! カエルくんの初陣や! 花を持たせたる! 銘力使って挽回してくれ!」
「あの……」
「なんや、カエルくん?」
「僕、雨が降ってないと力を使えないんです……」
「今日の天気は?」
「晴れです……」
「カンカンでりやな!」
「……」
「どないしよか? 八方塞がりや! アハハ!」
(アハハって……でも、これは俺が銘力を自在に使えへんのがあかんよな……)
「油田さんの銘力で、どうにかできないですか?」
「俺の? それは無理やな!」
「どうしてですか?」
「俺の力を使うには、金が必要やねん。金さえあればあんな奴ら瞬殺なんやけどな!」
「つまり……」
「あのアタッシュケースがないと、なんともならん!」
「俺に任せろって言ってたじゃないですか!」
「どないしよか? アハハ!」
油田の奔放さに困り果てた時雨であったが、白南風は油田の銘力の制限について知っていたのだろう。彼女は銃弾が飛び交うこの状況でも落ち着き払っていた。
「白南風さんは?」
平然としていた白南風だったが、時雨の質問で表情が曇った。
「私も……今は、力が使えないわ……」
「なんやそれ! キキちゃん、そんな銘力やったっけ!」
「……」
(白南風さんにもなんか制約があんのか。今はそんなこと聞いてる暇はない。なんとか切り抜けな)
「お二人とも銃は?」
「持ってない」
「持ってないな!」
聞けば聞くほど状況は深刻さを増すばかり。
切羽詰まった状態で時雨は現状を打開する策を閃いた。
しかしそれは、あまりにも危険な作戦だった。
「撃て撃て! あいつら三人まとめて蜂の巣にしてまえ」
三人が作戦を立てている間も、鳴り止むことなく銃声が響く。轟音の中、組員が近づいてきている気配を感じた。
時は一刻を争う。
(武装した大人数を相手に、こっちは飛び道具なし。逃げ場もない。切り抜けるには……やっぱり、もうこれしかない……!)
「案があるんですけど、いいですか?」
「なんやカエルくん、案あるならはよ言いや!」
「案ってなに?」
「僕がこのまま突撃して、アタッシュケースを奪います」
「「…………!」」
「日々生くん、正気? これは訓練じゃない。拳銃を甘く見過ぎ。死ぬわよ?」
白南風の動揺が時雨にも伝わった。だが、不思議と時雨は普段以上に冷静である。二人を守るためならなんでもする所存だ。
「甘く見てるつもりはありません。現状を打破するには油田さんの銘力に頼るしかないと思います」
「頼るって……日々生くんは油田さんの銘力も知らないでしょ?」
「知りません。でも、お金さえ取り返せば勝てるんですよね?」
タイムリミットが迫る現状で、油田の銘力の詳細を聞いている時間などありはしない。難を逃れるには、一刻も早く行動に移さなければならないのだ。
「勝てる。造作もなくな」
「なら、行きます」
「待って。それなら……私が行く。その方が取り返せる可能性も高いわ」
「いえ、僕に行かせてください」
「どうして! まだ会ったばかりの私達を庇ってるつもり!?」
クールな白南風が声を荒げる。確かに彼女に任せた方が成功確率は高まるのかもしれない。それでも、時雨には譲れないものがあった。特課に所属すると決めたときに、命を賭ける覚悟を決めたときに、彼に宿った信念が彼女を死地に送ることを許さない。
「自分以外の誰かが傷つくなんて、僕は耐えられません。誰かが傷つくくらいなら、僕が傷つく方がいい」
「なんで、日々生くんが……あの人と同じ言葉を…………」
白南風の目は泳いでいた。俯き、何か思いを馳せている様子だが、気にはしていられない。
「カエルくんの覚悟はわかった。でも、ほんまにいけるか? 三人で同時に行ってもええんちゃうか」
「いえ、油田さんに弾が当たったら、完全に銘力を使えない僕達ではそれこそ勝てないと思います」
「分かった。日々生、任せたで」
油田のまっすぐで、真剣な眼差。
仲間に命運を託す覚悟を、時雨は受け取った。
「任されました。それでは、行きます!」
「待って!」
銃声すらも掻き消すような大声で、白南風が時雨のスーツの裾を掴み、引き留める。
「白南風さん、僕の考えは変わりません。完全に囲まれる前に僕が行かないと!」
「誰が……誰が、完全に銘力が使えないって言ったのよ」
「でも、白南風さんも銘力が使えないって」
「できる。私なら、できる……!」
白南風はまるで自分に言い聞かせるように呟いた。
仲間を守る。
言葉を交わさずとも、彼女の瞳から覚悟が伝わった。
「待って! 白南風さん!」
銃弾吹き荒れる中、白南風は立ち上がった。




