実戦
一班班長の油田金時と、二班副班長の白南風喜己の三人で初任務をこなしている時雨日々生。
とある商店街で大金の入った油田のアタッシュケースが奪われ、犯人を追いかけていた。そうこうしているうちに、人通りの少ない路地へと誘い込まれてしまった。
「やるつもりね」
「囲まれまちゃいましたよ……」
複数人に囲まれても平然としている白南風、油田と対照的に、初任務の時雨は人数差に戸惑っていた。
前方に三人、後方に二人。不良達に囲まれてしまったのだ。足止めをくらった三人を尻目に、アタッシュケースを持った男は路地の裏に消えていってしまった。
「二人に後ろは任せるで。いけるよな?」
「私達が前の三人でも構いませんよ」
「まーまー、ここは先輩に任せなさいな。どっちが早く倒し終わるか勝負やな!」
油田はブンブンと肩を回し、ゆっくりと前方の三人に歩み寄っていった。
「日々生くん、私達もやるわよ。初めての実戦だけど、ヨシさんと比べたら大したことないから、気張り過ぎないで」
「はい、ありがとうございます」
時雨は腰のベルトから警棒を取り出し、強く握りしめる。
カチッという音と共に特殊スチールの棒は伸びた。
初めての実戦。これは決して訓練などではない。
高まる緊張の中、時雨は腹を括った。
――大丈夫。訓練の成果をここで出す。
右手に警棒を持ち、左手はやや前に。
相手との距離を正確に測る。
足は肩幅に広げて、半身に。
班長の流師善彦に習った戦闘法は、この数ヶ月で時雨の身体にすっかり染み付いていた。
時雨が構え終わると同時に、相対していた不良が殴りかかってきた。
――なんや……これ……。
不良の右の大振りは、時雨に軽くいなされる。
時雨は少し間合いを取り、慎重に相手の様子を窺った。
――遅すぎる。いや、班長が早過ぎるんや。一般人はこれくらいが普通なんか。いける。俺でも十分やれる!
訓練の成果は如実に現れていた。
銘力が発動していなくても十分に身体が動く。
敵を前に恐れなど抱かなかった。
努力が自信へと、昇華する。
時雨は素早いステップで敵に近寄り、相手の右ストレートを自身の左手で受け止める。
すかさず、警棒を不良の首と肩の付け根目掛けて振り下ろした。
――手応え、アリ……!
不良の拳を掴んでいた左手に重さを感じた。
敵は糸が切れた人形のように、ぐったりと冷たいアスファルトの上に崩れ落ちていた。
「白南風さん! 僕、できました!」
時雨は一人で不良を倒せた喜びを、まるで子犬のようハイテンションで報告する。だが、興奮は瞬時に冷め切ってしまう。
(あ……)
「当然よ、なんのための訓練だったの」
「カエルくんがベベ! もっと早してくれな」
時雨が振り返ると、白南風と油田はすでに一仕事終えていた。退屈そうな様子を見る限り、とっくのとうに二人は敵を片していたのだろう。
(それなりに俺も早く終わったと思ってんけどな……)
「こいつらの中に銘力者はおらんかったし、アッシュケースも見失ってもうたわ」
「あなた達、盗んだお金をどこにやったの?」
白南風が不良の一人に、もの凄い剣幕で問いかける。目だけで人を殺せる。いや、既に殺したと言われても信用してしまうと、横から見ていた時雨もその威圧感に思わず肝が冷えた。
(白南風さんには逆らわないでおこう……)
「薔薇組に収めにいった」
(なんやそれ、幼稚園かよ)
「ん〜、次はヤーさんか」
どうやら、薔薇組というのは幼稚園のクラス名などではなく、ヤクザの組名のようだ。
「油田さん、そこに本命がいると考えているんですか?」
「どうやろな、行ってみなわからん。せやけど、あのお金取り返さんかったら、俺が怒られてまうからな。行くしかないわ!」
「余計な仕事を……」
ため息を吐く白南風とは反して、時雨は実戦で敵を倒せた喜びを改めて噛み締めた。そして、一向は次の目的地へと向かうのであった。
***
倒した不良達から薔薇組の居場所を聞いた三人は、目的地に到着していた。そこは、町外れの使われなくなった工場だった。あたりに人影は無く、どんよりとした雰囲気が纏わりつくようで気味が悪い。どこから香るのだろうか、嗅いだことのない科学的な匂いが鼻腔を突き刺してくる。
「ここからどうしますか?」
外からでは中の様子がわからなかったので、時雨は二人にこれからの作戦を確認した。
「安心したまえカエルくん。全部、俺に任せい」
油田はそう言うと、おもむろに工場の扉へと近づいた。錆びついているのだろうか、重い鉄の扉がギィギィと音を立てゆっくりと開かれた。
「頼もう! こちらに迷子のアタッシュケースが届いてるはずなんですけど、いませんか? その子、うちの子なんで返してください!」
(まじか、この人……)
薬品の香りが立ち込める室内には、派手な柄シャツを着た男達がいた。彼等はさっきまでの不良とは明らかに雰囲気が違う。一目で本職の方々だと分かった。
貫禄のある組長らしき人物が、一番奥で油田のアタッシュケースを大事そうに抱えていた。
「なんや、いかつい園長先生やな」
「ああ? なんやお前ら? ここがどこか分かって来たんか?」
「外道の託児所」
(油田さんも幼稚園みたいやと思ってたんや。
え、? ちょ、待って……!)
先手必勝とばかりに油田が飛び出していく。油田の無計画な突撃に、時雨は深く考えるのを辞めることにした。
油田の突撃を合図に、薔薇組との戦闘の火蓋が切られた。




