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残暑

作者: セロリ

才能がなかった

ただそれだけだった。


自分のことを誰かに理解してもらおうとか、

わかってもらおうとか、

なんておこがましいことだろう。

愚かなことだろう。   


その時になって、私はやっと理解した。

[ああ、そうか…]

 

その日は今年の最高気温を突破した、猛暑の日だった。

私はこの猛暑の中、既に二時間も待たされている。

待っている相手はこの苦行をしいらせた張本人なので、

私の心の猛暑日も本日更新しそうだった。

 [悪い、待たせたかな?]

それから更に三十分ほど経って、そう言いながら現れたのは同じ大学でサークル仲間の森宮だった。

 [かな?というのは俺に確認しているのか?それともお前の国では三時間は待ったことにならないのか?]

私は極力冷静にそう返したつもりだったが、猛暑のせいか、よく分からない確認をしてしまった。

 [いや、さすがにそれはないよ]

と爽やかに笑ったこいつを殴った場合、私は何の罪に問われるのだろう。

真剣にそんなことを考えていたら、いつの間にか森宮は歩き出していた。

なぜ待たされたうえに置いていかれなければいけないのか?

待たせてごめんの一言でもあれば、多少は許してやらんでもないのだが、残念ながらその気配すらない。

 [で?今日は何のようだ?そしてなぜこんなところで待ち合わせなんだ?]

ここはおおよそ待ち合わせというものに全く向いていない場所だった。

 

昨日、森宮からこんなメールが届いた。

 [明日、午後一時にここに来てくれ]

 [そこに何がある?]

という私からのメールは既読すらつかなかった。

仕方なく、同時に送られてきた地図の場所に来てみると、そこはただの廃墟だった。

そんなところでなぜ三時間も待っていたのかって?

簡単な話だ。

私は、ただ、どうしようもなく暇なのだ。

大学生活も残すところあと数ヶ月というのに、私はまだ何もできていない。

何者でもなく、何も残せていない。

だから、待ったのだ。

何かが起こることを期待して。

何もせずに。

ただ、待っていたのだ。

  

 [宝探しをしないか?]

突然立ち止まり、振り返りざまに訳の分からないこと言う。

こんな廃墟に宝が隠されているわけがない。

出てきたとしたら、それはきっと事件性の高い何かだろう。

ああ、こいつも猛暑でやられてしまったのか、かわいそうに。

そう言いかけて、私はここがどこなのか、そこでやっと気が付いた。

 [ここって…]

なぜ忘れていたのだろう。

なぜ気付かなかったのだろう。

あの夏、たしかにそこには宝物があったのに。

 

ここは私が中学生のころ、祖母に会いに通っていた小さな病院だった。

今は窓ガラスや照明などが外され、空間だけが取り残された廃墟と化していた。

だが、そう、

ここは、間違いなくあの病院だ。

 

あの時、中学に入ったばかりの私はクラスに馴染めずにいた。

逃げるように居場所を求めた先が、祖母が入院している小さな病院だった。

母親に無理やり連れて行かれたのがはじまりだった。

「おばあちゃんに顔を見せてあげて」

そう言われ、仕方なくついて行った事を覚えている。

その当時の私は病院に対してとても暗いイメージを持っていた。

「あら、こんにちは」

入り口でそう笑顔で挨拶をしてくれたのは、祖母の友人であるシズヨさんだった。

「こんにちは」

小さく、とても聞こえないような声で返したが、シズヨさんは変わらずニコニコと笑っていた。

なんだか、恥ずかしくなり、私は「帰る」と言い、出口へ向かった。

ふと、壁に飾られている1枚の絵に視線が止まった。

どこかで見た覚えがある。

どこだったか、、、

そうだ、これは、私の絵だ。

私が小学生の頃、学校の授業で書いたひまわりの絵だった。

よく書けていたらしく、何かの賞で金賞を取ったのでよく覚えている。

その当時はこの絵のおかげで私はクラスのヒーローだった。

小学生の世界では足の速いやつと絵の上手いやつがヒーローになる。

当時は毎日が楽しかった。

早く学校に行きたくて、早くヒーローになりたくて、仕方なかった。

 

だが、知らなかった。

中学生に上がると、足の早いやつはヒーローだが、絵の上手いやつは絵の上手いやつになるのだ。

そして絵が上手いだけの私はコミュニケーションは下手だった。

結果、どうなったか?

みんなのヒーローから一転、絵ばかり描いている暗いやつになったのだ。

居場所はなく、大好きだった絵も描かなくなり、

早く学校から帰りたかった。

 

それまで書いていた絵は全部捨てたはずだったのに。

ご丁寧に額縁に彩られて、そこに飾られていた。

[どうして…]

私はどうしようもなく恥ずかしくなり、その絵を取り外そうとした。

[良い絵だよね]

と、背後から声をかけられた。

[この絵を見ると、元気になるんだ]

振り返ると、同世代くらいの男の子が照れくさそうに言った。

この絵で元気なる?何を言っているんだ。

私が怪訝な顔で見つめていると、そいつは語り出した。

[僕、ひまわりってあまり見たことないんだ。肌が弱くて、あまり外に出られないから、

 こんな大きなひまわり、テレビでしか見たことないよ。]

[でもテレビで見るよりこの絵の方がすごいなって思うんだ。]

[生き生きしてるって言うのかな?ワクワクする感じ]

[きっと、こんなふうに見えるんだろうなって。僕もいつかこんなひまわりを見てみたいなって]

[この絵は僕の目標で宝物なんだ]

なんだ。やはり病院は暗い世界だ。

狭い世界だ。

こんな絵を目標にするしかないなんて。

かわいそうなやつ。

そう言いたかったが、言えなかった。

きっと声に出してしまえば、止まらない。

怒りや悲しみや、悔しさや惨めさが。

絵を描くことが大好きな私と、

捨ててしまった大嫌いな私がいたから。

それらの感情が止めどなく溢れてしまうから。

ただ、無性に自分が恥ずかしかった。

 

私が何も言えずに、ただ下を向いていると、そいつが言った。

[でも、惜しいなって思うんだ。]

[ひまわりってさ?たくさん咲いてるんでしょ?]

[この絵は一輪だけ。もったいないよね?]

[この絵を書いた人に言ってやりたいよ。一輪だけは勿体無いって。]

勝手なことを言ってくれる。

この一輪を描くのにどれだけ時間がかかったか。

この種、花びらの一枚一枚にどれだけ苦労したか。

なので私は言った。

[お前が外に出られるようになったらたっくさんのひまわりを描いてやる]

[あ、いや。そう、描いたやつに伝えておいてやる]

[約束だよ?]

そう言って笑ったあいつは、なんだかとても満足そうな顔をしていた。


それからの私は、何とかコミュニケーション能力を身につけ、クラスに馴染んでいった。

家に帰り、コソコソと絵も描き始めた。

あいつに見せるために、たくさん描かなくてはならないからだ。

 

数ヶ月経ってもまだ描ききれていないある日のこと。

祖母が大きな病院へ転院することになった。

病状が悪化したのかと心配したが、そうではなかった。

祖母が通っていた、あの小さな病院が、閉院するから、とのことだった。

私は、あいつのことが気になったが、描ききれない絵を前に、

このままもう会わなければ、絵を見せなくてすむか

という、考えにもなっていた。

一度何かを捨てた人間は、それを簡単に手放すものだ。

私は、その小さな約束より、今の日常を優先した。

 

その後、そんな夏の思い出などは忘れ、

大学へと進学し、特に何もなく、今日まで生きてきた。

 

宝探し、と聞いて、

あの日のあいつの顔が浮かんできた。

[ああ、そうか…]

[お前は頑張っていたんだな]   

[待たせていたのは俺の方だったんだな]

森宮があの日と同じ、満足そうな笑顔で見つめている。

 

[待たせて悪かったな]

今度は私が頑張る番だ。

今年の猛暑はもう少しだけ続くようだ。

初めて書いてみました。

至らぬところがあるかと思いますが、

どうか、温かい目で見てやってください。

そして使い方がよく分かりません。

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