親友からも突き放された
トイレの個室から出ると、洗面所には沙也加がいた。トイレに立つときにはまだ席にいたので、わたしがトイレに入った後にきたのだろう。
沙也加は鏡に向かって大きな双眸を開き、まつ毛に何かを塗っていた。よく見るとそれがアイライナーだと分かる。今まですっぴんだと思っていた彼女のまつ毛が人工的に作られたものだということに多少のショックはあったが、現実とはそういった虚構で作られたものがほとんどだ。
「どう彩音、楽しい?」
隣で手を洗うわたしに沙也加が訊いてきた。
「うん、楽しいよ。でもわたし人見知りだからさ。初めての人とはうまく話せなくて……」
わたしはこの言葉をよく使う。そうすることで初対面の人と会話するという無駄にカロリー消費の多いイベントをなるべく避けることができる。初めての人が多い場は体も心も削られる。
以前もこの言葉を言えば沙也加は助けてくれた。持ち前の明るさでわたしの代弁者になってくれていた。そんな沙也加の隣にいたおかげで自然とわたしにも友達ができた。
この言葉を言えばいつだって沙也加は助けてくれる。そう思っていた。
「あのさ」トイレ中に響き渡るほどの大きな声を沙也加は出した。「自分が人見知りだから初めての人と話せないとか、そういうのは甘えだと思うよ。これから先の人生、否が応でも初めての人と話す機会は出てくるんだからさ。大学でも、社会に出ても、こういう飲み会でもさ。その時に、話せないじゃやっぱりダメだと思うんだよね。周りにも迷惑かけちゃうし。そろそろ、大人になった方が良いんじゃない?」
鳥肌が立つほどに冷たい声で、心臓が締め付けられるほどに冷淡な目だった。メイクされたまつげがそこに目力も付帯させる。こんな沙也加を見るのは初めてだった。
「じゃあわたし、先いくから」
お局OLのような毅然さで、沙也加はトイレから出ていった。
トイレには排水溝に水が流れる音だけが響く。そして急な息苦しさ。集団の中にいて、わたしだけが浮いているあの感覚。集団の中にある孤独感。
裏切られたわけじゃないのに。悪いのはわたしなのに。
体の中から何かが込み上げてくる感覚があったが、わたしはそれを力づくに押し込んだ。
もうわたしたちは今まで通りじゃダメなんだ。高校を卒業して、今まで通りなんて甘えが過ぎる。わたしたちは変わらなければいけない。
我慢して、耐えて、押し込めて、自制して、自分に言い聞かせて、逃げないで、立ち向かわなければいけない。
それが大人になるってこと。
わたしは鏡の中にいる自分と目を合わせる。頼りなさげで、陰険で、心の奥では何を考えているか分からない、そんな女がそこにいた。
「頑張らなくていい。ただ、まっとうに生きてみて」
大人がよく使う、自分に言い聞かせるという手法を使ってわたしは自分にかりそめの自信をつける。そしてわたしは胸を張って、飲みの場へと帰る。




