カラオケ合コン
男と女は日々巡り合っている。学校でも仕事場でも街中でも、男と女は日々巡り合っている。だが人はそれを運命的な出会いと認知しない。ただ同じクラスになっただけの人、ただ職場が同じな人、ただ街中ですれ違っただけの人。あまりにも簡素で面白みのない言い方で済ませてしまう。人はいつだって劇的な出会いを求めている。刺激的で魅惑的な出会い以外を出会いとしようとしない。
だから人はこんな悪習を作ってしまったのかもしれない。
非日常的な場所を作り、人為的に運命的な出会いだと言い聞かせる合コンという悪習を。
「乗ってるかーい!!」
「「イェーイ!!」」
ヒョロ男の掛け声で何人かの女子と男子が呼応した。今日初めて会った人が多い中でこんな空気になれるのは異常だと思う。
ここは駅からほど近いカラオケボックスだ。部屋は十人が裕に入れるだろうパーティー仕様の部屋だった。多くの学校の卒業式と被るこの日にこんな大部屋に入れた所を見るとおそらくは予約でもしていたのだろう。どうやらこの会合は前々からわたしの知らないところで計画されていたらしい。
卒業式の日には何かしら遊びに誘われるかもしれないと思い、珍しくバイトは入れていなかった。まさかその選択がこんな現実を招こうとは。
わたしは隣に座り、デンモクで曲を選んでいる男の横顔を見やる。最後にやってきたあの男だ。
ここに来る道中、適当に自己紹介をされた。
「俺はコウゴゼントっていいます。気安くゼントって呼んでもいいです」
「ああ、そうですか、コウゴさん」
「…………」
初めての人との沈黙ほど吐き気を催す時間はないなと思った。
年下にもかかわらず初対面のわたしに敬語で話してきたことには好感を持てるが、そんなのは当然。他の男たちが初っ端からため口で話してきたことに比べれば良しという程度だ。
そんなことでこのコウゴと会話を楽しもうなどとは思わない。
聞けば男性メンバーは全員同じ大学の同級生らしい。これだけ個性豊かな人員を取りそろえている大学には多少の興味があったがあえてそこは聞かない。学歴を気にしている女子だと思われたくないし、そもそも聞いたところで知っている名前の大学が出てくるとは到底思えなかった。
周りを見てみると男女が交互に座っていて、自然に簡易的なカップルが出来上がっている。皆が互いに隣の異性と話し込んでいた。
沙也加はヒョロ男と、愛利はぽっちゃりと、美玖はピアス眼鏡と、遥は日焼け男と、わたしはコウゴと。この五人の中では一番ましかもしれないが、こんな男たちとつるむような男だ、ろくな奴だとは思えなかった。
部屋に入った時に全員で一通りの自己紹介をし、名前も教えてもらったのだが、男四人の名前は見た目から醸成される個性の豊かさにかきけされて忘れてしまった。というか憶えようともしなかった。だからこの先も見た目の特徴で判断するしかない。ファッションとは時に自分の存在を殺してしまうツールだということを知った。
「はい」コウゴがデンモクを渡してきた。「俺は曲入れたから、次は彩音ちゃんね」
彩音ちゃん、と下の名前で呼ばれるのは正直うれしかった。初めて会った男性にいきなり下の名前で、しかもちゃん付けで呼ばれることを嫌う女子も大多数にしていることは知っている。しかしわたしは自分の大垣という苗字があまり好きではなかった。濁点がついているからだろうか、あまり女性らしい印象をわたしは抱かない。だから呼ばれるのなら下の名前で呼ばれたいと常々思っていた。たしかそんな話をこのまえ沙也加にも話したっけかな。
いまマイクはぽっちゃりが握っている。テノール歌手に匹敵するほどの美声で声もよく出ているが、ところどころ音程を外すきらいが見える。才能はあるが歌い慣れていない印象だった。それをBGMにわたしはデンモクの「年代」のページを開く。
最近の歌に造詣が深くないわたしは中学校時代に聴いていた曲を中心に歌うようにしている。しかしなにぶん、カラオケにはあまり行く柄ではないので曲名を都度忘れしてしまう。そのため、毎回「年代」のページを開いて検索するしかなかった。そして一つの曲を表示させる。
「あ、その曲、俺も知ってますよ」
横から画面をぶしつけにものぞき込むコウゴが言った。
「ああ、そうなんですか」
年もそんなに離れていないのだ。知っていても何ら不思議ではない。ここで良い女なら「えー、コウゴさんもこの曲知ってるのぉ? じゃあ一緒に歌おうよぉ」なんて猫なで声でも発するのだろうがわたしはそこまで感情が豊かな女ではない。そんな声を発する時の消費カロリーを計算してしまうほどには打算的な女だ。
コウゴはわたしのそっけない返答に屈さず続ける。
「その曲ってあのドラマの主題歌になったやつですよね。えっと確かタイトルは……」
「『わたしが好きなあなたはあの人が好き』ですね」
「そう、それだそれ。感動したよなー」
あんなマイナーな深夜ドラマを見ている人がわたし以外にいたなんて驚きだ。今年度唯一、最終話まで見続けたドラマ。主人公の心理描写が緻密に描かれており、世の中の偏見をうまく言語化している隠れた良作。面白いドラマということで沙也加にも紹介したのだが『わたしには合わないかなー』なんて言われて少しがっかりしたのはいい思い出。
「俺あのドラマ好きなんだよ。唯一最後まで見たドラマかも。主人公のあの偏見がいいんだよ。コミカルで面白い、なにより共感できる」
うん、わたしもそう思う。
「わたしもそう思います」
思っていることと口に出す言葉が一致した。
その言葉を聞いてコウゴの目は一等星ばりに輝いた。
「だよね!」
あんなマイナードラマを見ているだけでなく、その主人公のいかれた考えを面白いと評することができ、あまつさえそれに共感できる、そんな人が自分以外にいる。それはたしかに喜ばしいことだ。
自分が思っていることは他の人も思っている。まるで自分は正しい、間違っていないといわれたような得も言われぬ感覚。
わたしは自然と笑みを浮かべていた。
「一緒に歌っていいですか?」嬉々とした笑顔でコウゴは言った。
特に断る理由もなかったので諒とする。ソロで歌うよりもデュエットのほうが音痴だとばれにくい。さすが、歌うことが好きではない女子に対しての作法を心得ている。
わたしとコウゴは二人でその曲を歌った。どちらが下のパートか上のパートかなんて決めずに、ただただ同じ調子で歌った。
恋愛ドラマの主題歌だからだろう、ところどころに『キス』だとか『ラブ』という歯がゆい歌詞も混じっていたが、気にするでもなく歌った。日常生活では決して口にしない単語だがなぜかこと歌になると恥じらいもなく言えた。いつも思うが歌詞を書ける人間なんてのは臆面もなく人にアイラビューと言えるような強靭な心の持ち主か、変人のどっちかだろう。
歌い終わったわたしたちはまばらな拍手を受けて、隣にいる遥と日焼け男の組に渡した。どうやらこの二人もセッションするらしい。
「彩音ちゃん歌うまいね」コウゴがお世辞だと丸わかりなことを言う。
「そんなことないですよ」とりあえず日本人さながらの謙虚さを表した返答をわたしはする。
なぜだろう、男と初めて一緒に歌ってみたがどこか筆舌にしがたい達成感があった。初めてのことをしたからだろうか。それともこの人だからだろうか。
「声もかわいいし、うん」
明らかに棒読みだった。人気に後押しされて女優業を始めたアイドルのように感情のこもっていないセリフだった。それは普段から女子にかわいいと言い慣れていないからか、それともただただわたしのことをかわいいと思っていないから気分が乗らないだけなのか。
ここで本当にかわいい女の子なら「コウゴくんもかっこいいよぉ」なんて二オクターブ高い声で言うのだろうが、あいにくわたしはそんな良質な発声機能を持ち合わせていない。
「別にかわいくないですよ」と低い声で返す。するとコウゴは「そんなことないよ」と平坦に返す。
なんだ、もうワンラリーかわいいの応酬があってもあってもよかったのにな。
少しだけがっかりした。
しかしこうしてみると合コンというのもそう悪いものではない。
今までわたしは合コンなんてのはファーストフード店さながらのお手軽さで男が女を持ち帰る淫靡で淫乱な会合だとばかり思っていたが、こんな風に友達感覚で接するくらいならそこまで苦ではない。ここにはむやみやたらにボディータッチをする女子も、あいさつ代わりに経験人数を訊いてくる男子もいない。健全な会だと思った。このままウザったい連絡先交換なんていうイベントもなくつつがなく終了してくれれば幸いだ。
見るとわたしたち以外の組はマイク片手に歌っているか、世間話に興じているかのどっちかだった。つまらなそうに携帯をいじっている人はいない。こんな空気の中、ひとりだけ携帯をいじる勇気もないわたしはとりあえずコウゴに話題を振った。
「コウゴゼントって名前はどういう字を当てるんですか?」
急場の間に合わせに振ったことをさし引いても会話センスのない話題だったと思う。しかしそんなことも気にせず、コウゴは笑顔で答える。まるで話題を振ってくれたこと自体が嬉しいかのように。
「コウゴはね、向きが後ろで、向後。ゼントは、善い人って書いて、善人だよ」
彼は自分で善い人ということに恥ずかしさを覚えているようだった。
なるほど。向後善人か。後ろ向きなネガティブさを持っているが、まわりには優しい善い人とは、まさに名は体を表すとはよく言ったもの。わたしの前では特にネガティブさを見せていないが、おそらくこういうタイプは普段、物事を悪い方向へと考えてしまうタイプだと直感にして思う。少し気が弱く、まわりには優しい。そんな小動物のような印象をわたしは受けた。
というか、いつの間にかため口になっているな。デュエットしたことで少し心の距離が近くなったとでも思っているのだろうか。
まあ別にどっちでもいいが。
カラオケボックスには二時間ほど滞在した。途中、席替えをして、全員の男子と話す機会を与えられたが、何を話したかは一縷ほども憶えていない。食べ物を食べる音がうるさかったり、元カノのことを悪く言っていたり、女子とはこういうものだと決めつけた言い方をしていたり、昔は悪かったんだと武勇伝を語っていたりと、そういう悪い印象しか四人には抱かなかった。やはりこの五人の男子のヒエラルキーは何も変わらない。向後善人が一番いいとは言わないが一番ましだった。
「いやー、歌ったねー」カラオケから出て、愛利が上機嫌に言った。「さて、次は……」と、彼女は次に行く店を調べるためかスマホで何かを検索し始めた。そう言えばボウリングにも行きたいとか言っていたような気がする。いや、この時間だとファミレスが妥当か。
時刻はただいま午後六時。もしも女子高生だけで遊んでいたなら帰るにはまだ早い時間帯だ。確かにいつもなら社交性に乏しいわたしでもファミレスくらいならはしごをする流れだが、あいにくと今日はそこに男子五人というイレギュラーが混じっている。できればここは遠慮して抜け出したい気持ちもあるのだが、一人だけ帰るのも忍びない。果たして、沙也加はどうするだろうか。
後ろを見ると彼女はひょろ男と何かを話していた。いつも教室で男子と喋っている時よりもいくらか朗らかな顔に見えた。あんなに愛想笑いがうまいとは知らなかった。
「沙也加」
手招きで呼ぶと彼女はこちらに近寄ってきた。
「なに、彩音」
「沙也加はこの後どうすんの?」
「あ、やっぱり、この後どっか行くんだ」
「やっぱりって?」
「さっき広瀬くんが一緒に行こうって誘ってきたから、どこか行くのかなって」
広瀬くんとはおそらくひょろ男のことだろう。
「一緒に行こうって……それ二人でって意味じゃないの?」
「え、違うと思うけど……」
「沙也加、気を付けなよ。男なんてそういうことしか考えてないんだからさ」
「……そういうことって?」沙也加はただでさえ大きな双眸を一層広げて訊いてくる。
高校を卒業する歳にもなってそういう行為を知らないわけではないだろうから、ただ単にピンと来ていないだけだろう。こんな純粋な女の子にわざわざ言葉にして教えることもない。
「なんでもないよ。で、沙也加はこの後は?」
「んー、特に予定もないし、もともと夜までいるつもりだったから行こっかな」
「そっか」合コンという場でこんな天使みたいな女の子をひとりにさせるのは、ライオンの檻にチワワを放り込むようなもの。ひとりで行かすわけにはいかない。「じゃあ、わたしも行こっかな」
「はい、じゃあみんなわたしについてきてー!」
愛利はスマホを片手に皆を先導する。どうやら行く店が決まったようだ。わたしは先頭を歩く愛利の隣まで駆け足。
「どこの店に行くの。この時間帯でこの人数だと入れるところも限られてくると思うけど」
この人数で予約もなし、しかもこの時間帯に入れる店などこの繁華街にはないだろう。それを愛利が分かってくれれば、この会は解散するかもしれないとわたしは淡い期待をしていた。しかし返ってきた答えは意外なものだった。
「ああ、大丈夫。事前に予約してたから。さっき調べてたのはその店までの順路だよ」
「え、じゃあ……」
「うん、最初っから決まってたのよ。十人でカラオケに行くことも、ここに来ることもね」
いつの間にかわたしたちは目的の店の前に着いていた。そこは大人になった時の楽しみとしていつか行ってみようと考えていた店。
赤ちょうちんが掲げられた居酒屋だった。




