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最終回 他人の幸せなどどうでもいいことなのです

 その後も、わが社のエースである美玖はいろいろなことを教えてくれました。

 この時代の人々は次世代の育成に無頓着すぎること。そんな思考だと近いうちに世界は崩壊すること。その崩壊を食い止めるためにわたしたちがいるということ。この仕事の意味や意義についてこんこんと話してくれました。

 料理を食べ終え、食後酒を待っている時には、今回の仕事のフィードバックもしてくれました。

 大垣彩音のように自分を世界の中心だと思っている、もしくは思っていた人間は自尊心が強い。初めて会ったような他人の言うことはあまり聞かない傾向にある。そのため彩音の友達である沙也加や愛利を使ったこと。

 大学でアイドルのみぽりんと彩音が知り合えたのは僥倖だったこと。彩音は承認欲求が高いこともあり、権威やネームバリューがある人間を好みます。そんな人間がやることは自分もやってみようというミーハー心も強いです。そのためみぽりんが恋愛に目覚めてくれたことは少なからず彩音の背中を押してくれました。

 だけど、

「あの王寺聖也、他にも彼女みたいなやつが三人いるのよ。もしも、みぽりんがそれに感づけばやばいんだよなー。キャンセルの可能性がある」

 キャンセル、それは破局という意味。もしも子供を産む前にそうなってしまえば美玖の成績からマイナス計上されて減給になってしまう恐れもあります。

「それ結構、危ないですよね」

「そうなんだよなー。早く王寺と別れさせなきゃいけないからなー。その三人の彼女に相性のいい他の男をあてがうか。もしくは、殺すか」

 美玖は殺すと平然と言ってのけます。しかしそれは弊社の営業手法として存在する行為です。

 もしもターゲットである男女から生まれてくる子供の価値より、浮気女の価値が低い場合、正規の手続きを踏めば浮気女を殺してもいいというもの。

 この場合は王寺と美穂との間の子供と、王寺の彼女三人が天秤にかけられます。

 将来有望な子供と、男を見る目もないビッチ。一体どちらのほうが将来のGDPをあげてくれる存在になるのでしょうか。わたしにはわかりません。

「ま、その対応はあとあとでいいか」

 やはり美玖はあっけらかんとそう言ってのけます。余裕のあるその姿も素敵です。

 彼女はグラスに入っていたワインを飲み干し、苦手なセロリをわたしのお皿に放り込みます。

 わたしは嫌な顔一つせずそのセロリを食します。美玖の嫌いなものはわたしは好きです。

 もしかしたらわたしたちは正反対の性格かもしれません。わたしは美玖のように快活に話すことは出来ません。美玖のように好き嫌いが激しくありません。

 わたしたちの性格相性をデータ化すると、もしかしたら芳しくない結果が出るかもしれません。でも、それがなんだというのでしょう。

 わたしたちはそんなデータを全否定できるほどに互いに愛し合っています。なにものにも侵すことのできない確固たる意志を持っています。

 皿のふちについているグレービーソースも一滴残さず平らげて美玖は、

「しっかし、愛利と鈴木をくっつけるのは簡単だったよ。もうあれは愛利が何に幸せを感じて、何になりたいかってのが明確だったからね。あれは顕在客だった。いやー、あの子は賢いよ。自分が何に幸せを感じるのか判然とせず、慢性的な人生を送って、何になりたいのかも明確化されていない人間よりかはよっぽどね」

 そのタイミングで食後酒であるカルヴァドスが運ばれてきました。華やかな香り高く、甘味豊富な味わいがあるため、わたしはこの時代のお酒ではこれが一番好きです。美玖とわたしが唯一共通して好きなお酒と言っても決して言い過ぎではありません。

 凛としたウェイターがグラスに注いでくれます。

 そう言えば、この時代に生きる人たちは何に幸せを感じるのでしょうか。

 お金を稼ぐことでしょうか。

 地位を獲得することでしょうか。

 好きな人と一緒にいることでしょうか。

 大昔の人たちはただ生きることだけに幸せを感じられたというのに。生命の本懐である子孫を残すということに幸せを感じられたというのに。

 人は進化の過程で幸せを感じられる軸を増やして、幸せの定義を曖昧にしてしまいました。

 それは果たして進化なのでしょうか。

 それは未来から来たわたしたちにもわかりません。

 いえ、そもそも人という生命の幸せを論じること自体間違いなのかもしれません。

 大切なのは自分が何を思うか。

 だとしたら明確に分かるものはあります。

 美玖がグラスを持ちます。

「この食後酒をたしなむために仕事をしている。いや、生きていると言っても過言ではないね。じゃあ、改めて――」

 それを聞いて、わたしもグラスを持ちます。それを見て美玖は笑い、

「恋愛感情を失い損得勘定でしか他人を見ることができない無能な人間はびこる汚らしいこの世界と、君の綺麗な瞳とのコントラストに、乾杯」

 わたしは美空美玖と一緒にいることで幸せを感じます。

 そのために、わたしは生きています。

 それを守るためになら、他人の幸せなどどうでもいいことなのです。

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