愛のカタチってなに 45話目/全47話
お金、学歴、職業、家柄にまつわるエトセトラ。そんなものがこの世界にはいつしか蔓延しました。もしかしたらそのときから人の愛の定義は変わってしまったのかもしれません。
なにもなかった大昔。人間がまだ自分たちのことを人間と自覚していなかった頃。人がパートナーを選ぶ基準は自分が生き残れるかどうか、そしてより良い子孫を残すことができるかどうかにありました。そのため自分の短所を補う長所を持っているパートナーを選ぶ傾向や人間心理が強かった。それが相補性の原理。
しかしこの現代においてそんな法則性は失われていると美玖は断言します。
「今日び、強い子孫を残せるかどうかでパートナーを選ぶ奴なんていない。みんな自分の先の子孫のこととか、この先の未来のこととかどうでもいいのよ。大事なのは今の自分が幸せになれるかどうか、それだけよ。ゆえにパートナー選びも自分と気が合うか、自分が幸せになれるかが大切。そんな現代において、自分と正反対の人間なんて好きになるわけがない。だって性格も考え方も正反対なんだからさ。気の合わない奴とは一緒になんてなりたくないのは当たり前」
夜景を一望できる暗がりの個室で食前酒のアルコールにあてられている美玖の舌や頭はよく回ります。美玖は意外にお酒が弱いです。
昔から、わたしは美玖の話を聞くのが大好きです。
「それじゃあ、」わたしは尋ねます。「向後善人と大垣彩音は真反対な性格だったけど、やっぱり二人の相性って」
「最悪よ!」
ナイフで乱暴に切り裂いた肉を口に放り込み、美玖は断言します。
「そうですか」特に感慨もないわたしはワインを一口。
「でもね、正反対の性質を持つ男女をくっつけたときのセイコウ報酬は普通の十倍以上にもなる。それだけ良質な遺伝子が産み落とされるからね。大型案件キラーのわたしからしたら見逃せないわ。だからこそやりがいもひとしおよ」
美玖はやる気に満ちた新入社員のように拳を強く握ります。
この会社ではもうベテランと言われる地位にいるはずなのに、まだそんな情熱を燃やせているなんて、わたしは素直に感心します。
そして疑問に思ったことはすぐに先輩に訊く素直さもわたしは持っています。
「どうして、正反対の男女をくっつけると報酬が上がるんですか?」
「それはより良い子孫が残せるからよ。互いの弱点を補い合う遺伝子が結合すればより良い子どもが生まれる。知力、体力、精神力その他もろもろが親よりも優れたものになる。わたしらの時代ではその法則を『コスモポリタンの階段』と呼ぶわ。ま、この時代ではまだその法則は見つかってないだろうけど。あれ、まだそこは研修でやってないんだっけ?」
「はい。まだ」
「多分、次の研修でその辺りのことにも触れると思うわ。赤の女王仮設の素晴らしさとかね。『その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない』。良い言葉だよ」
「なるほど」
その時、美玖の携帯電話から電子音が発せられた。
「待ってました」と言って美玖はすぐに受信したメッセージを開きます。すると悪魔もしっぽを巻いて逃げ出しそうな悪辣な笑みを浮かべ、次にそれをしたり顔に変え、携帯の画面をわたしに向けてきました。
見えたのは『あなたたちのおかげで最後までいけました。ありがとうございます』という向後善人からのメッセージ。
『最後まで』その言葉の意味合いをわたしたちは知っています。自然と笑みがこぼれます。
「よっしゃー」美玖が拳を上げて、大きくガッツポーズをします。
業務完遂。。結果は、三月に鈴木壮太✖加賀峰愛利、四月に王寺聖也✖柏崎美穂、そして今日五月一日に向後善人✖大垣彩音の計三筆。
まだ研修で計算方法を習っていないので、粗利換算額がいくらになるのかは判然としませんが、それはもう相当な額になるでしょう。
「はー、」身体の中にあった疲れと緊張をすべて吐き出すように嘆息する美玖の顔は充足感と爽快感に満ち満ちていました。
あー、かっこいい。めちゃくちゃにされたい。
そんな欲に満ちたわたしの目線を気にするでもなく、
「よかった」とつぶやき、美玖は食事の続きを始めます。「こっからはカスタマーサクセスにバトンタッチ。もうわたしらの管轄じゃないから一安心だ。ま、本音を言うと合コンのあの日に決めて早期受注報酬もプラスアルファで貰いたかったけど、やっぱり欲かくとダメね」
「そうですね、でもよかった」
「もう、ほんと。初日にでかいの入れられたから今月は楽だわー。こっからは来月の案件探しに時間割くか」
美玖は別に自己ギネスを更新しようとか、ハイ達成しようという考えはないので今月にもう一本決めるという動きはしないようです。
美玖は多幸感に満ち満ちた顔をうかべます。なぜでしょう、それを見ると生つばを飲み込んでしまいます。




