業務同行終了 44話目/全47話
今回の業務同行では様々なことを学びました。
人を愛することの素晴らしさ。
愛の儚さや虚しさも知りました。
そして、美玖がなぜこの仕事に一生懸命になっているのかも分かった気がします。
でも、わたしには――
豪奢な装飾に彩られた廊下、静謐にお出迎えしてくれるウェイターの皆様。さすが、一人前二万円を超えるそれなりの高級レストラン。席までの動線も異世界へといざなうような粋な演出を施してくれます。
廊下を抜けると、そこは夜景の見えるきらびやかな場所でした。
壁一面が窓になっており、都会の発光をこれでもかと取り込んでくれています。この時代の人々はこういった光景に目をキラキラと輝かせるのかもしれませんが、わたしや美玖にそういった感情は付帯していません。
辺りをぐるりと見まわすと案の定、男女のカップルが席のほとんどを埋め尽くしていました。やはり想い人を小綺麗なレストランにつれていく風潮はどこの場所もいつの時代でも変わらないようです。
よくこんな人気店の予約が取れたなとわたしは感心していましたが、それもまた美玖が扱える特権の一つなのかもしれないと自分を納得させました。
席までの道中、思いもかけない人を見つけました。
「あ、愛利じゃん」
そう。大垣彩音と向後善人を引き合わせるための合コンをセッティングしてくれた加賀峰愛利が一人でテーブル席についていました。相も変わらず、頭の金髪の輝かしさがわたしの目をシバシバさせます。この二カ月ずっと思っていたことですが、なぜこの時代の人たちは金髪や茶髪のような奇抜な髪色をするのでしょうか。美玖のように青色メッシュを入れた普通の髪型にすればいいものを。しかしそれも 黒髪ロングのわたしが言えた義理ではありません。
「あれ、美玖と遥。まだこっちにいたんだ」
こっちがどこをさす意味合いで使ったのかはわたしも美玖も訊きません。
「まあね。でもこっちでの仕事ももう終わるから明日には帰るよ」
出張業務をやり遂げたサラリーマンのような充実感を抱いて美玖は言います。
「そうなんだ。じゃあ、彩音と向後さんは」
「うん、結ばれるよ」
「そっか、よかった」
心から安心した声を出す愛利。やはりギャルという人種は義理人情に厚いようです。
「あと、ありがとう」愛利は感謝の意をしめします。「あなたたちのおかげで本当の運命の人と出会えた。恋がこんなにも幸せなことなんて思いもしなかった」
「いいってことよ。こっちも愛利のおかげで向後と彩音を会わせることができたんだから」
「でも、あの日に結ばせることはできなかった」
「アレはしょうがないよ。わたしと遥がヒートアップしたのと男子勢の悪ノリが過ぎたのが原因。ま、主に広瀬のせいだけど」
とはいっても広瀬さんたちには感謝しなければなりません。合コンの状況を作るためにわざわざ未来からヘルプに来てくださったので。
そういう場合はヘルプ手当てが付くんでしたっけ。帰ったら給与体系の資料を読み返してみましょう。
「失敗したのに、運命の人をあてがってもらって悪いね」
「それがわたしたちの仕事だからさ。ところでその運命の人はどこ? まさかデートにしか使われなさそうなこんな如何にもなレストランで一人なんてことないよね」
「うん。彼はちょっと離れたところで電話してる。なんか仕事の電話みたい」
「そっか、忙しい人だもんね」
わたしは愛利にあてがった男性のプロフィールを思い返します。
名前は鈴木壮太。年齢は三二歳。独身。年収一八〇〇万円。外資系商社に勤務。勤勉で真面目な性格。趣味は読書や散歩。自分への投資のためにお金を使うことはあるが、給与の大半は貯金に回しており、お金の使いどころを探しているという、この現代ではまれにみる優良物件。
顔も見ずに、愛利はプロフィールだけでその男を選んだくらいです。そしてわたしたちは愛利がその男を気にいると知っていました。なぜなら二人の相性は最高ランクだったから。
「忙しい人だよ。二人で会える時間もそんなに多くないかも。でもわたしはそんなこと気にしない。だってあの人にはお金があるから」そう言った愛利の顔は夜景のどのネオンよりも、夜空に輝くどの星々よりも輝かしいものでした。「二人で育む愛なんていらない。そもそも愛なんていらない。お金があれば愛なんていらない。美玖、遥、運命の人に会わせてくれてありがとう」
子どものように素直に純粋に愛利は笑いました。でも、彼女は愛しか知らないどこかのだれかさんよりもこの現代での身の振り方を非常によく知っています。
お金にかどわかされた愛。これもまた一つの愛の形なのかもしれません。




