なぜ二人を恋仲に
「はい、大垣彩音と向後善人をなぜカップルにしようとしたかの質問ですね。それではわたしから説明させていただきます」
まるで由緒正しき会社の受付嬢のようなたたずまい。
しかし、それはひどく無機質で、無感情なものだった。
顧客に弊社のシステムを説明する営業のように遥は話す。
「大垣彩音と向後善人をなぜ恋仲にしたかったのかの理由ですね。それはより良い子孫を残させるためです。それによるわたしたちのメリットはいくらかのマージンが入ること」
「マージン?」
「これこれ」美玖の方を見ると片手でオーケーマークを作っている。お金か、と即座に分かる。
「つまり、彩音と向後さんの間に子どもが設けられればあんたたちにお金が入るわけね」
「その通りです」
「でもなんで?」
「より良い子孫を残すことができれば、今後この国がより良く発展するためです。GDP、GNPの向上はさることながら、教育水準、ビジネス環境の統制、生活の質、幸福度の向上にもつながるでしょう。会社と同じです。数字を上げる業績を残せばその分ボーナスがもらえる。わたしたちのやっていることはそれです」
一組の良いカップルを作れれば、より良い子どもができ、その子供の影響により、将来のGDPなどが上がる。そこで発生する想定マージンが美玖と遥に還元される。
恋愛という幻想的で美しいと思っていたものが、お金という現実的で汚らしいものになる。それはわたしにとっては気持ちの悪いことだった。
「こんな話、あまり一般人にはしないんだよ」美玖は柵から身を離し、近くにあったベンチに座り、こちらを見てくる。「沙也加だから教えてるんだよ」
と美玖は言った。どのお客に対しても言っているだろう営業マンの常套句のように。
「と言っても、いま遥が言った内容は聞かれれば答えても良い項目。だからわたしたちが未来から来たと知っている人に訊かれれば誰にでも教えるんだけどね」
美玖は悪魔もドン引きするほどの奸悪な笑みを浮かべた。見れば見るほど私たちと同じ人間ではないなと思う。しかしそれに臆することもない。
「そっか、そうなんだ。でもなんかそれって、」
どうせ、今日までの関係だ。今後会うこともないだろう。
そう思ってわたしは心の内を吐露する。
「気持ち悪いね」
それを聞いても美玖と遥が動揺するわけもない。そんなことは分かってる。
「恋愛っていう綺麗なものを利用して第三者がお金をもらうなんて、なんだかいやらしいね。…………彩音がかわいそう……」
わたしは焦点の定まらないうつろな目をしていると思う。人の感情が他人の食い物にされているようで悔しくてたまらなかった。悲しくて仕方なかった。でも、でも――
わたしの底の感情を美玖が代弁する。
「でも彩音は幸せそうだった。向後善人への気持ちに気づいた時、彩音は嬉しそうだった。向後のことを話す彩音は楽しそうだった。向後のことを待つ彩音はかわいかった。向後と会えた彩音は少女のように無邪気な笑顔だった。そして、今も向後とデートをしている彩音は幸せそうなんだろうね。この時間がいつまでも続けばいいのに、なんてベタなことを思っているんだろうね」
わたしもそう思う。過程なんてどうだっていい。誰が裏で糸を引いてたとか、作られたシナリオのもと動かされていたとか、そんなものどうだっていいんだ。
彩音が幸せになるのならそれでいい。わたしはそれを求めていた。
そうだよ。うん、そう。わたしはそれを、それだけを――
「でも本当に彩音は幸せになれるの?」わたしは尋ねる。
「なれるよ」あらかじめ質問が来ることを想定していたかのように美玖は即答する。
「ほんとに? わたしたちに協力を仰ぐときにも同じことを言ってたけど、そこに何か根拠でもあるの?」
「あるよ。それは数字とデータが示してくれてる」美玖は懐からスマホのようなものを取り出す。カメラ部分が光り、中空にプロジェクションマッピングのように何かが映し出される。それは細かい数字が入力された表と、測定項目がやたら多いために蜘蛛の巣のようになっているレーダーチャートだった。
「ほら、これ」
美玖がデータ表の右下辺りを指さす。
そこには記載されている数字やグラフから導き出される結果が示されている。
『大垣彩音 向後善人 適合率98% 評価 最高でしょう』
これだけの具体的な数字が乱立されているデータ表の結果が、雑誌の占いページにあるような稚拙な文言で締めくくられているギャップに少し笑いが込み上げる。
ともあれ、二人はラブラブなカップルになれるということか。
数値により導き出されたデータの方が論理性に欠ける占いよりかは信用できる。
「よかった」
すっと肩の荷が下りた。
彩音が幸せになるのなら、それでいい。
するとニヒルな笑みを顔に張り付ける美玖はわたしをじっと見つめる。
「それじゃあ、わたしの方からも一つだけ質問良いかな」
「なに?」
「どうして沙也加はわたしたちに協力してくれたの?」
それを訊かれた瞬間、すべてを見透かされたような不快感がわたしを襲った。まるで、特に志望度の高くない企業の面接官に志望動機を尋ねられたような感覚に陥った。