あの日から嘘をつき続けていた
「そう、あの日、彩音と向後をくっつけてラブホテルにでも繰り出させればすべてが丸く収まったのにさ。彩音、途中で逃げ出しちゃうんだもん。せっかく愛利も沙也加も協力してくれたのにね」
あの日、わたしは彩音と向後さんをくっつけるため合コンに参加した。そのために嘘もついたし演技もした。
いたこともない彼氏の話をした。友達に彼氏がいたという事実は彩音にとって恋愛という概念を持たせるために有効に働く。友達が知っていることは自分も知りたい、遅れたくない、仲間外れになりたくない。社会心理学でいう同調効果を使った。他人が知っていることを自分も知らないと損をした気持ちになる。彩音にもそんな人間らしい感情があるはず。だからわたしは彼氏がいたと嘘をついた。
昨夜、遥が言った、金原さんと付き合っているという発言もそれと同じ。あの合コンで恋が始まることもあるという考えを植え付けるため。実際、遥と金原さんは付き合ってなんかいない。それも演技。全部、嘘。
合コンの日、彩音に対して冷たい態度を取った。頼りでもあったわたしに突き放されることにより彩音は孤独感を覚える。そこで慰めてくれたり優しくしてくれたりする人がいれば彩音の心はその人になびくのではないかとそう考えたから。たしか、好意の自尊理論というんだっけ。
成長しなきゃいけないと諭したりもした。彩音にとって、成長がどういうことを言うのか判然としないが、今まで知らないことを知ることが成長と認識するのであれば彩音は成長するために知らないことを知ろうとするのではないかと考えた。それがあの場においては恋愛感情だった。
それもこれも彩音と向後さんを恋愛関係にさせるため。
「そう言えば理由を訊いてなかった。なんで彩音と向後さんをカップルにしたかったの? そもそもそんなことをしてあなたたちに何のメリットがあるの?」
「んー」美玖は中空を仰ぐ。「それくらいなら教えてもいいか」
そう呟いて美玖は遥へと視線を移す。
つられて見てみると遥はベンチに座り、自分の指に止まっている蝶を愛でていた。未来から来た遥にとって、色鮮やかな蝶は物珍しいのかもしれない
「でもそういう説明は最近うちの会社の沿革や概要を学んだ遥の方が適任かな」
名前を呼ばれてやっと彼女はこちらを振り向き、それに伴い蝶もどこかへと飛んで行った。