二人は何しに現代へ
「お釣りは結構です」と伝えた美玖は満面のドヤ顔を浮かべて、その言葉を聞いたタクシー運転手は満面の笑みを浮かべた。
タクシーのドアが開けられ、わたしたちが降り立った場所は街の見える高台だった。
背の低い一軒家が景色のほとんどを占めており、遠くには宇宙科学博物館も見える。今ごろ、彩音たちは仲良くデートを楽しんでいる頃だろう。宇宙がいつどういうふうに生まれたのかなんてどうでもいいかのように、互いの愛の真理を確かめ合ったりしているかもしれない。
「いやー、やっぱり高いところから街や人を見下ろすのはいいね。気分が良い」
おそらく見下ろされている人からすれば気分が良くないこと極まりない発言をした美玖はわたしに鋭い目を向けた。
「で、訊きたいことって何?」
訊きたいこと。そんなものアンドロメダ流星群の星の数ほどある。
でもまずは確認。
「あなたたち二人は未来から来た。それは合ってるでいいのね」
「そう、それはこの前も言ったことだしね。というか、沙也加はそれを受け入れてくれたって思ったけど、もしかしてまだ疑ってる?」
「ううん、それは疑ってないわ。翌日発表の宝くじの当選番号や外国為替終値を少数第三位まで言い当てられたら嫌でもそう思うしかないわよ」
「そりゃよかった。じゃあほかに訊きたいことって?」
「あなたたちはいったいなんなの?」
未来から来た。
しかしそれだけでこの二人の存在がなんなのかは語れない。
「なんなの‥‥か。それはなんだろ。生物学的な話なのかな。それともわたしがいったい何を生業にして、何を生きがいにして生きているのかとかいう概念の話?」
「なんだっていいわよ。ただわたしは、あなたたちのことをまるで分っていない。だから知りたいのよ。あなたたちは一体なんなの?」
我ながら獲物を逃さんとする肉食動物のような目つきをしていたと思う。
それを見て、美玖は真面目な表情になる。
「わたしたちは大垣彩音と向後善人を恋仲にするために未来から来た。前に言ったことと同じだけどそれ以上はやっぱりなにも言えないわ。ごめん」謝罪の意思など皆無なように美玖は可愛らしく舌を出す。
「なんで?」
「ベタなセリフを使わせてもらうと、過去の人間には開示して良い項目と開示できない項目が細かく定められている。そのため開示する必要がないのに開示してしまうとちょっとした罰則もあるのさ。だからごめんね、沙也加。わたしたちがなんなのかという抽象的な質問には答えられない」
「あっそ」
必要以上に過去に介入したり、未来の知識を共有してしまうと何かしら悪い影響を及ぼしたりとか何とか、そういうタイムパラドックス的なものがあるのだろう。
そのため特に驚きはしなかった。
「しっかし、ここは退屈だねー」
高台の柵に身を乗り出し、鷹揚に手を広げた美玖は閑静な街並みにそう言ってのけた。いや、もしかしたらわたしたちが生きるこの世界に言ったのかもしれない。
「この一か月半、長かったよ。全部あの日に終わらせておけば効率よく事が運んでたってのにさ」
「あの日」わたしは思い出す。忌まわしくも思えてしまうあの日。「卒業式終わりに合コンをした、あの日」




